人身牛頭3
…
岩壁に向かう。壁面に向かう。土色の壁、それに相対するという言葉を人生で使う事になるとは思いによらなかった。
僕が生粋のクライマーだったなら、それくらいの言葉は幾度となく使えただろうに、生憎僕はインドアなものでクライミングなどと言うものに経験の一つもない。
先に船を降りた御三方は早々に壁面にまで到達した様である。怪盗を自称する男・影路陽牢、紳士の2人はやや辺りを見回す様な動きをしているが、対して四罪ヶ楽真空と言えば、微動だにせず興味も無さそうに海の方を眺めている。
知り合いが存在しない大人、数人のツアーなのだから、この雰囲気も変ではないのだが。行く先の都合なのか、重苦しい。もう少しゆっくり歩けば良かったと、小さく思う。
後ろから新聞部の2人も到着する。さて、ここで待てと言われたが、ここで待ってどうするのか。
「すみません、皆さん待ってもらってしまって」
後ろから、ドタバタと急ぎ足でキズキ青年が追いかけてくる。これもまた良い笑顔だな、陰気でグレーなこの島に唯一と言って良いほどの明るさかもしれない。
キズキ青年は人々の間をするすると抜けて行くと、皆の視線を集める。集めたまでで、すぐに言葉を発したりと言うことはない。徐に腕時計で時間を確認した。
「すみません、2分ほどかかるので、もう少しお待ちください」
その言葉に呼応して、紳士とワワさんの2人は腕時計を、永遠ちゃんはスマートフォンをポケットから取り出す。各々に時間を確認している様である。
僕は時間を確認できるアイテムの一つも持っていなかった為、数瞬手持ち無沙汰を覚える。腕時計くらい持ってきたら良かった、腕に巻くタイプの心拍センサーなら持ってるのに。いつでも死亡確認できるように。
まぁ、自殺するのが僕なのだから正確に言えば脈拍を見るのは僕ではないのだけれども。
「今は9時の2分前だな。正確には9時の1分と16秒前だが。うむ、早朝に出発して、9時手前に到着か。思ったよりかかったな」
ワワさんはデジタル腕時計の盤から目を離すと、そう僕に呟く。
「船が右往左往に、二転に三転にしていたからね。しかし、聞くところによると、それはキズキ青年の運転技術が低いからと言うのではなく、反対に高いからと言う事らしいのだけれど」
「なるほど、安全に航行する為の技術と言ったところか。まぁ、一片の文句も勿論無い、ちゃんと島へと到着したんだから」
「……文句などは無いのだが、思ったよりかかった気がするんだ。測ったように、図ったように時間を見ているような、そんな気がするのだ」
訝しむようにワワさんはそんな風な小言を言う。
「それもすぐ分かるだろう。建物の、島の中に入ってしまえば、時間のある限り探索をすれば良い。何が起ころうとも気にせずに」
「それもそうだな」
1分と16秒。意識するとこの時間でも変に長く感じる。ちらほらと視線を泳がせて、周りの人間の仕草を伺う。そのように別の事に意識を散らして、1分を稼ぐ。
キズキ青年は2分前の宣言からずっと時計を見続けている。時計の秒針よりも鋭い眼光で時計盤を見つめる。
「後、5秒だ」
ワワさんの言葉。周りを見渡すのに神経を事欠いて、聞くのにやや損じる。
5秒後、正確に音が鳴った。壁面からだ。ガコッと何かが外れたような音が鼓膜を揺らす。
キズキ青年はそれに反応して、自分の首にかかっているネックレスを服の中から取り出す。その理由はすぐに分かった。ネックレスには古びた黒い鍵が通されていた。
それを壁面にある小さな鍵穴に通す。およそ、言われなければ気づかないような小さな穴だ。探すとなると一苦労だろうな。
「よし、開いた」
小さくキズキ青年が呟いたのが聞こえた。続いて、彼は大きく明るい笑顔でこちら側に振り向き言葉を繋げる。
「皆さん、ようこそ、極刑島へ。まだ道のりはありますが、ここからが本当の島内になります。どうぞ、死んでしまう事の無いように、足元に気をつけて道程をお通り下さい」
ありがとうございます。彼はそう言うと、また笑顔を強めた。




