09:偽物ラヴァーズ(2)
膝と沖田の笑いが治まったころ、時間も丁度良いし昼食をとることになった。遊園地内に設営されているフードコートに立ち寄り、適当なバーガーとドリンクを注文する。
「しぇんぱい、いりまふ?」
自分が食べている途中のハンバーガーを差し出してくる沖田。
俺は数秒固まった。
――『間接キス』。
脳裏に浮かんだ言葉を振り払うべく、俺は頭を振った。
「そんな勢い良く拒絶しなくても」
「と言うよりだな!口に物を入れながら喋るんじゃあありません!ちゃんと嚙んで飲み込んでから話し始めなさい!」
「うへぇ。正論~」
一瞬照れて固まったことは、彼女に伝わっただろうか。
「うふふ」
「お前、いい性格してるな」
ニヤニヤとした顔つきで俺を見つめる沖田。こいつ照れ隠しに注意したのを見透かしている、そしてそれをあえて口にせず俺を泳がせていたか。
「可愛いですねえ」
「喧しいッ!さっさと食べんか!」
*
午後はメリーゴーラウンド。
沖田は白馬を選んで上機嫌だ。
「先輩っ、隣に乗ってくださいよ!」
「はいはい、仰せのままに」
俺は指示に従い黒馬にまたがった。
音楽が鳴り、馬が動き出す。
それに合わせて体を揺らしている沖田。
手を振ってきた。
「王子様みたいですね!」
「んな上等なモンじゃないわ」
それから矢継ぎ早にアトラクションをはしごしていき、あっと言う間に夕刻を告げるベルが鳴った。
場所は移りお土産売り場。テーマパークらしく、この遊園地のキャラクターを模したようなカチューシャや帽子などがところ狭しと陳列されている。
「あ、これ可愛い!」
沖田が手に取ったのはキーホルダー。
アベックが多い遊園地らしく、それに合わせて作られたであろうそれは、中心から分かれるようになっており、それらを合わせるとハートが完成するといったギミックがあった。
しかし、紫色の縁とは何とも独特な色合いだな。普通ハート型のキーホルダーと言えばピンク色や淡い赤色を思い浮かべるが、これは紫色だ。
「――ダサくないか……?」
「可愛いですぅ~!」
ついこぼした俺の小声に反論し、沖田はレジへ向かった。
俺の分まで。
「お、おい。ここは俺に出させろ、俺の分もあるんだろう?」
「いーですよう。今日一日先輩を振り回したんで、その駄賃ってことで」
「ようないわ、疑似的な関係であろうがこのような状況で払わないなんて、誰が許しても俺が俺を許さん」
沖田の手をしっかりと掴み、俺は自分の鞄から財布を取り出し、会計を済ませた。
その後、沖田はその時握った手をずうっと見つめていた。
――強く、握りすぎただろうか。
*
帰り道。電車に揺られ、俺は行きしなと同じように窓越しの景色を眺めていた。
ふと右肩に重みが加わる。目をやると沖田が寝息を立てていた。
騒ぎつかれたのだろう。
俺は沖田を起こさないように、片割れのキーホルダーを握った。
ドクンと、俺の心臓が跳ねたのは単純に驚いたからだろうと結論付ける。
そうしたほうが、きっといい。
*
「では先輩!また明日!迎えに参りますので!」
「毎朝ご苦労なこって、別にもう慣れたから拒みはしないが、面倒になったらいつでもやめてしまえよ」
帰りのバスで会話を交わす。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる沖田に少しばかしの忠告をした。
一時的な感情の発露で今は動いているだろうが、あくまで一時的なモノ。適度にガス抜きせねば暴発待ったなしだ。
「ご安心ください、私頑丈ですから!」
「ふぅん。俺は言ったぜ、いいか、もう一度改めて言う。君を思い忠告する、何事も、適度にやろうな。別に完璧を求めちゃあいないんだからよ」
「――――あはぁ、わかりま~した!ありがとうございます!」
去り際に見えた沖田の笑顔は、いつもと違うように見えた。
*
「あ、お帰り~ぜっちゃぁ~ん」
「おぉ、ただいま。叔母さんも今帰り?早くないか?」
沖田と別れ家路につき、もうすぐたどり着くというところで叔母さんと鉢合わせをした。
いつもはまだ茶店を開いてるはずだが、どうしたのだろう。
「いやぁ、別にどうってことないけれどね、備品が壊れちゃってさ。常連さんも今日は来れないって言ってたから早めに店じまいしただぁけ」
「そうか、明日からの営業は問題なさそうかい?」
「勿論、そのために早めに閉めたんだよ。さ、もうそろそろ皇さんも帰ってくるからお夕飯つくんないと、あ、ぜっちゃんは食べてきた?」
「いや、まだだよ。俺も一緒に作ろうか」
「あらあ、助かりんぐ~。肉じゃがにするからさ、じゃがをむいてくりゃれ~」
「任されましたよ。」
その後、帰ってきた叔父さんと共に食卓を囲む。
「今日は楽しかったかい?遊園地なんて、全く連れて行ってやれなかったからね。ほぼ初めての経験だったんじゃあないかな」
「お察しの通り初体験の連続で脳のキャパシティが限界ギリギリだったよ。でも、楽しかった」
俺の言葉や表情を見てから、叔父さんは目を細めた。
「そうか、それは、とても素晴らしいことだ。いい娘さんなんだね、栞君と言う子は」
「――あぁ、俺には分不相応だよ」
「善君、もし仮に今の言葉が君の本心だとしても、それを彼女の前で露骨に出してはいけないよ。それは彼女にとって最大の侮蔑に等しい。」
「分かってる。勿論だ」
決して、彼女を傷つけることなく、穏便に、いつか『あぁ~こんな時もあったなぁ~』と思い出す程度の思い出で終わる様に終わらせる。そうして見せる。
「よろしい。――御馳走様、おいしかったよ」
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
もしよろしければぜひともお願いいたします。




