第四の言 商隊
「止まって!」
エリアの厳しい声に、商隊が一気に止まる。
「エリア?」
「しっ!」
エリアが、唇に人差し指をかざして、沈黙を要求する。
碧い瞳が、街道の両端にある森に向けられる。
両方の耳が、森のさらに奥を探る。
ふわり……と、エリアの気配が滲みだし、周囲へと静かに広がっていく。
──右に、……十二、いや十四。左に、……十五。
静かに、商隊の護衛の隊長へと寄る。
「野盗だ。十ニイヅ先。右に十四。左に十五」
分かったと言うように隊長が頷き、部下に、荷馬車の周囲に散るように手で合図をする。
エリアの視線が動き、カティが乗っている荷馬車を探る。
ひょいと顔を出したカティが、静かに頷く。
『おとなしくしてる』
声なく唇が動き、カティがエリアに告げる。
エリアは、安心したように頷く。
「左を先に撹乱する」
隊長に小さく告げる。
隊長が、頷く。
エリアが剣を抜き放ち、ぐ!と足に力を込める。
「攻めろ!」
隊長の鋭い声が響くと同時。
ひゅ! と、エリアの姿が森の左側に消える。
護衛隊の攻撃に割り当てられていた隊士が、森の右側へと飛び込んでいく。
葉擦れの音。
急な攻撃に上がる声。
続く剣戟の音。
エリアは、森の左側を、低い体勢で、一気に駆け抜ける。
抜けざま、野盗たちの身体を撫で斬りしていく。
『碧の閃光』の名に相応しい、一閃の動線。
全てが致命傷と言う訳にはいかないが、確実に、野盗の動きを奪っていく。
十五ペシナ後、野盗は全員、倒されるか拘束されるかしていた。
「選べ。ここで、縛られて転がされて、獣の餌になるか。大人しく付いてきて、次の街で、警ら隊に渡されて、裁判を受けるか」
隊長の二択は、選ばせているようで、選ばせていない。
ここで獣の餌になるのも、裁判を受けるのも、待つのはどちらも、死だ。
裁判で、盗みを働く者に対する判決は厳しい。特に、野盗など、被害に死者を出すような盗人には、極刑が処される。ただ、獣の餌になるよりも、死ぬのに一瞬しか時間がかからない。と言う利点とも言えない利点があるのみだ。
野盗たちは、ここで縛られて放置される方を選んだ。
「馬鹿だな」
エリアは、つぶやく。
かけられた縄が緩んで逃げられる可能性に賭けたのだろう。
だが、今まで野盗に仲間たちを殺されたことのある護衛隊の面々が、万が一にも緩むような縛り方をすると思っているのか?
奴らの未来にあるのは、生きながら獣に貪り食われることだけだ。
「カティ……。聴かなくていいからな」
エリアが、カティに音遮壁を張るように促す。
カタカタと震えるカティの肩をそっと抱く。
「大丈夫。カティは、俺が必ず護るから」
そんなエリアの服の端を、ぎゅう、とカティが握る。
「うん。大丈夫だよ。ちゃんと自分のことも護るよ。俺は、お前をおいて逝ったりしないから」
はくはくと、声無く唇が言葉を紡ぐ。
「カティは、優しいな。でも、優しさの方向を間違えちゃダメだよ。奴らが野盗に身を堕としたのには理由があるだろう。でも、奴らが襲った商隊が被った被害で、辺境の村々に回るべき品物が無くなる。商隊無しじゃ辺境が成り立たないのを知っているだろう?」
「う……」
ぽろぽろと涙を流すカティを、そっと抱きしめる。
これが初めてではないのに、カティは、何度こんな場面に立ち会っても、人の死に敏感なままだ。
被害者はもちろん、加害者の命にも。
「もう、眠ってて、カティ。夕方着く村で、仕事だろ? 休んでなきゃ」
荷馬車の中に作られた場所に戻して、旅装のマントでしっかり身体を包む。
「“ユエ”。カティを落ち着かせろ」
カティの腕の中に抱かれている晶琴“ユエ”に、脅すように声をかける。
りぃ……ん。
ちゃんと返事を返してきたのを確認すると、自分の定位置である隊の先頭に戻る。
それを確認し、商隊が再度動き出す。
りぃ──ん。
晶琴が鳴る。
それに合わせて、カティが歌う。
穢れが、じわじわと圧されて、小さくなっていく。
りぃりぃん。
晶琴の音に、歌がさらに重ねられる。
穢れが、一気に潰される。
ばちん!
穢れが、無事に封じられる。
カティの封術司としての仕事も終わり、商隊が一気に泊まりの準備に入る。
村からも、穢れが無くなったお礼として、商隊への差し入れがされる。
そんな騒ぎの片隅で、二人は、いつものやり取りをしていた。
「ほら、あーん」
干し果実をエリアから差し出されて、カティが口を開ける。
その口の中に、ぽい、と、果実が放り込まれる。
カティが、もぐもぐと口を動かす。
晶琴の手入れ中のカティは手が離せないので、エリアが食べ物を口に運んでいるのだ。
夕方の食事中に曲を提供することで、商隊に無料で同行出来ているカティは、封術司として晶琴を使った後の手入れが欠かせない。
けれど、封術司としての仕事の直後のカティは、思い切り体力を奪われているので、エリアは、とにかく食わせることにしている。
夕飯までは、まだ時間があるので、いつも持って回っている携帯食の干し果物を食べさせる。
「美味いか?」
エリアの問いに、咀嚼中のカティが、頷くことで答える。
もぐもぐ。
カティが一生懸命に食べるようすを、エリアがニコニコと笑いながら見つめる。
咀嚼が終わると、ぱかり、とカティが口を開ける。
「ほい、次」
ぽい、と次の干し果物が口に放り込まれる。
もぐもぐ。
カティも、ニコニコと笑みを浮かべながら、咀嚼する。
もぐもぐ。
「エリアも」
口が空になってから、次を要求する前に、カティが言う。
「俺は大丈夫」
「今日は、エリアもたくさん働いた」
頑として譲らないカティの言いように、エリアが苦笑する。
ぽい、と、自分の口にも、干し果物を放る。
それを確かめて、カティが口を開く。
ぽい、と、カティの口にも、干し果物を放る。
もぐもぐ。
そこに通りかかった護衛隊の隊長が、ふ、と笑う。
「栗鼠かよ、お前ら」
揶揄うように言いながら、懐から取り出した、二人が食べていた物とは違う干し果物の入った袋を放る。
ぽすん、とエリアの膝に落ちる。
「これも食ってろ」
咀嚼中の二人は、言葉で礼が出来ない。
片腕を上げて、ぐ! と握ることで、礼の代わりにする。
「ぶふっ!」
二人のどこまでも揃った仕種に、隊長が笑う。
「お前ら、本当にいいコンビだな」
もぐもぐと口を動かす二人の頭を、隊長がよしよしと撫でる。
「しっかり働いたんだから、夕飯もしっかり食えな」
ニカと笑う隊長に、二人もにこりと目を細めて答える。