極刑島11
改めて、一度彼女たち、新聞部の全体の動きを把握しておく。
去年下旬
1、香永遠の父親がミノタウロスの写真を持ち込み、鳩野の先輩の主導に新聞部を使って調査が進められる。香永遠の祖父、父は共にそれが極刑島だと考えている。
2、いつくかの島の候補が挙げられる。その中に極刑島も含められたが、部活という枠と極刑島の難易度によって当時は向かえず、他の島々を回った。
3、先輩が部活を引退する事になり、鳩野がこの件の直接的な引受人になる。同級生である宿木小鳥は別の件の調査を中心に奔走する。
今年
4、宿木小鳥の調査取材が終わりコラムが先に完成する。続けて、ミノタウロスの写真についての調査は続けられる。
5、4月に香永遠が大学に入学、そのまま新聞部に入部する。
6、極刑島への入島キャンペーンを偶然にも香永遠が発見する。極刑島へ向かう中心人物として鳩野和々と香永遠が挙げられる。
7、別件で極刑島へたまたま向かうつもりだった僕が部屋を貸してもらえるという条件で巻き込まれる。
と、つまりはこう言った流れらしい。
「新聞部としても、良いタイミングだったな。新たなコラムが必要となるタイミングでかつ、今まで温めてきた種が芽吹き始めると言うのだから」
「だからこそ、香永遠が、この後輩がこのツアーの話を見つけて来た時には良しと思ったね。同時に無駄に出来ないとも」言葉と共に、鳩野和々はグッと手に力を入れて、血液は流れて肌は白くなっていく。
ここまで話したところで、彼女たち2人は一旦外に出ると言い出した。内側からの写真を撮るよりも、外から海を撮る方が自由度も高いし、得られる情報も多いと言うのだ。
どこまでも彼らは抜け目なく記者である。最低限は記事を、コラムを成功させるところにあるし、僕とだけの無為な話を長々と続けると言う必要は無いのだ。
さて、ミノタウロスの噂と極刑島か。思いながら、先ほど彼女らに見せてもらった傷んだ写真を思い出す。牛の頭に細っそりとした人間の薄寒い白い肌。あまり見て、思い出して良い思いを持つようなものでは無かった。
昔の家族写真を見て、その雰囲気や色を思い出したりするように、映る情景以上に何かしら写真からは感動を得たりする。写真の良さとは、そう言ったものだ。描写を切り出すのでは無く、場面を切り出す。絵がその場の色を画材のそれぞれの味によって表現するように、写真はその写された動作やリアルな存在によってそれを味わい上げる。
しかし、この写真に語るほどのそれらは無かった。暗く重く、まるでレントゲン写真のような、ある工程での証拠を残しているような。ただ、表面にこびりついた薄い皮膜の情報だった。
ガチャ、ギィー、タリー、ズリー、ズズズ。金属音の上手くいかない反芻の音。やや錆びているのか、捻りの不自由なノブが無理やりに回される音、扉もまた同じ様である。人が1人入る。
「あぁ、外は日差しが厄介厄介。嫌なものは嫌ね。ダメなものはダメ。はぁ、本当に上手く事を運ぶのは難しい」
もわりと空気が動く、扉を開けて人1人が入ってきたのだから、それは普通なのだろうが。人1人が入ってきただけの潮風が船内のこの一室に入った時、同時に何やら充満した。嫌になめらかに重さのある香水の匂いだ。
朝日が水平線からやや傾きを強くする。船体はゆらりとその頭から尻尾までを遠慮を知らずに揺らす。それゆえに、朝日の光はその確かな照らす場所を選びかねている様である。香水を厚いコートの様に重ねて被さった女。朝日は逆光として、彼女の線を浮き彫りにする。ただ、香水は放射熱のようにその線を揺らすのである。
彼女は先ほど見た女だった。岸にいる時に船の運転手のキズキ青年と揉めていた女。大きな女だ。近づけばなおもその大きさを痛感する。ピリピリとする程に、緊張感と重圧を感じた。
ガサっと、僕の目の前の席に座る。先程まで、新聞部の2人が座っていた場所である。正確に申せば、新聞部の先輩である鳩野和々、通称ワワさんの座っていた席だ。ただ、手に持っていた小さな鞄を彼女は隣の席に置いたので、実際としては彼女は1人で新聞部2人分の席を占領したと言える。
船体が妙に揺れている。先程から、船は動いたり止まったりを繰り返している。目の前の女の長い髪は熱が当てられ綺麗なウェーブがかかっている。枝毛もなく、丁寧にケアを行われた光るような黒髪だ。黒髪は船体に合わせて揺れる。揺れてはいるが、海が荒れている訳ではない。
「何かようか?」
女がポツリと言った。僕は瞬間、心の臓を爪を立てて握られた様な心持ちになる。今まで彼女へ向けていた左右上下色々な気持ちが筒抜けに見られた様にを錯覚したのだ。
バレる様に目を向けたりはしていないはずだった。
「何かようか?とワタシが聞いている。他でもない、ワタシが聞いている。もし、お前がワタシよりも位の高い人間だと言うのなら、それで構わないのだが、違うと言うのなら、もう一度深く質問する事になる」
「何かようか、と」
優しげで傲慢だった。言葉と意志の強さだけが取り柄の様な言い分だった。それでも、僕はその彼女の優しい剣幕に十分に喉元の自由を奪われ、声は湿度を失った。剣呑は僕の胃の上部付近に滞留して、僕の中で重さを増していく。それでも何か言葉を返さなければいけないと思った。そうでもしなければ、およそ僕は今生きている意味さえ失いかねない。
「……僕は浮向京介。どうしようもなく、普通の人間です。普遍普通、ただのしがない人間です」
と僕はこんな風に返したと思う。こう言う風に返したはずだが、言った数秒後にはその言葉は頭の中から霧散していた。
「……あぁ、そうか」
「ワタシもそうだ。四罪ヶ楽真空、ただの普通の1人の子供の母親だ」
彼女の重圧は言葉とは裏腹にそれでもなお、止めどなく続いていた。圧力というよりかは警戒心の様なものなのかもしれない。ただ、それが他よりもよっぽど強固で、分厚いのだろう。




