始まりラヴァーズ
神が居られるのであれば、声を大にして俺は問おう。
あなたは何がしたいのだと。俺が一体何をしたのかと。
「ふんふんふふ~~ん」
俺のすぐ隣で鼻歌交じりに歩く少女、沖田を見つめながら、俺は神を呪った。
結局彼女の勢いに負け、俺はしぶしぶ相々傘をして帰っている。
周りの視線が痛いほど刺さる。
分かる、わかるぞ、周りの人間の声が手に取るようにわかる。
――あの子かわいいな、相々傘して楽しそう、でも隣のやつ誰?釣り合って無くない?
そう言いたいのだろう、あぁ、そうだね。俺もそう思う。
今は学校から少し離れた位置までついたので少しマシにはなったが、先ほどまではひどいもんだった。こりゃあよしんば今日を乗り越えたとしても明日も明日で面倒なことになりそうだ。
そんな陰鬱とした気持ちに蓋をして、俺はすたすたと歩いていく。
「ところで先輩、どこに向かっているんです?っは!まさかお家デスか!?」
「そんなわけあるか。茶店だ茶店、いい雰囲気の店があってな。個室もあるからこういった相談事には打ってつけの店なんだ。」
俺の叔母さんがそこのオーナーで、よく俺も利用させてもらっている。まあ割引などは特にないのだが、あそこなら顔も効くし情報が洩れるということもないだろう。
最悪叔母さんにヘルプを求めてもいいかもしれない……いや、それは悪手か。
あのテンションで来られたら雰囲気をぶち壊されること間違いなしだ。
もし頼るとしても、本当にどうしようもなくなった時だけにしよう。
「いい雰囲気!それはいいですねぇ!ふふふふ!」
俺の言葉を聞いて不気味なほど上機嫌になった沖田。
なんだその笑い方、そんな笑い方をする奴は日曜夜六時半ごろのテレビでしか見たことがないぞ。
「では先輩っ!急ぎましょう!一刻も早く!風よりも早く!」
「ちょ、ちょっと待て、引っ張るな!濡れる!転ぶぞ二人まとめて!」
ぐいぐいと腕を引っ張っていく沖田。
そもそもどこにあるのかも知らんだろうに、なんだってコイツはこんなにハイテンションなんだ。
さっきから分からない事ばかりが続いて、頭がパンクしそうだ。
「だいじょーぶです!アタシ、運動神経抜群なんで!」
「アタシはだいじょーぶでも、俺は大丈夫じゃないの!つーかもうそこの店だよ止まれ!」
道中何度か転びそうになりながらも、無事に件の喫茶店『色彩』にたどり着いた。
「いらっしゃぁ~い……おんやぜっちゃん、今日は宿題でもやりに来たのかね?……んぅ?!」
朗らかな声でおばさんが俺を迎えるが、驚きのあまり固まってしまったようだ。
そうだよな、これまで彼女はおろか友達もろくに作れなかった奴がこんなカワイ子ちゃん連れてきたら目を見張るのは無理もないよな。
「ぜっちゃん、え……、えぇ?!」
だからと言って眉を八の字にして、俺と沖田を交互に何度も見るのはやめて欲しいな。
「どうも、沖田栞と申します」
「あらあらどうもご丁寧に、日山文ですぅ~。」
形式的な自己紹介を交わす二人。
「取りあえず、個室空いてる?」
「こっ、個室で何する気?!」
「単なる話し合いだよ色ボケてんじゃあないのいい歳して」
すさまじい勘違いをしている叔母さんをおいて、俺は店の奥にある個室へずかずかと入っていく。
沖田もウキウキとした足取りで俺の後をついてきた。
「さて、早速だが本題だ」
「はい!お返事、聞かせてください!」
腰を据えるやいなや、俺は本題を切り出す。
「正直に言う、断らせてくれ」
単刀直入に、答えを告げる。グダグダと言ってもかえって彼女を傷つけてしまうだろうから、端的に繕うことなく事実だけを伝えた。
「俺は君のことを知らないし、君に好かれる理由も分からない。分からないのに、俺は君の好意に応えられない。」
「先輩……ほんとに私のこと、覚えてらっしゃらないんですか」
返ってきた沖田の言葉は、予想外のモノ。
「……その質問の意味を聞いてもいいかな」
「いえ、大丈夫です……そう、ですか」
沈黙。
先ほどのハイテンションはどこへやら。顔を伏して落ち込む沖田。
違う、これは違う。
確かに、朝から今までの時間でこの子を傷つける覚悟はできたつもりだった。
しかしそれは彼女の好意を無下にすることで――だ。
今彼女は俺にふられたことではなく、忘れられたことで傷ついているのだろう。
それは、それは絶対にやってはならんことだ。
「すまん……。申し開きのしようもない。俺の非だ……」
「いえ、いえ。先輩のせいでは、ないでしょう?アタシが勝手に舞い上がって、覚えられてるって、期待してそれで……やっと先輩の、貴方の傍に……」
肩を震わせて、無理な笑顔を作る彼女を見て、俺は顔をしかめた。
必死に記憶をたどるが、何も思い出せない。
俺が心中で慌てふためいていると、沖田の顔から雫が数滴垂れた。
「……」
何も言えない。傷つけた張本人が何をどう言おうが、彼女の心をより深く刺してしまうだけだろう。俺には、彼女を救えない、俺はただ黙ってすすり泣く沖田を見つめていた。
「ぜっちゃぁ~~ん!カノジョちゃんにへんなことしてないでしょうねぇ~!」
気まずい雰囲気を吹き飛ばす勢いで個室のドアが開く。
お盆にコーヒーを乗せた叔母さんがにやにやしながら立っていた。
俺はおもむろに立ち上がり、叔母さんを退室させ、改めて彼女に向き合った。
「こらー!なんばしよっとですかぁ~!」
「出てってくれ!今は叔母さんのノリに乗れる程余裕ないんだ!察してくれ!」
「え!?カノジョちゃん泣いてない?!どったの?!」
また入ってきた叔母さんが泣いている沖田を見つけて、騒ぎ出す。
確かに誰かの助けは欲しかったが、こんな展開は望んでいないぞ……!