第七の言 新たな道へ
「そうかい、国を出るのかい……」
気落ちしたダビィの声に、エリアは、困った、と頭を掻く。
「長くお世話になったのに、申し訳ございません。一度、水晶真殿の本殿であるフォン・ノエラの精霊真殿に行ってみようと思って……」
「晶琴を使うカティは、一度は精霊真殿に行くのは良いことだと思うよ。けどね……」
「大丈夫ですよ、旦那」
護衛隊の隊長が、エリアの肩を叩きながら口を挟む。
「エリアは、子供にしては聡い。旦那の紹介状も持たせるんでしょう?」
「けどね……。エリアもカティも、まだ成人もしてない子供だよ?」
「西の辺境を離れないといけないので、どうせなら一度国を出てみるのもいいかと思って……」
「うん、でもね。……エル・マリカ国内だったら、私の力が及ぶけど、国外までは──」
「ありがとうございます、旦那さま。いろんな国を渡ってみて、きっとまた戻ってくると思います。その時には、また雇っていただけると嬉しいです」
「旦那ぁ……。子供にまで気を遣わせちゃダメですよ。ここは大人になって、二人を送り出してやらなきゃ」
「でも、まだ子供だよ?」
エリアとカティの二人をとことんまで気に入っているダビィは、めそめそと二人を引き留める。
普段、冷酷な判断もする商隊主の姿など、欠片も見られない。
「旦那さま。“ユエ”を今言織りとして使える私に、偽りはききません。エリアをサポート出来ます」
カティまでが、苦笑しながら、ダビィに告げる。
「うう……」
ぐすぐすと鼻をすするダビィに、隊長までが苦笑する。
「旦那、そんなに心配なら、伝手を使って、南に行く商隊を見つけて、紹介してやればいいんじゃないですか」
隊長の言葉に、ポン! と、手を打って、ダビィが上向く。
「おお! ぉおおおお──」
納得の叫びをあげながら、隊の中で交渉の巧い者を差し向けるべく、その場を駆け離れていく。
「隊長……」
甘やかさないでください。という雰囲気でエリアが口を開く。
「だから、今は甘えてろと言ったろ?」
がしがしと頭を撫でてくる隊長に、エリアがますます眉間に皺を寄せる。
「国が変わると色々変わるぞ? 経験者と一緒に居ると助かるハズだ。とりあえず隣国のアル・ノルンまででもいいから、知り合いに連れてってもらえ、な?」
経験者の助言は聞くものである。
「わかりました。ありがとうございます、隊長」
うんうん、と隊長が笑う。
「定番の塩……、胡椒……。乾燥ハーブ……。甘ダレ……辛ダレ──」
獲物を狩ることに秀でているエリアを分かっているダビィは、専ら味付けに使う物を持たせようとする。
「野草のミニ図鑑、動物のミニ図鑑、魔物のミニ図鑑──」
次々とエリアの背負う袋に詰め込んでいく。
「旦那さま、“ユエ”があれば──」
カティが、図鑑を不要と言いかける。
「おまえが寝込んでる時はどうする?」
何かと寝込むことの多いカティは、大人しく口を閉じる。
「……はい」
「タープテント──」
「持ってますよ?」
エリアが、持っていた二人用のタープを取り出す。
「いやいや、こっちを持っていきなさい。これは、水弾きの加工がされているから」
エリアの取り出したタープを取り上げて、自分の薦めるタープを詰め込む。
「水保存用の魔石。火打石。肉保存用の袋。パン保存用の袋──」
「旦那さま! それは、売り物!!」
咎めるようなエリアの声に、ダビィが首を横に振り振り詰め込む。
「水袋を三つ。一つは予備……西の都を出る時に、井戸から新しい水を汲んでいきなさい。堅パンは、詰められるだけ──」
軽い荷物は、カティの腰袋にもぎゅむぎゅむと入れていく。
「カティ……ちょっとエリアとむこうで話があるんだが──」
「はい? 別にかまいませんけど?」
「うん。ごめんね。ちょっと待っててね」
ダビィが、エリアを連れて、その場を離れる。
「エリア……、お前は、エル・マリカの王族の血を引いているね?」
その言葉に、エリアの瞳が大きく見開かれる。
「……答えなくていい。ただ、お前の見た目は、エル・マリカの王族の血を彷彿とさせる色を持ってることを忘れないようにね。それに、ハーティと、名以外の名前を持っているだろ? 目を付ける奴は、目を付けるから、気を付けなさい」
エリアがしっかりと頷く。
「あと、カティのこと。目が……銀色だろう?」
エリアが再度目を見開く。いつも目隠しで隠していたのに、どうやって知ったのかと驚く。
「護衛隊に、女性の隊士が居るだろ? 水浴びの時に見たと言ってたから──」
「気を付けるように言っておきます」
「うん、そうしてね。……銀色は、フォン・ノエラの王族の色だとだけ言っておくよ」
「………………え?」
「やっぱり、知らなかったんだね。お前の知識には、偏りがあるから。フォン・ノエラに行くのなら、よくよく気を付けるようにね。お前が国を出ることがわかっていたら、もっと色々教えておきたかったよ」
「旦那さま……。良くしていただいて、本当に感謝しています」
「当たり前だよ。お前たちは、まだ子供なのに、一生懸命に生きているからね。大人なら、子供を護るのは当たり前のことなんだから──」
「俺、たくさんの大人たちに護ってもらっているのだって、今ならわかります」
エリアの言葉に、うんうん、と頷く。
「お前たちが、王に関わるつもりがないのを知っているから言っただけだからね。ただ、今は、まともな王族が少ないから……。そのうえ、お前たちのように、民に混じれるくらいに降りてきてくれる王族は少ないんだよ。過激な民寄りの奴らは、そんな王族を血眼になって探しているから、よくよく気を付けるようにね」
「俺、……カティと二人で、静かに生きていきたいです」
「うんうん。知っているよ」
「ありがとう……ございます」
「うんうん。気を付けるようにね」
「はい」
「じゃあ、カティの所に戻ろうね」
「はい」
二人で、カティの所に戻る。
「待たせたね、カティ。二人きりで旅をすることもあるから、ちょっと注意をね」
「はい、旦那さま。私にも、何かありますか?」
「うん。ここから先、晶琴はずっと偽装しておくように。吟遊詩人の使う竪琴までで止めておくように。どこかに落ち着いて、そこの人たちが本当に信頼できる場合以外は、決して晶琴を出すんじゃないよ」
「そんなに、危ないですか?」
「ああ、危ない。姫巫女さまが、二大陸戦争を収めるために晶琴を使ったことで、言織りに注目が集まってしまっているからね。昔言織りなら、過去にあったことを扱うだけだが、お前は、今言織りだ。現在の真偽を扱えてしまうから……、変な奴らの手に落ちたら、どんな風に酷使されるかも想定できない。だから、とても危ないんだよ」
「わかりました。自覚しておきます」
「こちらが、隣国のアル・ノルン、その南のフォン・ルーラまで足を延ばすフォレル商隊の責任者、ノルト‐フォレル氏だ」
「ノルト‐フォレル。フォレル商隊のオーナーの三男で、フォレル商会の南ルートを預かっている」
ダビィの紹介を受けて挨拶したノルトに、エリアとカティが挨拶をする。
「流戦士のエリア‐ハーティです」
「吟遊詩人のカティです」
「エリア君、ダビィさんから、君の腕については、物凄い推しを受けてる。期待している」
「話半分に聞いていてください。護衛隊との連携が無ければ出来ないことですから」
「カティさん、とても良い歌を歌ってくれるそうですね。フォレル商隊の道程は長いから、皆娯楽に飢えるんだ。楽しみにしていますよ」
「精一杯務めさせていただきます。リクエストがあれば、どんどん言ってください」
「二人は、フォン・ノエラに行くんだって? 前はフォン・ノエラまで行ってたんだけど、今はフォン・ルーラの辺境までしか行ってないんだ。途中までしか送れなくて、ごめんね」
「……何かありますか?」
「……ダビィの言う通り、鋭いね、君」
「だろ? エリアを子供だと思って軽んじないでね?」
「わかりました、ダビィ」
「エリア君、隠しておくと良いことはないので、先に言っておく」
「はい」
「今、フォン・ルーラとフォン・ノエラの国境辺りに、『魔王』と呼ばれる存在が居る。とても強い力をもった俘術司らしいんだが、如何せん遭遇して生還した者が居ないそうで、詳しいことがわからない。だから、フォレル商隊は、フォン・ルーラの辺境までしか行けないんだ。国境を越えるのなら、ちゃんと案内人を雇うことを勧める」
「……わかりました。ありがとうございます。ご一緒出来る間に貯めます」
「断念はしないんだ。前向きでいいね」
「カティを、フォン・ノエラの精霊真殿に連れて行きたいと思っているので」
「私も、吟遊詩人として、歌の発祥地であるフォン・ノエラに行ってみたいんです」
しっかりと意見を表明する二人に、ノルンが頷く。
「いいね。毅い子は好きだよ。がんばりな」
「ノルト。では、二人を雇ってくれるんだね?」
「ええ、ダビィ。連れて行く」
「良かったよ。二人とも子供だから、信頼のおける人物に預けたかったんだ。君なら、安心だ」
「エリア君は、子供扱いに不満があるようだけど?」
「俺、今度の年始で、成人の儀に参加できます」
「そうか……成人か。では、年始の休みは、水晶真殿のある所でとるようにしてあげるよ」
「ノルトさん?」
「ちゃんとケジメは付けておいた方がいい。自分の覚悟が上がる」
「……わかりました。よろしくお願いいたします」
ノルトに言われて、エリアが頭を下げる。
「うん。良かったね、エリア、カティ」
ダビィが、無事二人のことを考えてくれる商隊に渡せそうで、喜ぶ。
「旦那さま……お世話になりました」
「うん。こちらこそ、ありがとう。お世話になったね。元気で居るんだよ」
「良き道が、旦那さまの前に拓けますように」
「旦那さま、良き道がありますように」
「二人の先にも、良き道がありますように」
三人は、薄く涙を浮かべて、互いを抱きしめ合った。