第五の言 旅立ち
「食べてますか?」
商隊主のダビィに声をかけられて、エリアが手を止める。
「旦那さま。はい、いつもありがとうございます」
今日は、半魔のイルミを仕留めたので、山盛りの焼肉がある。
──……俺が、魔物だと勘違いして、一頭切り刻んだから、商隊の全員山盛りとはいかなかったのが、ちょっと申し訳ない。
前に、封術を使っていた途中のカティに魔物が近づいて、俘力に中てられたカティが三日三晩寝込んだことがあってから、魔物に過敏になっているせいだ。
「イルミは、半魔だ!」
「食べると美味いんだ!」
「切り刻むな!!」
護衛隊の面々に総出で止められて、やっと止まった。
その時には、三頭の内の一頭を、細切れにしてしまっていた。
仕留めてすぐに食べられる肉はご馳走だから、本当に申し訳ないことをしてしまった。
乾物を戻して作った汁物に、切り刻んだイルミの使えるところは入ったので、ちょっとそちらが贅沢になったが。
後は、主食の堅パンを軽く火で炙った物。
辺境を回る商隊の護衛隊に振舞われる食事としては、かなり良い物だ。
「こちらこそ、いつもありがとう。今日も、野盗から護ってくれましたね」
「護ったのは、護衛隊の皆です」
素っ気なく答えるエリアに、ダビィが苦笑する。
「後三日で辺境を抜けますが──」
「はい。俺たちが同行するのはそこ迄です」
「ふぅ……。ウチの専属の話は──」
「申し訳ありませんが、カティが辺境を離れるつもりがないので」
「……カティ──」
「封術司は、都市では不要なので」
きっぱりと言われて、ダビィが肩を落とす。
「封術は、今言織りの能力の極一部だろう? 今言織りの能力は、都市では引く手数多だよ?」
「私は、今言織りではなく、封術司です」
「君のように晶琴を使いこなしている言織りは、大都市の水晶真殿にも居ない。どうして辺境にこだわるのかね?」
「私は、辺境の民に慈しまれ、育てられたので」
「本当に二人とも欲がないねぇ」
「俺たち、正当な報酬はいただいています」
「エリアが交渉しているから、普通より良い報酬をいただいています」
きっぱりと言い切るエリアとカティに、ダビィは、ますます肩を落とす。
「まぁ、後三日、考えておいてくれると嬉しいよ」
力無くダビィは二人から離れていった。
『……!! ……!!』
懐からの声に、エリアが夕食の輪から離れる。
『エリア!!』
取り出した水晶の切片からの声に、エリアが答える。
「親仁さん? 何があったの?」
その切片は、拠点としている村の口利き屋の親仁に渡していた物と対の、伝達用の切片であった。
『お前たちの家に良くない風体の奴らが押し入った。お前たちを探してる』
「大丈夫だよ。こうなること予想してたんだよね? この間帰った時、拠点を移せって言ってくれてたから、家を出る時大事な物は全部持ってきてる」
『すまんな。防いでやれなくて』
「いいや。忠告をしてくれただけで十分だよ」
『もう……戻って来ない方がいい』
「狙いは『封術司』?」
『『碧の閃光』も、だ』
「俺も?」
『お前たちは、二人セットだからな。来年お前が成人するから、囲い込みたい奴らが動いたんだろ! まだ子供のお前たちに、忌々しい!!』
「ありがとう、親仁さん」
本気で腹を立てている親仁に、エリアが笑う。
『本当に、すまんな。まだ子供のお前たちを護ってやれなくて……』
「十分だ。ありがとう。家には、大事な物は残ってないから、処分してくれていいよ。それから、家の裏の一本杉の根本に、隠し金が埋めてある。世話になった村人で分けてくれ。特にベティおばさんには多めに、ね」
『エリア!?』
「村のために貯めてたお金だから、分けて。俺たちに必要な分は、ちゃんと持って出てるから」
『お前……最初から──』
「世話になったね。いつもいい仕事回してくれてありがとう、親仁さん。村長さんにも、こんな得体の知れない俺たちを村に迎えてくれて感謝していたと伝えておいて。ベティおばさんにも、いつも美味しいごはん作ってくれてありがとう、って」
『ああ。この緊急連絡用の切片も処分するようにするよ』
「うん。そこから足がつくかもしれないから、そうして」
「オヤジさん。それ、“ユエ”の欠片だから、砕いて村の井戸に捨てて」
『カティ!?』
突如割り込んだカティの声に、親仁が驚く。
「“ユエ”の欠片だと言ったろ。カティがこの通信に気付かないわけないだろ?」
おかしそうにエリアが笑う。
『井戸にって、なぜ?』
「晶琴の欠片は、井戸に落とすと、水質浄化と水枯れ防止になるから」
『そんな力があったのかい?』
「そう。昔、姫巫女さまが、南大陸の大旱魃を救った時に使った方法だよ。内緒にしてね。言織りしか知らないことだから」
『ああ。皆には知られないようにする』
そうでなければ、世に出回っている晶琴を砕いて売るような愚かな奴らが出てくる。
「親仁さん、本当に世話になった」
『元気でな。エリア、カティ』
「親仁さんも。親仁さんのつけてくれた『碧の閃光』はこのまま貰うね。風の便りで『封術司』と『碧の閃光』の噂を聞いたら、元気にしてると思って」
『ああ。良き道が、お前たちの前に拓けますように』
「親仁さんの前にも、良き道がありますように」
「オヤジさん。ありがとう。貴方の前に、良き道がありますように」
『パキ!』
水晶の切片の砕かれる音と共に、通信が切れる。
エリアが、深いため息を吐く。
「また二人になってしまったね……」
辛そうにつぶやくエリアに、カティがそっと近づく。
「ごめんなさい」
「!! 何を謝るのカティ!?」
「だって……お兄さんのお墓に行けなくなる」
泣きそうなカティに、エリアが笑いかける。
「大丈夫だよ。兄上は、流戦士だから、墓守を望める立場でないことは覚悟していたよ。それに……いつだってココにいるから」
エリアが、そっと胸に手を当てる。
「エリア……」
「俺たち、……一緒に眠れるといいな」
「うん。置いて逝かないでね」
「ああ。カティこそ、俺を置いて逝くなよ。逝く時は、一緒だ」
「うん」
エリアが、よしよしとカティの頭を撫でる。
「さぁ、飯に戻ろう。今日は、封術を使ったんだから、たくさん食べろよ」
「うん」
「旦那さま」
改まったようすでエリアに声をかけられ、ダビィが緊張する。
「エリア。なんだい?」
「辺境を抜けてからのことなんですが……」
「もしや、同行してくれる気になったのかい!?」
喜色を浮かべて前のめりになるダビィに、エリアが苦笑する。
「はい。カティも一緒にいいですか?」
「カティもかい!! それは願ってもないよ!!」
「ただし、これが最後になります」
「え?」
「拠点を変える予定なんです」
「ええ!? どこに!?」
「まだ決めていません」
「えええ!? それは困るよ! 君とカティとは、これから先も一緒に仕事をしたいのだけど!?」
「そう言ってもらえるのはありがたいのですが……」
「訳ありかい?」
「……はい」
「わかった。今までのお礼も兼ねて、出来るだけ力になろう。どこまで一緒したらいい?」
「一番近い大都市まで。ルートに入ってますか?」
「ああ、大丈夫だよ。このエル・マリカの、西の都かな」
「では、そこまで」
「よろしく頼むね。そうだ、ウチを離れる時には、『碧の閃光』エリア‐ハーティと『封術司』カティの名で、封印石の紹介状を書こうね」
普通の紹介状でも助かるが、封印石でそれを作ってもらうのは、最上級の紹介状だ。
封印石を持っている商隊主は、それだけ大きい商隊を動かす力を持っていることの証。なにより封印石は、一度封をすると偽造できない代物なのだ。
「そうしていただけると大変助かります」