第三の言 一緒に居よう
「もう、一声!!」
少年が、渋る相手に、交渉する。
「おまえの腕は確かだってわかってはいるんだよ。う……ん、でもなぁ」
「俺も、養わないといけない人間がいるんだよ。な、もう一声!」
「う~~」
「オヤジさん。もう一声がんばってくれたら、隊の夕食時、私の歌を二曲、無料でつけるよ」
割り込んだ少女の声に、口利き屋の親仁が、ぱっと顔を明るくする。
「おや、カティ。今回は、おまえも着いていくのかい?」
「うん。途中、封じないといけない場所が多いみたいでね。依頼が立て込んでるんだ。ダビィの商隊が通るルートがちょうど良く、重なっている」
「カティ……」
少年が、困ったと顔をしかめる。
カティのことは、もう一声を呑んでもらった後に出して、もう一条件、乗せるつもりでいたのだ。
「エリア。……がめつ過ぎ」
ばつん! と、先を叩き切られて、少年が、沈黙する。
「……」
哀れなものを見るような目をして、エリアの肩を、ぽむぽむと、親仁が叩く。
「上乗せしてあげるから」
「いつも、ありがとう……」
「おまえには、期待してるからな『碧の閃光』」
「がんばるよ」
ため息を吐きつつ、少年が立ち上がる。
同じ年の頃の少年たちに比べて、頭一つ大きなエリアが、小柄なカティを連れて、店を出ていく。
エリアは、流戦士。護る者も、護る物も、欠けさせることなく送り届ける腕を持つ。
栗色の髪、碧の瞳。陽に焼けた、褐色の健康そうな肌を持つ、普通よりちょっとお金に厳しい少年だ。
その腕と、瞳の色から、『碧の閃光』の二つ名を持つようになって、もう三年は立つ。
そろそろ、少年の域を脱して、青年へと足を踏み出しているところだ。
そのエリアが、養っている(?)のが、晶琴“ユエ”を使って、穢れを封じる、封術司、カティ。
真っ直ぐな黒髪。目の部分に、黒い布を巻いていて、瞳の色はわからない。
盲だと言われているが、目元を布で隠しているので、確かな所は、わからない。
まったく不自由していないように、動いているからだ。
五年前、少年は、少女を抱きかかえて、この辺境の村に流れ着いた。
まだ子供だったのに、流戦士として、口利き屋に登録し、すぐに、警護の職に就いた。
大人たちに混じって、雑用をこなしながら、警護を行っていた。
そんな少年は、甲斐甲斐しく少女の世話をした。
少女は、口数少なく、ただ少年について回ることしか出来なかったからだ。
少女が、自分で自分の世話が出来るようになってから、割のいい商隊に着いての警護の職に切り替えていった。
そうして、めきめきと流戦士としての頭角を現していった。
その頃になって、少女はようやく、自分の持つ晶琴を使い始めた。
少女の歌に、村の面々は、癒しを見出した。
やがて、歌が、村の周りの穢れを退け始めた。
穢れが無くなり、畑が広がった。
穢れがなくなり、野の獣が戻ってきて、食料が豊かになっていった。
そうして、村が豊かになるにつれて、村に来る商隊が増えていった。
村に立ち寄った真官が、少女の力に気付く。
少女は、封術司としての導きを享け、やがて、少年と一緒に、商隊に同道するようになった。
それからは、早かった。
流戦士『碧の閃光』と『封術司』のコンビは、辺境では、欠かせない存在となった。
辺境には、商隊の存在は欠かせない。それを護る『流戦士』は、必須。
そして、穢れを祓う『封術司』は、穢れに悩まされる辺境では、生命線とも言える。
辺境のあちこちからの依頼を請けて、二人は、一緒に行動した。
「あいつが行きたいところへ」
「彼が行くところなら」
互いに、相手を主体とするものだから、時々ぶつかる。
「おまえは、俺の拾い主だから」
そうして、最後は、エリアが勝った。
カティの行きたいところへ。
そうやって、二人は、いつも一緒だった。
「なあ、エリア」
「なんだい、親仁さん? 」
口利き屋の親仁に、改まった態度で呼ばれて、エリアがそちらを向く。
「お前たちも、名が売れた。そろそろ、もっと中央の都市に居を移した方がいいんじゃないかい?」
「それも……考えたんだけど。その方が、実入りがいいからね。でも、カティが……ね」
「やっぱり、イヤがってるのかい?」
「うん。封術司を必要としているのは辺境だから、都市は、イヤだって」
「カティもねぇ。もう少し、自分のことを省みてくれたらねぇ」
「うん。一生懸命食わせてるんだけど、全然太らないんだ」
無念と言わんばかりに、エリアが唇を噛む。
「真官さんも言っていたねぇ。晶琴を本当に使える人間は、とても体力を削がれるから、気を付けるようにって……」
親仁も、ため息を吐く。
「カティは……本当に晶琴を使いこなしているから、穢れを封じると、一回りは痩せる。俺は……もう、封術司の仕事は辞めてほしいよ」
食べさせても食べさせても、封術司の仕事で、どんどん痩せていく。
カティは、出会った時からほとんど育っていなくて、とても小柄なままだ。
「そのカティは?」
「昨日隣村で、小さかったけど穢れを封じたから、家で休ませてる。ベティおばさんが、カティの好きなホワイトシチューを作ってくれるって言ってたから、それをもらって帰る」
「そうか、しっかり食わせて、休ませておくんだぞ。ダビィの商隊が、うちの村を通るのは、三日後だ」
「出発は、三日後だね。わかった」
村外れの小さな家に帰りついて、カティの寝室に入る。
「ぅ……うう……ぁあ!」
魘されるカティに気付いて、急いでベッドに近寄る。
「カティ! 起きて!!」
肩を揺する。
「ぁあ、ああああぁぁっつ!!」
カティが、泣きながら悲鳴を上げる。
エリアは、涙を流すカティの小さな身体を強く抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫だよ、カティ。俺が、そばに居るから。大丈夫だよ」
「エ……リア?」
「大丈夫、夢だから。怖いことは、思い出さないでいい。俺が、そばに居るよ」
「エリア……」
カティの銀色の瞳が、涙に濡れている。
「もう一度眠って。そばについててやるから、安心してお眠り」
小さな頭を、髪を梳くようにして、撫でてやる。
「エリア……」
ため息を吐くようにエリアの名を呼び、気を失うように眠りに就く。
出会った頃から続く、カティの悪夢。
夢の内容は覚えていないようだ。
というより、あの泉で出会う前の記憶を、カティは持たない。
悪夢は、きっと出会う前の過去に起因しているのだと思っている。
でも、あんな状態で逢ったカティの過去が、辛くないものであるわけがない。
だから、辛い過去なら、思い出さなくていい。
俺は、そう思っている。
「おまえが俺のそばに居てくれるように……俺は、おまえのそばに居るよ」
涙に濡れた目元をそっと拭って、はずれた目隠しをつけてやる。
カティは、自分の瞳をひどく嫌っている。
それは、抉り出そうするほどに、憎んでいる。
でも、それがなぜなのかは、カティ自身にもわかってない。
だから、見えないように隠す。
「大丈夫だよ、カティ。その分も、俺が大事にするからな」
目隠しの上から、その閉じた瞳に口づける。
──俺の拾い主。俺の全ては、おまえのモノだよ。