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極刑島12

 四罪ヶ楽真空と名乗る女。彼女は遠くを見る様だった。汚れの一つも残らないガラス窓、写真を撮るでもない限り、この内側から見える景色というのは十分にはっきりと曇りのない像を写していた。


 その四罪ヶ楽と言う、名乗る苗字に対して僕は疑問を覚えない事はもちろん無かった。不可思議というよりかは、関係性を把握したいとそう自然に思った。が、それが出来るような事は無い。彼女はそれをさせないような風体を晒していた。


「……ここの波は読める波なのよ。何と言ったかしら、えーっと、浮月くん?」


「浮向です」


「あぁ、そう。あなたの名前はそうだった。そう言うんだった」

 彼女の顔には真底その情報にも興味が無いと言う風に書かれていた。僕が誰であっても良いように表情を作る。それでも、何か言葉を発すると言うのは、まるで汚い羽虫がそこにいるから殺虫行動をとろうと言ったようなある種、様式美的な彼女の動きだったのだろう。


「読める波とは?」


「そのままの意味よ。動きが定まっている波と言う事、この地点Aでは波は北から南へと動き、あの地点Bからは東から西へと動く。そう言った確定事項が連続で続き、それに一回も間違える事なく進める事が出来れば目的地に辿り着けると言った、絶対の海なのよ」


「しかし、それならばあの島、極刑島には少なくとも進みゆく人がいるのでは。今のように誰も受け入れない、入れないと言う形は難しいのでは?」

僕の言葉に対して、彼女は少しばかり微笑む。微笑みは嘲笑の意味を大きく含んでいるように見える。その姿を見て、僕は自分の言葉を反芻する。変で無い自分の言葉と人の持つ意味の差異を探さんと間違い探しを繰るように。


「ぬるく入る事は出来ないのよ。規定された波が流れる海だと言っても、それを十分な確度を持って認識出来る人間などこの世に何人も居ない。人には分からないように、人が作っているんだから」

四罪ヶ楽真空は続けて、投げ捨てるように「まぁ、あんな薄暗い島にわざわざ向かう人間なんてまず居ないのだけれど」と言った。


 その態々向かう人間が僕なのだけれど、というかこの船に乗る面々は皆々がそうなのだろうが。そう思いながら、言葉にはしなかった。


 無論、僕は極刑島に上陸した事は無い。その島が薄暗いとか、明るいとか、どれくらい自然に富んでいるだとか、何も情報は無いに等しい。そんな所に飛び込んでいく自分の無謀さにはほとほと呆れる所だけれど、後でワワさんにでも聞こうかな。


「読めるものは何でも良いものよね。波でも本でも、どんなものでも読めるものならば」

彼女はそう言って言葉を続ける。僕に向けながら、僕に届くことを全く持って考慮しないように、言葉を煙を吐くように使う。霧散していく言葉を僕は餌の撒かれた鯉みたいに大口を開けた耳で集める。


「読めるものには相応に価値がある。それくらい、読めないものに価値は無いとも言える。例えば、自分が読むことの出来る新聞があるとする。あなた、浮向は何語を読む事が出来る?」


「……自分は一つの言語だけです、この国の言語だけ読む事が出来ます」


「あら、そう。じゃあ、あなたはこの国の言語が用いられた新聞を読むことが出来る訳ね。そんなあなたは他の国の新聞を態々必要とするかしら?」

「もちろん、新聞の体を成しているというのならば、新聞としての機能はそれに付与される事はこちらも想定はしているわ。新聞は素晴らしいものだから、油を吸わせたり、濡れた靴の水分を吸わせたり、英字の新聞などは包みに用いたりもするわ。実際、可愛い」

「ただ、その英字の包み紙を態々浮向は読むのかと言う話よ。」


「読まないですね」


「そう、読まないのよ。読まない。新聞は優秀な情報媒体よ。今でこそ、スマートな板で電子版を読めてしまうものだけれど、それでも紙の新聞の価値を大きく貶めるものでは無い。そして、もちろん、あなたが読めないからと言う理由で他の言語の新聞に価値が無い訳では無い」

「あなたにだけ価値が無いだけ」

きっぱりと彼女は言い連ねる。続けて、四罪ヶ楽真空。


「でもそれって十分な事項でしょう?自分にとって価値が無いというのは、それは十分に切り捨てられるものよね。そして何よりその理由は読めないからに他ならない」

「そうよ、そうなのよ。だからこそ、読めないものに価値なんてありはしない。そう、そうよそうなのよ。うん、うん」

 彼女はそこから言葉の端々が逆剥けのようにいやらしくひりつくように何かを帯び始める。片目にだけ垂れた長い前髪から眼光が覗く。血走って、憤って、黒ずんで、目は鈍っていく。


「そう、読めないものになんて価値は無い。本当に無い、無さすぎるほどに、皆無なのに。終わっているのに何もかも、間違っているのは他だというのに、ワタシはワタシの価値を通そうとしているだけだというのに」

彼女は綺麗に整えられた髪をゴリゴリと櫛のように尖らせた指で散らばされていく。目の前の僕はこのどうしようもない変容をただ、後ろのシートへの密着を強くするだけでしか受け止め方を表現できなかった。彼女の姿が禍々しくなっていく所を見ているだけ。それだけ。


「あぁ、イライラするんだよ、全くよ。邪魔をするなら帰ってくれよ。ルールが守れないなら出てこないでくれよ。代わりのルールなんか覚えてこなくて良いからさ。どうでも良いんだからさ。ワタシには関係ないんだからさ。なぁ、若さがなんなんだ、だぁクソが」

「……おい、お前、浮向、火持ってるか?」

 彼女の手にはいつの間にか一本のタバコが挟まれていた。どこからか出したのかもう片方の手にはその一本が入っていたと思われる箱がグシャグシャに握られている。銘柄は見えない。


 彼女は狂ったような声で僕に火を要求した。ライターも、マッチも僕は持っていなかった。一応、何も持っていない動きを取りながら、言葉を返す。


「……持ってません。タバコは吸わないので」


「あぁ、そうか。クソが。分かった、分かった。お前は吸いそうな人間だと思ったのにな。お前の事は読めなかった」

言い、ふらつきながら彼女は席を立つ。船の揺れに耐えかねて、彼女の体は船内の一部に激突する。


「大丈夫ですか?」


「あぁ、気にしなくて良い。気にされたく無い」

言って、彼女はふらふらを船内を後にした。

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