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人助けラヴァーズ  作者: 鯱眼シーデン
疑似ラヴァーズ

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18/28

17:初夏ラヴァーズ

 夏の朝は、いつもより静かだ。

 学校がないと、世界が半分止まってるような錯覚を覚える。

 でも、俺には止まっている余裕なんてなかった。


 叔父さんと叔母さんに世話をかけさせている身だ。せめて少しでも家計を軽くしようと、前々からしていたバイトのシフトを増やした。昼は掃除、夜は皿洗いとホール。

 そんな生活にも、だんだん慣れてきた。


 それでも、夏の空気には何か不思議な魔力がある。汗ばんだシャツが乾くころ、思い出したように誰かの顔が浮かぶ。そう、沖田栞――あいつの顔だ。


 俺の中でのあいつは、日に日に大きさを増していく。

 

 *


 昼下がり、バイト前の休憩を公園のベンチで取っていた。自販機で買った紅茶のペットボトルを片手に、少しだけ風に当たる。

 蝉の声が遠くで響いて、頭がぼうっとしていた。

 汗がじんわりと滲み、額から流れていく。


「せ〜んぱ〜いっ!」


 声が聞こえた瞬間、ペットボトルを落としそうになった。

 

 麦わら帽子を抱えた沖田が、真っ白なワンピース姿で立っていた。

 前突撃してきた時道を覚えていたのか、抜け目ない奴め。


「おまえ、なんでここに」

「えへへ、近くまで来たんです。先輩がここで休憩してるかなーって思って」

「……思って、来たのか」

「はいっ!あと差し入れです!」


 彼女の手には、小さな包み。リボンをほどくと、中からレモンケーキが2つ出てきた。

 少し焦げているところを見るに、恐らく彼女の手作りであろう。

 

「これ、作ったのか?」

「そうです!自信作ですよっ! 叔母さんに教えてもらって!」

「叔母さんって、『色彩』のか?」

「ええ、この前ご挨拶して以来、ちょこちょことお話ししているんです!」


 ……なんか、こうして繋がっていくのが妙に気恥ずかしい。

 バイトの合間に、こんな風に声をかけられるなんて思ってもみなかった。


「ありがとな。マジでうまい」

「ほんとですか?ふふ、よかったぁ~~」


 ケーキを口に運ぶと、酸味が少し強い。でも、それがなんだか沖田らしい。

 甘いより、ちょっとだけ刺激が残る感じ。


 *


 夜。バイト中。

 夏休みのせいか、店はやけに混んでいた。皿洗いの音と、油の弾ける音で頭がくらくらする。

 ようやく人の波が落ち着いた頃、裏口のドアが小さくノックされた。


「……沖田?」


 まさかと思い俺は店長の一言いれて裏口へ向かう。


 覗くと、そこに本当に沖田がいた。

 制服でもなく、昼間と違う少し落ち着いた服。

 そして手には、コンビニの袋。


「先輩、差し入れ!冷たいお茶です!」

「わざわざ……夜だぞ。俺の忠告を忘れたのか」

 

「えへへ、先輩が頑張ってるの見たかったもので。まあいいじゃないですか~、まだまだ日は長いんですから」


 

 店長が「彼女?」と茶化して笑う。

 俺は「違います!」と反射的に答えたが、沖田は「いずれそうなりますよ!」と笑い返した。

 場の空気が一気に明るくなる。けれど、俺の心臓はそれ以上にうるさかった。


 *


 日々はそんな風に、少しずつ積み重なっていった。


 そんな中、白と神崎が呼び出してきた。

 いつものメンツが揃うと、自然と騒がしくなる。


「補習の役六割を終えた俺は、向かう所敵なし!ってことで!行くぞ!夏祭り!!!」


 何がという事でなのか、敢えてツッコむことはしまい。


「勿論沖田ちゃんもつれて来いよ」

「分かってるよ、ってか俺が言うまでもなくついてくる気だろうよ、あいつなら」

「そうじゃあないんだよ善。君は(仮)でも沖田ちゃんの彼氏なんだろう?デートのお誘いぐらい男がしなくっちゃ」


「そういうもんかねえ」

「そうだよ、ほら僕が手取り足取り誘い方を教えてあげようねえ」

「うるせ、触んじゃない」

 

 くだらない会話。だけど、こういう何気なさが案外、救いになる。

 夏の空気がほんの少し、優しく感じた。


 *


 八月上旬、祭り当日。

 夜の街は提灯の赤に染まっていた。

 浴衣姿の沖田が、境内の入り口で手を振っている。


「せんぱーい!こっちこっち!」


 小走りで駆け寄ってくる姿に、息が詰まる。

 いつも明るいのに、浴衣だと少しだけ落ち着いて見える。


「似合ってるな」

「わーっ、言った!今、ちゃんと褒めましたね!録音しとけばよかった!二勝目ですよ!」

「はいはい、調子に乗るな」


 白と神崎も合流して、屋台を回る。

 焼きそば、射的、金魚すくい――どれもが笑いで満たされていた。


「はぐれるなよ」

「……はい」


 その瞬間、指先がわずかに触れた。

 汗ばんだ手のひら。火照る皮膚。

 

 ほんの数秒の接触なのに、心臓が破裂しそうだった。


 *


 花火が上がる。

 夜空が大きく開いて、色と光が降ってくる。


 

 沖田が見上げながら、小さく呟く。


「先輩、花火って、どうしてあんなにすぐ終わっちゃうんでしょうね」

「そうだな。でも刹那の光だからこそあそこまで人の目にやきつき、綺麗に映るとも言える。」

「……そう、かもですね」


 俺はふと、隣にいる彼女の横顔を見た。

 花火の光が頬に反射して、どこか儚げだ。

 あの瞬間、少しだけ――彼女の手を握った。自然と、反射的に。


 驚いたように俺を見るその瞳は、何かを言いかけて、けれど言わなかった。

 代わりに、柔らかく笑っていた。


おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。


もしよろしければぜひともお願いいたします。

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