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青年郎党8



 かつて自分が居た町の北の浜辺。自分は毎日の日課としてその浜を幾度か歩き回っていました。


 そのような日常のある1日。今思えば、あの瞬間が自分の人生の転機と言える出来事になりました。


 小さな洋酒の瓶。浜に打ち上げられたその小瓶の中に手紙は封入されていました。小学生の少年には、それが何であれすぐに知りたくなった。


 この瓶がどこから来たのか。この中身は手紙なのか。誰かから誰かへの手紙なのか。内容は何なのか。疑問は尽きない。


 コルクの栓を無理やりに引っこ抜いてから、手紙をコンコンと取り出す。


 最初は何でもない内容だった気がします。


「私はその港から北の海に浮かぶ島に住んでいます。お話の相手が欲しいので、この手紙を流しました。返事は同じ瓶に入れて夕方の5時に海へ出して下さい。小断より」


 固い文章であるなとは思いました。けれど、自分も浜辺を歩く事以外にその時に用が無かった為に、好奇心と友愛の期待を胸に返事を書きました。


 内容は覚えていません。しかし、恥ずかしながら大人さながらの達筆で書かれた彼女の手紙に対して、自分は年齢に相応の平仮名、漢字の入り乱れる手紙で、内容も見た目も稚拙であったはずです。


 それからは、毎日の文通が日課となりました。軽い心持ちから始めたそれも、返ってくる言葉があると言うだけで相手の存在を意識し、日々の楽しみになります。内容は彼女の年齢から始まり、彼女の好きな食べ物、好きな動物、好きな本、専属のお医者様がいる事、恐ろしい父親のこと、怖い兄のこと、楽しかった出来事、そして彼女の病気の事など色々を話しました。


 年齢は同じでありましたが、やはり彼女の述べる情報は随分と大人らしかった。少年の中には自分の周りに見える同級生とは違う、故に特別な存在に映るにはそう難しい事ではありませんでした。


 そのような何気ない文通がもう3年分も溜まった頃でした。


 その日もまた自分は手紙を拾いに浜に来ました。そして、瓶を拾い上げて中身を見たのです。内容はこうでした。


「〇〇君、私はもうあなたと文通が出来なくなるようです。最初にごめんなさい。私の病気が悪化しているというのが、理由です。私はその影響で部屋から出る事が出来なくなります。ベッドから起き上がる事も許されないと言う事です。自分から始めたのに、毎日の日課に自分で終止符を打つのは本当に心苦しい。勝手でごめんなさい。私の気持ちばかりを届けて、あなたの気持ちは受け取らない私をどうか許して欲しい。本当にごめんなさい。小断」


 自分は心が砕かれたようでした。喪失感、無くなるという想像が脂汗を浮かばせて、心のイメージを破壊する感覚。


 いや、正確には心が砕かれたとは的を得なかったのです。感覚的にはそうでした。けれど行動から察するに違いました。砕かれた心には脈々と流れるような何かがあったのだと思います。その何かは沸々と湧き立つ根源であって背中を痛い程に突き押しました、自分はそこで手紙を出さない事など出来なかった。


 1週間。一個ならず、何個もの思いの丈を綴った手紙を送り続けました。その間、彼女からの瓶は勿論、流れては来ませんでした。


 今思っても、酷い行為だとは思います。病床に臥す人間に対して、返す事が許されない手紙を送る事は。


 翌る日も、自分が書いた大量の手紙を沖へ流そうと運ぼうとした時でした。一つの瓶が目についたのです。


 それはもう一目散に駆け寄りました。


 それはいつもの瓶とは少し形が違っていた。変わった瓶を持ち上げて、コルクを抜いて。手紙を取り出す。


 中にはこう書かれていました。


「手紙、届きました。これは仲の良い使用人の1人に仲介してもらいました。いつもはあなたからの手紙は医者が集めていたのだけれど、変な形の瓶で流したものが一つだけこちらの島の岸に隠れていたみたいなの。医者に見つけられなかった、それをその仲の良い使用人が知らせてくれた。嬉しかった、暖かかった、埋められた何かを返してもらったような温もり。私は奇跡と運命を感じた。そして、私は思ったの、私はあなたに会いたい、あなたを見たい。少しだけでもあなたの顔が見たい、と。あなたが望むのなら、夜が訪れる頃に人1人が乗れる程の小さなボートを海に浮かべ、望む波には乗り、阻む波には抵抗しない、それを繰り返すのです。自ずからボートはあなたを島へと運ぶでしょう。島に乗ればあとは私が跡を引いておきます。お父様もお兄様を追いかけて島には居ません。人が邪魔をする事も無いでしょう。最後に改めて、〇〇君、ありがとう。君との文通は最初で最後の私の生きた証に近い。そんなあなたが私の最後を島で過ごしてくれるならそれ以上に嬉しい事は無いと、本当にそう思う。四罪ヶ楽小断」


 

 

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