人身牛頭1
人身牛頭1
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朝日の漏れ出した光を島の周りのモヤが散乱させる。そのせいで島の姿は上手く捉える事は出来ない。今の所、船からはそれが限界だった。
創作物の中の暗雲立ち込める、黒い霧の中に聳えたつ悪魔城みたいな風貌を想像していたが、やはりそれは創作物の中だけの特別のようで。空は雲が端に薄ら浮かぶくらいの快晴で、朝日が優しく目覚め始めて、温もりを肌に伝える。じんわりと身体の中が熱を帯びて、血が巡るような錯覚に遭う。
薄い霧に覆われてはいるものの、やはりこの雰囲気だと、かの島の悪習が遠い船に伝染するほどの影響はない。冒険系RPGゲーム風に言うならば、ゲームの終盤に行く事が可能になる隠された秘島みたいな、決してラスボスの眠るような島には見えない。珍しいアイテムが落ちていても、生首が落ちていようとは思わない。
もちろん、この島へ行った事の無い僕はそこに生首が落ちているかは知らないのだけれど。
「流石に生首は落ちていないんじゃ無いか」
ワワさんはぼんやりとそんな事を思う僕に対して、そう返す。
「そもそも打首をやっていたかも分からないものな」
「いや、打首はやっていたはずだ。それもバンバンやっていたはずだ。重版出来、大盤振舞、上り調子に首を落としていたはずだ」
打首をやっていた事実をそんな縁起のいい事みたいに話さないでほしい。落語の演目『縁起担ぎ』でも流石に落ちるのは縁起が悪い事だって話だ。笑うに笑えない。
「でも血の噴水が上がるだろう?」
「恐ろしい事を言うんじゃ無い。血の噴水が上がろうと、首が垂れてるんだから意味ないだろ。死んでるんだから、縁起が良いも悪いも無いだろう」
「死んでも縁起を担ぐのは大事だ。来世に少しでも徳を残さないといけない。それとも、お前は縁起の一つも担がずに死ぬ事が怖くないとでも言うのか?打首で首が落ちるのなら、せめても洒落をきかして綺麗な髑髏になりたいだろ?」
髑髏になりたくない、訳でも無いのだけれど。僕はここまでの人生で死ぬ事を目標としている訳であるし、それを途中で曲げる訳にもいかない。ただしかし、本当のことも言えない。
「まず僕は髑髏にはなりたくない。そもそも、自分の死に目には親族に笑顔でいてほしいと言う、人の意見は少なからず耳にするが、流石に自分の死に目を笑い話にしてほしいと言う訳では無いはずだ。御洒落を故人に決め込む前に、普通に御礼を伝えるべきだろう」
「御礼なんて要らない、私は謝礼が欲しい」
「急に俗物的だな。死に目なんだから、もう少し謙虚になれば良いのに。流石のマリーアントワネット だって、斬首刑の時にはもう少し謙虚だったんじゃないか?」
「『パンが無ければ、お菓子を食べれば良い』とマリーアントワネットは言った、というのは近年では随分と否定されているがな。実際のところ、斬首刑で首を落とされる以前に、食糧難に陥っている国民に対して寄付などをしたと言う話もある」
「僕らが子供の時には、マリーアントワネットと言えば上級の人間という位を笠に着た嫌な人間だと言うふうに教えられてきたのに、全く風潮の流れというのは恐ろしい」
「ヤンキーが優しくしているところを見ると、それが一般的に普通の行為だったとしてもより良く写ってしまうと言ったものと近しいものだろうな。あの酷い人と皆から思われていた奴は、実は品行方正の良い人でしたなんて、ストーリーとしては純白な程に綺麗だが。うん、そう言った風聞は嫌いだ」
ワワさんはそう言うと潮風に靡く黒い髪の毛を左耳にかける。
『島に近づくために、島の周りを周回して近づきますので、もう少しお待ちください』
そこで、アナウンスが入る。キズキ青年はテキパキと行動し、この航海の成功の為に全力を尽くしている。
ワワさんもまたアナウンスを聞いただろう。聞いて、徐々に近づいてくる島の大きさを船の壁にもたれながら観察を欠かさない。欠かさないながら、風景の変化の無さにやや散漫な意識を僕との会話へと下降させる。
「いつかは織田信長も実は優しかったのだ、なんて通説がまかり通る時代が来るかも知れない。鳴かないホトトギスなら殺してしまおう、なんて非道を行う第六天魔王は今の時代だけのモノなのかもしれない」
ワワさんは呟く。
「しかし、いやだぜ。織田信長は人柄で天下取りを寸前まで行ったなんて通説が流行り出すのは。一国を納める長であったからには人柄ももちろん大事だったんだろうけれど、織田信長にだけは悪逆無道な面があって欲しい、どれだけの善行でも埋め合わせる事が出来ない程の冷酷さを持っていて欲しい」
「どうだろうな、人はなんでも美談にしたがる所があるからな。ある人物の人生秘話は必ず整理整頓されていて、彼の、彼女の行動には何らかの重大な意味があって、その行動は意味があったから仕方ないんだと思いたくなる所がある」
「そんなものあるかも分からないのに、か?」
「そんなものある訳ないのに、だ」
「……だかしかし、そうなると地獄の閻魔様は大忙しだろうな、現世の人間達からある昔の偉人は実は人が良かったんだ、あの時の行動は正しかったんだと判断されれば、地獄に落とされたもの達から反感を買うかもしれない『閻魔様の判決は間違っていたんじゃ無いか、さすれば、ともすれば自分達の判決も曖昧なものでは無いのか』と思われてもおかしくは無い」
「地獄がそれほどまでに民主的では無いとそもそも思わないでもないけれど。地獄の住人による選挙で地獄の主が決まると言うのなら、およそ早々にその首は閻魔様からすげかわっているはずだ。誰ぞやの傀儡にでも」
「嫌な地獄像だな。誰ぞやの傀儡にでもって、確かにその難易度では閻魔様には生き残れなさそうだ」
「閻魔様は地獄にいる神様であって、そもそも悪では無いからな。そんなものが民意として力を持った悪人の手練手管に勝てるはずが無い。第六天の魔王様ならいざ知らずだが」
「と言うことはやはり、地獄は閻魔様の独裁政権なのか。いやはや、地獄へはやっぱり落ちたいとは思えないね」
「普通の考え方ならそうだろうな」
『乗客の皆様、今から極刑島に最後の直進をします』そう、力強くキズキくんの最後のアナウンスが聞こえた。




