第二の言 哀しみの出会い
申し訳ございません。
人死が、ばんばんありますね。
今回は、何もかもを無くした人間の、再生を描きたく。
次回からは、こんなことには、なりませんので、お許しください。
二大陸戦争後、人々は、疲弊した大地を護るため、見出された未大陸へと移住した。
かの地へ渡った人々を護るため、北の果てなる険しき高山が封鎖される。
残された二大陸では、疲弊した大地故に、王として相応しくないと判断された王たちの交代劇が繰り広げられる。
「虐げられた民の声を、なぜ、お聞きにならなかった?」
領主たる父へ冷たく告げられる、叔父からの言葉。
「貴方に、王族たる資格はありません」
叔父の命で、父と母、兄と弟と共に、領地を追放された。
最初に、逝ったのは、弱い弟だった。
次が、父。追放された自分を、赦せなかったらしい。
そして、母。住むに困り、食うに困り、耐えることが出来なかった。
兄と俺は、習い覚えた剣の腕で、何とか商隊の護衛として潜り込み、生き延びた。
兄は──
「エリア……。旦那さまは?」
「大丈夫だよ。兄上が、かばったから──」
「良かった。僕は、今度は……護れた」
「兄上……。おいて逝かないで──」
「ごめんよ、エリア──」
血に塗れた手が、俺の頬にそっと触れる。
「僕は、薄くとも王族だから……民を護らずにはいられない」
「うん、わかってる。だから、流戦士になったんだろ? だから、俺も兄上についてきたんだよ」
「エリア……。王とは、民を護るものだよ。忘れ……ないで──」
「兄上っつ!? 兄上──っつ!!」
商隊と野盗の血に染まった真ん中で、兄は、……逝った。
兄の庇った商隊主も、商隊のメンバーも、野盗も、すべて死んだ。
俺は、誰一人護れず、一人生き残った。
「これで……これで、満足か、叔父上っつ!!」
確かに、父は、民を虐げた。
けれど、貴方の教えを受けていた、兄も、俺も、民を護るべく奔走していた。
貴方に追われても、兄は、腐ることはなかった。
流戦士となっても、人を護る仕事を選んで、生きた。
こんな死に方をしていい人間では、なかった。
「もう、俺には、誰も──残っていないっつ!!」
兄の屍を抱えて、俺は、泣き、吼えた。
それから、何とか兄を埋葬して、俺は、抜け殻になった。
もう、俺の中には、何もない。
真っ白になった頭では、何も考えられない。
ふらふらと、道を外れ、森へ……杜の奥へ、と歩いていく。
歩いて、歩いて……もう歩けないとなって、どさりと地面に倒れた。
──あぁ……。もぅ……いいや……。
何もかもを……棄ててしまおう。
ごろりと、仰向けになる。
「今日は……満月だったのか……。空を見上げたのって……いつぶりだろう──」
どこまでも澄んだ夜空に、星々が瞬く。
満月と、空の交差が、俺の見上げるその先で、綺麗に重なった。
その瞬間、寝転がった俺の頭の上の方から、白い光が降ってきた。
「なんだ……?」
訝しんだ。
でも、……もぅ……いい。
俺は、目を閉じた。
り……ん。
澄んだ堅い音が、した。
──?
りゅ……ん。
りん。
り……ぃぃ……ん。
音は、続いた。
まるで、泣いているような……音。
──なんて、哀しい……音。
聞いているうちに、俺の瞳からは、知らず涙が零れていた。
哀しいのに、泣いている内に、心が軽くなっていった。
そして、その音に魅かれるように立ち上がり、ゆっくりと、白い光へと歩いて行った。
鏡面のような小さな泉の中央に、大きな水晶の柱が立っていた。
白い光は、その水晶から放たれていた。
その泉の中に、その子は座っていた。
その腕の中のモノが、俺をここに呼んだ音を鳴らしていた。
真っ直ぐな黒い髪。瞳の色は、閉じられていてわからない。
白い肌は、少しだけ陽に焼けている。
顔立ちは、綺麗というより、可愛い感じだ。
なんか、全身、ごわごわしていた。
汚れているのかと、泉の水を使って、流してやる。
その汚れが、水に溶けていく。
それが、血だと、知った。
その血の汚れに、見つけてから一言も発さないその子が、何か恐ろしい目に遭ったのだろうと察した。
受けた恐怖を忘れられるようにと、汚れを綺麗に落としてやることにする。
手の中にあるモノを、そっと下ろす。
服を洗おうと脱がせて、初めて、その子が、女の子であることを知る。
でも、その子が、何の反応も見せないので、全部脱がせた。
今の俺は、心のどこかが、死んでいるんだと思う。
少女は、なされるがまま。
がびがびになっていた髪も、毛先まで指が通るように、綺麗に洗う。
身体も、隅々まで綺麗に洗う。
泉の外へ出して、持っていた乾いた布で拭く。
冷えるだろうと、俺のマントでくるんで、座らせる。
ごわごわの服を、洗う。
こんな杜の奥で、新しい服など手に入れることはできないから、全部、綺麗に洗う。
近くの枝に、服を広げてかける。
それから、近くにある枯れ枝を集める。小さな枝から大きな枝へと積み上げて、枯れ葉に、火打石で、火を点ける。
少女を、火の傍へと移動させる。
先ほど下ろしていたモノを、少女に持たせる。
そうして、そっと、その頬に触れる。
「君は、誰?」
声をかける。
ことり、と、首が傾げられる。
「君の名前は?」
もう一度、声をかける。
「カ……ティ……」
「カティ?」
こくりと頷く。
カティの腕が上がる。
その手が、俺の頬に触れる。
「泣いていた……の?」
目を閉じているのに、なぜわかるんだろう。
「悲しい時には、泣いていいのよ」
カティの腕が、俺の頭を包むようにして、その胸に抱き寄せる。
「たくさん、泣いていいのよ。悲しみが消えるまで……」
カティの言葉が、……その胸の温かさが、俺の中に、……染み込んでいく。
「泣いて、いいのよ」
カティが、俺の頭を、ゆっくりと撫でる。
「……ふ……っ、……ぅ」
気付いた時には、口から嗚咽が零れ落ちていた。
「いっぱい、泣いて、いいよ」
俺は、泣いていた。
兄を喪って嘆いた時とは、違う、涙が零れ落ちていた。
カティの腕が、ぽんぽん、と、背を叩く。
わぁわぁと、堰を切ったように、俺は大きな声をあげて泣いた。
「私が……そばに居てあげる。だから、泣いて、いいよ」
ぽんぽん。カティが、優しく背を叩く。
俺は、誰もいなくなったことに耐えられなかった。
もう、喪うのは、イヤだった。
「もう、一人はイヤだ。一緒に居てくれ、そばに居てくれ、一人にしないでくれ」
カティが、俺の頭を抱いてくれる。
「大丈夫。私が、一緒に居てあげる」
カティが、よしよしと、頭を撫でてくれる。
「カティ……。カティ……」
逢ったばかりの少女なのに、カティは、すとん!と、胸の奥底まで落ちてきた。
俺の胸の中で、何か温かいものが満ちていく。
「大丈夫。一緒にいるよ」
泣いて、泣いて、泣き疲れて、俺は、カティに膝枕をされて、眠った。
俺の──拾い主。
俺の、宝物。
そんな風に、一方的に癒された出会い。
それが、俺とカティの始まり。