人身牛頭6
この島にミノタウロスを作る意味ね。いや、正確にはここがやけにミノタウロスに合う様に作られた意味か。まだ情報不足だろうな。流石に上陸してまだ5分そこらだ、引っ越してから5分なんてまだ最寄りのスーパーの場所すら分からないのが普通である。
もっと時間をかけて知っている事を増やせば良い。まぁ、僕は彼女らを置いて先に自殺する事になるのだけれど、でもだからこそ残せるものは残しておこう、僕の財産を、知的財産を。
されど、この暗い中じゃ。何も分からない。壁に重要な壁画があってもこの暗さでは簡便に見逃してしまう。一寸先は闇。やや歯痒い思いを僕は持ちつつ、暗闇の迷宮を歩き続ける。
10
どれくらい歩いただろうか。多分、感覚ほど時間は経過していないのだと予想するが。
感覚では1時間ほど経っていそうだけれど、違うのだろうか。やっぱり時計を持って来ておくんだった。今時、100円均一の店でさえ腕時計を買えると言うのに。
「今、どれくらい経ったかな?」
後ろを振り向いてもその顔の凹凸は見えはしないけれど、それでも後ろの彼女の方を向いて声だけでも正しい場所に届けようとする。
「40分そこらだな。かなりの距離を歩いていると思うが、だからと言ってその総距離が見た目以上の複雑性を持っている訳では無いと言えるか、どれだけ迷宮が複雑でもその距離はフルマラソンには及ばない」
ワワさんは暗闇の中で時間と自分の意見を述べる。もちろん、何百メートル程度の円を迷路にしたところで、フルマラソン42.195kmには及ぶまい。
42.195kmという数字はギリシャのマラトンの町からアテネへの距離で、勝利の知らせを届ける為にギリシャ兵士が走ったという話から来ているらしい。
そのフルマラソンと比べているのだ。マラトンからアテネへの猛ダッシュがこの位の運動量なのだとしたら、屈強なギリシャ人の兵士を余りにも過小評価し過ぎである。
「ただ、確かに長くは無いけれど今までの道のりを覚えるというのは流石に無理があるけれどな。僕は記憶力に長けている方では無いのだけれど、それでも人並みの記憶力はあるつもりだ」
「調査するに当たって何か策はあるのか?」
「まぁ、そこら辺は任せてくれて構わない。京介、君はここの施設で気になる事を言葉にしてくれれば良い。総括をしてくれても良いが、多少は無理が効くからな。フィクションで読者を振り回しても、面白ければ良いというのが私の方針だ。偏向報道万々歳だ」
なかなか記者という役に当たる人から聞きたく無いセリフだった。今でこそ、彼女は大学内を中心にしたマイナーな学内新聞を制作しているけれど、この思考のまま役が役職になってしまうと先が思いやられる。
まぁ、今回の件に関して言えば、そもそもがミノタウロスという架空の、フィクションの、作り物の話というのだから、初めから嘘を語るような物だけれど。
「……皆さん」
先頭の青年。灯り、影がゆらり。
「今、渡っている通路の円が、入口の円より小さくなっているのを理解できるでしょうか。ここは極刑島、迷宮。円によって構成された場所」
「中心部に至れば、迷宮は踏破となります。目指す中心部は約数メートル先、未だ、暗闇の中の、見えないすぐそこになります」
「足早になりまして、申し訳ありません。では最後まで自分の持つ光を見失う事なく、穴に落ちる事の無いようにお願いします」
そうキズキ青年はアナウンスする。優しく和む彼の声もこの迷宮の壁に異様に膨らみ、不自由に隙間から抜けていき、不気味さを纏わされている。
その彼の姿を目から離さないように、その後ろを皆々が付いて行く。そして、ある時、ピタッと止まる。
「お疲れ様です。到着しました。」
彼は振り向き、手元から届く光は彼の顔を橙赤色のパズルに思わせる。




