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人助けラヴァーズ  作者: 鯱眼シーデン
疑似ラヴァーズ

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26/28

25:旅行ラヴァー

 秋は深くなり、どちらかと言えば冬に近づきつつある今日この頃。

 俺と沖田の会話はすこし少なくなっていた。


 そんな中、俺達高校二年生にとってかなり大きなイベント。修学旅行を迎える。


 *


 集合時間の15分前にはもう駅についていた。

 そこそこルーズな俺でも、こんな場面まで時間ギリギリではいけないという倫理観を持っているからである。人の波に飲まれない位置に立って、クラスメイトの浮いた声をぼんやり眺める。先生が点呼をとり始めると、慌てて走ってくるやつ、わざとふざけて名前にボケを混ぜて怒られるやつ。朝の空気は冷えているのに、呼気だけは熱っぽい。


「おうおう、今日は送れないで来たなぁ流石に!」


 背中を小突く手。神崎だ。

 奴のうるさい声が頭ひとつ上方から耳に響く。


「お前も来たか」

「当たり前だろ。寝坊したら人生の半分損するって白が言ってた」

「そんな事言ったかなあ、記憶にないぞぉ?」


 バスに乗り込む前、スマホが一度だけ震えた。画面には短い一行。


 ――『いってらっしゃい、先輩。』


 それだけ。いつもの、変わらない調子の文面。なのに、喉の奥で何かが引っかかった。返信欄を開いて、閉じる。書きたい言葉が見つからない。言葉を選ぶと、どれも嘘になる気がした。


 窓際の席。隣はじゃんけんに勝ち続けた神崎。白は通路を挟んだ前の席で先生に撮影係を任されている。いつも俺達をスマホで撮ってるのをみられていたのだろう。


 車体がゆっくり動き出し、校門が小さくなる。遠心力が体を片方へ寄せる。窓に頬を近づけると、冷たさが気持ちを整えてくれる。


「善、テンション上げてけよー! 俺たち京の都だぞ、『京の都』!」

「同じ意味の言葉を2回言うな」

「はは、勗本人は遅刻しなかったようだけど語彙力くんはお寝坊さんみたいだ」

 

 白が笑う。神崎は「うるせえ!」と返しながら、後ろの席のやつと早くもお菓子交換会を始めた。袋の擦れる音、キャラメルの甘い匂い。先生が「食べ過ぎたあかんでよー」と言うが、誰も聞いていない。是非も無し。


 高速に乗ると歓声は少し落ち着いて、窓の外の雲が低く流れていく。俺はスマホをもう一度開いて、沖田の一行をなぞった。読み返すたびに、文の中から声が立ち上がる気がする。あの、少しだけ弾んだ声。

 バスのエンジン音が微妙に揺らいで、頭の奥でザザ、と微細な砂嵐が走った。


 ――思い出すな。


 誰の声でもない声が、短く割り込んだ。頭を振って窓の外へ視線を逃がす。田んぼが絨毯みたいに続いて、やがて街に変わる。眠ったふりをして、目を閉じた。


 *


 最初の目的地は清水寺だった。実に修学旅行らしい、テンプレートといったところだろう。テレビや写真で見るより何倍も迫力があり綺麗だ。


 石段を登る。クラスメイトの背中、背中、背中。海外の観光客の声、線香の煙、甘い醤油の香り。境内に入ると、空が一段明るくなる。


「おい善!飛び降りるなよ!」

「飛び降りるかあほう」

「いやよ、『清水の舞台から』って言うじゃん?」

「慣用句を実践しようとするな。特にそんな危ないやつを」


 神崎の声は奥の社殿まで届きそうにでかい。白がスマホを構えながら「あ、善、そこ動かないで」と俺に手を上げさせ、ワンカット撮っては満足そうに頷く。


「この景色、来年また来たらだいぶ印象違うだろうね」

「何でだ」

「一緒に見る顔ぶれが変わるかもしれないだろう?」

「……俺は別に、誰と来ても同じだ」

「ほんとに?」

 

 白の今の言葉は軽く聞こえるのに、針みたいに刺さる。答えを曖昧に笑って流す。


 舞台の欄干に体を預けると、風が頬を撫でて、汗が引いていく。下を見れば緑が深く、その先に街並みが滲む。誰かの笑い声と拍手。遠くで鈴の音。神前の拍手の2つの音が重なった瞬間、脳の底でまたザザ、と細いノイズが走った。


 意味不明の現象に顔をしかめていると、神崎が売店の呼び込みに引き寄せられていく。


「善!見ろ、八つ橋が試食し放題!」

「『し放題』ではない」

「だってどうぞって……おっと、白、撮るな今のは違う!俺は泥棒じゃない!」


 白は笑いながらも、しっかり神崎を止めるし、店の人にも頭を下げて礼を言う。こういう時の白はいつも大人だ。俺は人混みから少しだけ距離をとって、手水舎で手を洗った。水が指の間を流れ落ちる。冷たさが骨まで届く。水面に映る自分の顔は、いつもより少しだけ色が薄い気がした。


 おみくじ売り場の列に、神崎が並んでいる。「善も引けよ!」とうるさい。白が俺の肩を軽く叩いた。


「どうせ“末吉”あたりを引いて、君は『まあそんなもんだ』って顔をするに五百円」

「俺賭博をするな、賭場代をとるぞ」

「じゃ、引かない?」

「引かない」


 代わりに、俺は小さな売り場で鈴のお守りを1つ手に取った。紫の紐。掌に収まる、小さな音。店の人が「学業成就」と笑って言った。違う、そういうのが欲しいわけじゃない。何故これを手にしたのか、自分でも分からない。けれど、なぜか離せなかった。会計を済ませ、ポケットの奥に押し込む。


 ――渡す相手がいるみたいな持ち方だ。


 頭の中の声がそう言って、すぐに無理やり消した。


 

おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。


もしよろしければぜひともお願いいたします。

修学旅行、懐かしいなあ。

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