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極刑島2

2

 失敬、こうやって名前だけを挙げ連ねる事しか今の僕には能が無いけれど。『極刑島』、ただ名前だけを聞かされるとどうも出オチ感が凄くてその意味の恐ろしさを忘れそうになるけれど。


 もちろん、島の名前がどうであれ中身までがその名前の通りかと言われれば全ての場合でそうとは言い切れないだろう。例えば、目玉焼きなんていい例ではなかろうか。見た目からそう言った名付けが付いたのだろうけれど、名はその物を呈するとは言えないはずである。


 逆に現代では使用頻度の高い言葉においてその語彙の元々の意味というのが柔和なったり、または違ったりしてしまう事も度々起こる。『幸』という漢字の由来を上げれば、どうやらやれは元々は手錠をかけられた人を抽象的に捉えたものが成り立ちらしい、それより酷い刑罰に晒されなかったからというが、そんな幸せが良いのか悪いのか。


 ある程度人は縛られている方が生きやすいと言う意見もあるがそれとは全く違った角度の幸せがそこにはあるように感じられる。幸せと辛さの違いの一本線が何かみたいな話もあるけれど、手錠の一つがかけられていない状態なのだとすれば、確かにそれは辛い状況かも知れないけれど。


 脱走の意思ありなんて看做されれば、それこそ死ぬより辛い事が待っているはずだ。


 辛い事、辛い事。僕はそこまで思考を巡らせたところで、現実へと意識を移す。朝、体は全く持って疲れを感じさせるような動きは無かった。囚われている感覚が全く無いので、つまりは自由を謳歌しているので僕は今そうだった。


 まぁ、仕事は無ければ、金はある。大抵の人間は多くを求めなければ、身の程を弁えれば最低限度の生活は送れるだろうとは思う。僕は最低限度の中をハゼのように泳ぐような男だ。無論、ハゼを蔑んでいるのでは無い事をご承知願いたいが。


 そして何より、僕は人生を豊かにする事において最重要の項目を手に入れている事もここに述べなければならない。それこそが僕の人物像を表す物で、それが無ければ今から極刑島などという荒唐無稽の有形文化財に侵入する必要は全く無いのだから。


 もちろん、先に述べたように僕は最低限度の世界でハゼのように誰にも見つからず、底を這って幾ばくかの飯を食べて生きている人間なのだから、これから出会う事になる、

 自由気ままにロマンを求める怪盗のような理想もなく、

 自己の中に未知の歴史の存在を強く許さない歴史研究家のような探究心もなく、

 恋仲の少女を求めて地図にのらない離島まで赴いてしまう少年のような純粋さも無く、

 自分事の私利私欲を全く持って気にせず振り回す母親のような欲望もなく、

 自らの知りたい、伝えたいという意思を持って、辺鄙で悪逆な島に向かう彼女達のような高潔さもなく、

 人類の終わりの為に、極めた死に様を演出しようとする宗教家のような使命感もない。


 無い無い無いである。だがしかし、もちろん彼らほどの想いの強さは無いにしても、先も述べたように、僕にだって目的がある。高潔とは正反対の性質を持った首がもたげてしまうような重苦しい願いが。


 僕は死にたいのだ。通算50回の自殺を行い、通算50回の自殺未遂に終わっている僕なのである。


3

 人を処すプロ、極刑屋・四罪ヶ楽王断。『極刑島』の名前の由来となった男。ありとあらゆる処刑を行なってきたと噂される地図に載らない島。


 名前と中身。真実と虚妄。彼の噂は伊達ではない、そう信じているからこそ、極刑島という名前に畏怖を覚えるし、その島へ迎える極刑島観光ツアーが発せられた時にはそれを鳥肌を立てながら、何度見もした。


 何度見もした後に、僕は即座にそのツアーへの参加の意思を表明した。さっさと案内のURLをクリックして、簡素な出来であるサイトから応募要項をすっ飛ばして、僕は参加を申し込んだ。


 およそ、それが何らかの詐欺サイトだったのだとすれば、僕はどんなちゃちな詐欺にだってひょいひょい引っかかっていただろうと思う。実際、出航当日になった今でさえ心の底から信じている訳ではない。しかし、嘘であれば嘘であっても仕方がない、即金10万円の振り込みは怪しさ満点だったが、かつての自分の行動を今更になって卑下してしまえるほど、僕の意識は高くない。


 低い意識の自分が、低いレベルのミスをしても、過去の低いミスをした自分と肩組んで一緒に小躍りでも踊って、ミスを帳消しにしてやれる。


 そんなこんなで僕は今日の出港に向かって、朝に最終支度をしている。何が必要なのかは分からないけれど、少なくとも着替えさえあれば、3食寝床付き、風呂付き、シャワー有りと言うのだから生活は出来る。切腹の前のお清めも出来る。


 ただ、自分の目的の為だけに僕がそこへ向かえるというのならどれほど良かったか、僕は目的を達するために余計な約束まで持ち込んでしまった。着替えだけではダメかも知れない、探検セットをちゃんと持っていかなければ。


 新聞部の彼女との約束は守らねばならない。そこらへんの話は当人に会ってから聞いてからだろうか。探検にしろ冒険にしろ、目的が無い探検は子供の楽しみ方だし、目的がハッキリさせる事こそが大人の嗜み方だ。話を聞かない事には立ち向かい方が分からないが。


 兎にも角にも、僕は早朝早くにアパートの一室から足早に出る。新聞部の持っているアパートの一室だと言っていたから、島に来るのであろう新聞部のメンバーというのも同じアパートの他の一室に一旦の居を据えているかと考えを巡らす。


 が道すがらに自分と同じような土地勘の無さそうな歩き方をしている者を探したがいない。その行動ゆえか僕だけが明らかに不審者然としていた。世界に僕だけがいて、僕だけが普通じゃないみたいだ。


 こんな感じで本当に大丈夫だろうか。道程で先にお縄についてなんてこれほど辛い話は無い。流石の僕でも幸せとは言い難い。そんな土壇場に巡り合うのだとすれば、手錠をかけられるより、土壇場を切り抜けるつもりは無いから処刑してほしい、言葉のままに。


 


 

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