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青年郎党5



 キズキは景色を思い出しながら改めて言葉を作る。


「ミノタウロスが塔の中に入っていったんだ。そして、出てくる事は無かった」

 開けられた窓から黒く大きな存在が入り込む。内側からはどんな恐ろしい景色が見えただろうかと想起する。そして、それが近づいてくる恐怖というのは。


 その後、菊花さんはキズキの元へと辿り着いた。その状態を彼は上手く伝える事は出来なかった。ただ譫言のように、ミノタウロスの存在を伝えた記憶がある。


「これは非常に大きな情報だ。君の証明は四罪ヶ楽小断の部屋の密室状態を意味する」


「…………けれど……鳩野さん、そのミノタウロスというのは部屋の中に居なかったのでは?」

 未だ頭痛が鳴り響く頭を持ち上げてキズキは言葉を発する。


「居なかったよ。それは確認済みだ。けれど、大の大人2人が隠れるスペースが無いのも確かだ。つまり、あの部屋には抜け道がある」


「抜け道というと、それが隠れ場所と繋がっていると見ても良いんでしょうか」


「そこまでは断定出来ない。だが、何かを知る為の情報になる事は間違いない。君はよくやった、菊花さんにも伝えておくよ、キズキ君の働きを」

「さぁ、行こうか、永遠」

 鳩野和々の言葉に香永遠も続く、そそくさと椅子から立ち上がって、キズキに背を向ける。


「え、ちょっと待ってください、鳩野さん」


「どうしたんだい?」


「これから自分はどうしたら良いのでしょうか。今の状態を知っていて自分は何をするべきなのでしょうか。部屋の中で中に出来ることは無いですか」


「さぁ、分からないな。現実的に考えるならば、体を休ませるのが優先では無いかな。君の場合、頭を休ませるという言い方も出来る」


「…………」


「私は先を急ぐ」


「待ってください。先にこの情報をみんなに伝えてからの方が良いのでは無いですか?」


「駄目だ。君の意味するところのみんなというのは、犯人かもしれない人間が混ざったみんなだ。この建物を把握し、殺害予告まで出来る犯人に対して私達の有利は、私達がどこまで知らないかを知られていない点のみだ。故に伝えない」


「なら、もう少し準備をしてからでも良いんじゃ無いですか。情報を精査する必要もあるかもしれない」


「いや、確実な情報が塔の上にはある。それを紐解けば自ずから何処かに通ずる。それに何より、皆が命を狙われているこの状態で、誰もがいつまでも平常心を保っていられるか分からない。均衡が崩れる事は多くの場合、私達の失敗を意味する」


「…………っしかし女性、2人では心許ないのでは」


「ふん、なるほど」


 瞬時、鳩野和々が視界から消える。空気の流れだけを残して。キズキは咄嗟に左右に首を振る。頭で考える前に体で反応する。が見つからない。


 ゆっくりとそれは熱を生み出して、姿をこちらに伝える。熱感が空気が、存在を浮き彫りにする。消えたはずの鳩野和々はいつのまにかキズキの後ろに回っていた。


「これはちょっとした護身術とマジックだ。それくらいは無くてはうちの大学で新聞部など出来はしない」


 手がぬるりとキズキの首に回り、離れる。


「さ、これで十分かな」


 鳩野和々はまたキズキの前に回る。そして、彼を一瞥してから、棒立ちで待つ香永遠の元へと向かう。


「行こうか、永遠」


「ちょっとだけ、そう、少しだけ待って下さい」


 キズキは枯れる喉で出来る限りの大声を出そうとするが、上手く声にならない。小さな形の声が細く投げかけられる。


 鳩野和々は香永遠に持たせている手荷物を一部を受け取ると、扉の方へと歩いていく。


「お願いだ、待ってくれ」


 はたと、2人の動きが止まる。


「何かあるか?」


「…………待ってくれ、理由を探すから」


「何かまだあるか?」


「…………」


 2人は扉を開けて、外に出る。最後に香永遠がこちらを見て、すぐに引っ込む。そして、後ろ手で扉を閉めた。


 閉ざされた部屋。止まるような感覚。動かない世界。


 けれど、部屋に澱む空気はキズキに止まる事を容認しないようだった。自然と体は動いた。鈍く走る足の膝を手で打って治しながら、一歩を進んでいく。扉まで遠いがその数を数えはしない。確かに進む、距離と金属製のノブを触れた感覚だけがそこにあった。


 押し開ける。


「無論、外に出る事は許していないぞ」


「理由があります…………」


「何かあるのか?」


 言葉は拡張された気道に阻まれる。けれど、キズキは喉元まで出かかったその言葉を必死に発した。今言わなくてはならないとそう思った。


 こんな話をするのは馬鹿馬鹿しいかもしれない。男性にならともかくとして、異性に対してというのは非常に憚られる。でも、今しかない、それを失えばキズキはもう後が無い事を確信していた。


 喉を膨らませる。


「自分は好きなんです、四罪ヶ楽小断という女性が。心の底から好きな女性なんです。その生も死も最後まで見届けたいのです。自分の人生なのです、全てなのです。お願いします、自分に行く許可をください。自分に、彼女を探させてください」


 一寸の静寂。


 香永遠はこちらを見たり、鳩野を見たりを繰り返す。鳩野和々は動かない。背を向け、そっと声を出す。


「駄目だ……」


「……」


「それでは駄目だ」


「……」


「キズキ……良い事を教えてやろう。如何に気持ちが籠もっていようが、意味を含めようが、口伝、文面など話にならない。多くの女性は直接告白される方が好きだ」

「いいか?他がどうなろうと、私が他に何を言っていたとしても、これだけは守れ。約束だ」


 1人の女は再び歩き始める。その背中にキズキは言葉を届ける。


「……ありがとうございます。約束守ります、絶対に」



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