第一の言 始まりの日
虐殺スプラッタシーンが、後半にあります。
苦手な方は、前半のみで、次話までお待ち願います。
「姫巫女さま、どうぞお元気で」
「長……どうしても一緒に来てはくれないのですか?」
「我々は、戦を生業とする一族です。戦を……新しい地に持ち込みたくは、ありません」
「あぁ……そんな貴方だから、共に来ていただきたいのに」
「良き主であって下さり、ありがとうございました。貴方は、我が一族がお仕えできた、一番の主でありました」
「これ以上、引き留めることはできませんね。貴方は、流れる一族だから、留めては、腐ってしまうのだろう?」
長は、にこり、と笑う。
「良く、わかっておられるではないか」
「良き道が、貴方の前に拓けますように願っております」
「姫巫女さま。貴方の前にも、良き道を」
*
「未性子か……」
「どうしますか、長」
生れ落ちた子の、性別が定まっていないことに、長が眉を寄せる。
「我が子とは言え、女でなければ、連れては行けぬ」
長の率いるのは、女性のみの一族。
生業は、傭兵。
女戦士の一族。
流れるままに各国を渡り、時々留まる地にて、子を生す。
生まれてきた子が、女であれば、一族に迎える。
男であれば、子の男親に渡す。
その約束で、交わり子を生す。
そして、男親は、「未性子など、不要」と嫌悪も露わに、言い捨てた。
その言い方に、長は、怒った。
「そなたの、子だぞ?」
未性子は、幼い内こそ、性別が定まらぬが、長じれば、ちゃんと分化し、性を定める。
「それを、慈しまぬ。と?」
女戦士の一族は、確かに女のみの一族ではあるが、何よりも、子供を大切な守護対象として慈しむ一族である。
「そのような者を、主としては、仰げぬな」
言い捨てて、一族を率いて、その地を去った。
「お姉さま、可愛い女の子ですよ」
長が、一族に同道するようになった言織りに、取り上げた赤子を見せる。
「長……。心からの感謝を、貴方に」
薄く笑む言織りからは、既に生気が失せていた。
「女の子で良かった、貴方に託せる」
「お姉さま! そんな悲しいことを言ってはダメです!」
「名を……カカ‐ティン、と」
黒い髪、銀色の瞳の赤子の頬に、そっと触れる。
「銀色の瞳は……あの人の色だわ」
すぅ、と、そのまぶたが下りる。
「お姉さまっつ!!」
「晶琴を……フォン・ノエラの水晶真殿に、返還して──」
はたり。赤子の頬に触れていた手が、力なく落ちる。
「お姉さま!! ダメです、逝ってはダメです!」
──ああ、どうして、私の大切な女性は、私を置いて行ってしまうのだろう?
「お姉さま──っつ!!」
「ヴァル、お前の妹だよ」
栗色の髪、翠の瞳、自分に良く似た子に、手の中の赤子を見せる。
「お母さん? お母さんは、今回は、子供ができませんでしたよね?」
不思議そうに聞いてくるヴァルに、長が苦笑する。
「亡くなった、お姉さまの子だよ。私に託された。お前の妹として育てる」
ああ、と、納得したように、ヴァルが頷く。
「美しい瞳ですね」
赤子の銀色の瞳を覗き込み、ヴァルがうっとりと笑う。
「お姉さまは、黒髪、黒瞳であったから、父親の血だろうね」
「父親から、盗られることは、ありませんか?」
「お姉さまは、私に託された。もう、女戦士の一族の一員だ、渡しはせぬよ。そも、自分の子と思っていたなら、身重のお姉さまを放っておくハズがない」
まるで行き倒れるようにして、一族に保護された言織り“ユエ”。
その姿を思い出し、長の唇が、ギリ、と噛まれる。
先に起こった二大陸戦争。それを鎮める一翼をになった、言織りたち。
尊ばれておかしくないその存在を、汚して、捨てた、奴がいる。
「決して、赦さぬ。誰が、……渡すものかよ」
ぼそりとつぶやかれた言葉を、ヴァルが聞き返す。
「お母さん?」
「……カカ‐ティンと名付けられた。お前も、優しくしておあげ」
ヴァルに、カカ‐ティンを渡す。
「もちろんです」
カカ‐ティンの小さな手が、ヴァルの指を、きゅ、と、握る。
「かわいい」
翠の瞳が、優しく細められる。
ヴァルとカカ‐ティンを、長が見つめる。
どちらも、愛しい子。
どうか、この子たちが、幸せになりますように。
「きゃあ」
赤子が、触れる。
それに応えるように、晶琴“ユエ”が、歌う。
「さすが、お姉さまの娘ね。“ユエ”が感応してる。これは、……水晶真殿に返還に行っても、そのまま託されるかもしれない」
「ご機嫌ですね、長。……旅立ちの日は、どうされますか?」
「うん、カカ‐ティンが一番幼いからね。旅に耐えられるほどに育ったら、フォン・ノエラに行こう。そうだね、ここで三歳を迎えてからにしよう。皆に、子を生すのを禁じておいて。ここで、十分な数の子は生せた。育てに、集中するように」
その頃には、ヴァルは、十歳か。性別も定まるか? 女子に分化してくれると良いのだが……。
「どうして、こうなった……」
カカ‐ティンは、十三歳を迎えた。
なのに、フォン・ノエラに着いてもいない。
り……ん────ん。
晶琴“ユエ”の音が鳴る。
カカ‐ティンが、それに合わせて、歌う。
そして、目前で、わだかまっていた穢れが、ぎゅう、と圧し潰されていく。
りりぃ……ん。
ひと際高い声が、さらに、穢れを圧し潰す。
ばち!
圧し潰されて、限界を迎えた穢れが、消え去った。
封術司。
カカ‐ティンは、“ユエ”の力を使って、疲弊した大地の穢れを祓うことが出来るようになっていた。
フォン・ノエラに行く道すがら、立ち寄った水晶真殿で、晶琴の使い方の手ほどきを受けていたカカ‐ティンは、気づいた時には、封術司としての能力を開花させていたのだ。
二大陸戦争後、戦争により穢れた大地は、大幅に耕作地を狭めてしまっていた。
穢れを滅し、封じることのできる、封術司は、現在一番に求められる存在だ。
おかげで、旅が、遅々として進まない。
その上、当初の、フォン・ノエラの水晶真殿の本殿に晶琴“ユエ”を返還するという目的は、既に意味を失いつつある。
カカ‐ティンは、どう見ても、“ユエ”に選ばれている。
立ち寄った水晶真殿の真官たちは、端から、カカ‐ティンへの“ユエ”の下賜を、本殿に請い願うようになっていた。
これでは、“ユエ”を返還するどころか、逆に、正式な下賜のために、本殿へ向かっているようなものだ。
「お母さん? また、眉間の皺がすごいことになっていますよ?」
こしこしと、ヴァルが、眉間をさすってくる。
優しい子に、喜びたいところであるが……。
長は、大きなため息を吐く。
ヴァルは、二十歳になった。もう、成人である。一人前なのだ。
だが、未だに、未性子だ。
今では、女戦士の一族の一員として、戦にも出るし、カカ‐ティンの補佐として、穢れを祓うサポートまで出来る。
出来た子なのに、未性子だから、皆が扱いに困っている。
女であれば、次代の長ともなれる能力を持っている。
男なら、一族の外に出し、仕える主を選び、根付く者となるハズである。
だが、未性子であるが故に、どちらとも定められない。
また、カカ‐ティンが、ヴァルを離さないものだから、事態が余計に拗れていっている。
「ヴァル……、まだ分化は起きないのかい?」
「起きませんね。どうせなら、私も女子になりたいのですが……。そうすれば、カカ‐ティンと、一緒に居られますから」
にっこりと笑うヴァルに、さらに、ため息を吐く。
ヴァルもヴァルで、カカ‐ティン一筋なのだ。
「どうして、こうなった……」
長は、一人、ため息を吐く。
──女戦士の一族に、女子以外を受け入れた時に、悲劇が訪れる。
そういう口伝が、長のみに伝わってきている。
女子以外。
長は、そこに引っかかっている。
未性子は? 大丈夫だろうか?
いやいや、女戦士の一族にとっての、女子以外は、男子だ。
ありえない。
心配が尽きない、長であった。
「渡すかよ!!」
長の叫びに、カカ‐ティンを護るように、女戦士の一族の陣が敷かれる。
「ヴァル! 隙を見て、カカ‐ティンを連れて逃げろ!!」
カカ‐ティンの傍らに立つ、ヴァルに、指示をする。
その日、フォン・ノエラに入ってすぐの辺境の領主の所で、休息に入った。
封術司としてのカカ‐ティンを知った領主は、カカ‐ティンを召喚した。
そして、晶琴“ユエ”を見て、その瞳が自分と同じ銀色であることを知り、自分の娘であることを知った。
封術司は、貴重である。
「囲い込め」
領主から命が下り、カカ‐ティンを手に入れるため、女戦士の一族に兵が送られた。
「領主さまの娘です。渡していただきましょう」
──お姉さまを、汚して、捨てた奴!!
長は、かつて抱いた怒りを忘れていなかった。
──こんな奴らに、大事な娘を渡してなるものか!!
「カカ‐ティン!」
振り上げられた刃から、女戦士の一族の戦士が、カカ‐ティンを庇い、切られた。
「……あ?」
頬に散る血の感触が、カカ‐ティンの理解を越える。
「カカ‐ティンっつ!! こちらへ!!」
ヴァルの手が、カカ‐ティンを掴み、包囲の外を目指す。
「ヴァル! でも──」
「渡さない! カカ‐ティンは、私のだ!!」
「ヴァル?」
「私から、カカ‐ティンを奪うなど、絶対許さない!!」
ヴァルの栗色の髪が、毛先から、闇色に染まっていく。
「ヴァルっつ!! こっちを見て!!」
カカ‐ティンが、ヴァルの顔を引き寄せる。
翠の瞳に、闇色が過っている。
「ヴァル、その色は、何?」
カカ‐ティンの腕を握る、ヴァルの指先が、闇色を抱く。
黒色ではない。
闇色なのだ。
「ヴァル……?」
怯えたまま、ヴァルに腕を引かれて、カカ‐ティンは逃げる。
次々と、周囲で斃れていく、女戦士たち。
ヴァルの身体が、みるみるうちに闇色に染まっていく。
──イヤだ……。どうして!?
銀色の瞳から、ぼろぼろと、涙が落ちる。
ギィン!
ひと際大きな、剣を弾く音と共に、領主の兵を倒して、長が追い付いてくる。
「カカ‐ティン、無事かい?」
真っ先に、今一番に護るべき、カカ‐ティンの安否を訊ねる。
「私は、大丈夫です。でも、……でも、ヴァルが──」
涙に染まったその言葉に、我が子に目をやる。
髪が、瞳が、身体が、……闇色に染まっていた。
「ヴァル、お前……男子に分化していたのか?」
呆然と確かめてくる長に、闇色を交えた翠の瞳が向けられる。
その瞳に浮かぶ、冷たい色に、長の内に戦慄が走る。
──女戦士の一族に、女子以外を受け入れた時に、悲劇が訪れる。
ぞっとする思いと共に、脳裏に蘇る、口伝。
「私から、カカ‐ティンを奪うのなら、お母さんだって、赦さない」
ヴァルの低い声に、長が言葉を失う。
その時、森の中、両側から、兵が押し寄せた。
一気に詰められて、場が、乱戦状態に陥る。
「いや……っつ!!」
カカ‐ティンが、複数の兵に捕まり、引き倒される。
どぉおおおんっつ!!
大きな闇の塊が、宙から落ちてきた。
次々と、カカ‐ティンの周囲に塊が落ち、闇色の壁が築かれていく。
闇に潰されていく、兵と……女戦士たち。
そこに響く、勝ち誇ったようなヴァルの嗤い声。
「カカ‐ティンは、私のものだ!」
「ヴァ……ル?」
圧し潰された人間の血を頭からかぶって、目の前で繰り広げられる虐殺を見つめるカカ‐ティン。
「いや……。やだ……!」
──見たくない! こんなの見たくないっつ!! 見たくないっつ!!
晶琴“ユエ”が、カカ‐ティンの叫びを拾う。
「カカ‐ティン……!!」
こちらに向かって、腕を指し伸ばした長の姿。
目の前で──
「い……イヤぁぁあああ────っつ!!」
カカ‐ティンの魂切る悲鳴と共に、晶琴“ユエ”が甲高い音を発し、真っ白な光を迸らせる。
光は、カカ‐ティンの身体を包み込む。
光が消えた時、そこに、カカ‐ティンの姿はなかった。
紅く染まった大地に、独り取り残されたヴァル。
「カカ‐ティン? どこ……?」
闇色に染まった全身から、立ち昇る俘の力。
「カカ‐ティ────ンっつ!!」
狂ったヴァルの叫びに、応える者は、居なかった。
ヒロインは、登場出来ましたが、……ヒーローは、次回、登場となります。