第十一の言 恋敵現る
「き……気持ち悪い──」
寝起きから、エリアが、込みあがってくる吐き気に身体を丸める。
「…………」
その横で、カティが頭を抱えて無言で丸まる。
二人の状態に、周囲が顔色を変える。
勧められるままに色々な酒を煽っていたエリアは、初めての飲酒からちゃんぽんで飲んでいたのだ。二日酔いにもなるだろう。
カティはカティで、飲んだのはアリエ酒だけだが、やはり進められるままに飲んでいたので、量が過ぎていたのだろう。同じく二日酔いだ。
「おい、エリアを知らないか? もう出発するんだが、まだ来てないんだ──」
護衛隊の隊長ファンが、商隊の出発にあたって、最前列を占めるようになっていたエリアを捜しにくる。
「た……隊長、申し訳ございません」
エリアが、よろよろと立ち上がる。
真っ青な顔色に、ファンの眉が寄る。
「……どうした?」
「なんか、気持ち悪くて──」
「……戦士として、体調管理は基本だぞ?」
咎めるようなファンの言葉に、エリアが項垂れながら謝る。
「申し訳ございません」
殊勝に謝るエリアの姿に、酒を勧めた隊士たちがファンに取り成しを始める。
「すみません、隊長。昨夜、俺らが飲ませ過ぎたんです」
「すみません。初めて飲んだのに、俺ら調子にのって、色々飲ませ過ぎました」
大きな身体を小さくして、謝ってくる姿に、さらにファンの眉間の皺が深くなる。
「……二日酔いか?」
「二日酔い?」
ファンに問われて、エリアが青い顔で、首を傾げる。
エリアの物言いに、ファンがブチ切れる。
「おまえらっつ!! 深酒したらどうなるかも分かってない子供に、過ぎるほど酒を飲ませたのかっつ!!」
怒髪天を衝くファンの姿に、エリアに酒を勧めた隊士たちが、ますます身体を小さくする。
「ぁヴヴ……」
ファンの怒鳴り声が響いたのか頭を抱えて呻くカティに、ファンが気付く。
「カティ?」
「……は……い」
目隠しで目元は見えないが、見えている所だけでも具合の悪いのが分かる顔色をしている。
「……おまえも飲まされたのか?」
「はい?」
疑問形で聞き返してくるカティは、ファンの問いを考える余裕も無さそうで。
「……おまえら──」
ぎぎ……と、ファンが小さくなる隊士たちを振り返る。
「すみません!! エリアが昨日の誕生日で成人したって知って、調子に乗りました!!」
「カティも、エリアと一緒の誕生日してたんで、一緒に飲ませました!!」
次々と下げられる頭に、端からファンの拳骨が振るわれる。
がん! ごん! がつ!! ……──
拳骨を喰らった隊士たちが、頭を抱えてうずくまっていく。
「二人の正式な成人は、今度の年始の成人の儀の時だ!!」
怒鳴られる隊士たちがますます小さくなり、その横で二人がさらに丸まった。
「ファン。エリアはどうした?」
遅いファンに、とうとうノルトまでが捜しにきた。
「ノルト。……ダメだ、使い物にならん」
ファンの言葉に、ノルトの眉もしかめられる。
ノルトの視線が、小さく並ぶ隊士たちと、その横で丸まる二人を見る。
「酒か?」
「ああ」
ノルトに問われて、不機嫌そうにファンが答える。
「……おまえら、子供にどれだけ飲ませた?」
極めて低いノルトの声に、並んでいた隊士たちの身体が強張る。
「エリア……半日時間をやる。体調を整えろ」
「はい。旦那さま……」
エリアが、力のない声で答える。
「ファン。酔い覚ましの薬湯をウルスラに出させろ」
薬師であるウルスラへの指示に、ファンが頷く。
「はい。……術司に回復させますか?」
「二日酔い程度で、そこまで甘やかすな」
「はい」
「出発するぞ。二人は、荷車の空いている所にでも押し込んでおけ」
「はい」
「カティ……飲んで」
エリアは、よろよろとしながらも、薬師の持ってきた二日酔いの薬湯を、まずカティに飲ませる。
「…………ぅ」
小さく呻くカティに、エリアの眉が寄る。
慌てて自分でも薬湯を口に含む。
「うわ……に、苦っつ!! ごめん、カティ! 俺が先に飲んでおくべきだった!」
「大丈夫。良薬は口に苦し……分かってるから」
カティが、残りの薬湯を一気にあおる。
「う゛う゛……」
呻くカティの背をエリアがさする。
そんなエリアの鼻先に、薬師が再度注いだ薬湯を差し出す。
「君も飲んで」
薬師が、にっこりと笑っていた。
「は……はい」
エリアも覚悟を決めて、一気にあおる。
「ぶ……う゛……」
飲んだ口を押えて、涙ぐむ。
「吐き出さないように。カティは、ちゃんと我慢しているよ?」
薬師の容赦ない言葉に、口を押えたまま、こくこくと頷く。
「ちゃんと飲んで体調戻さないと……。ノルトはそういう所容赦ないから、日当削られるよ?」
畳みかける薬師の言葉に、エリアはさらに涙ぐんで、こくこくと頷く。
「君……本当に偏ってるよ? 普通、飲んだことないものなら、もっとおそるおそる飲むものでしょう?」
「め……面目ないです。アリエ酒、美味しかったんで、つい……」
「カティの守護者を気取るなら、もっとしっかりしないと……」
容赦のない言葉に、エリアがうなだれる。
「カティ、ゆっくりお休み」
薬師が、そう言って、カティに膝枕をする。
「ウルスラさん……ありがとうございます」
カティが薬師の名前を呼びながら、大人しくその膝に納まる。
「カッ!? カティッツ!?」
エリアが、真っ青になって、カティの名を呼ぶ。
「エリア……うるさいよ? カティをちゃんと休ませないとダメでしょう?」
にっこり、薬師が微笑む。
その薬師の膝で、カティが静かに寝息をこぼし始める。
エリアは、二日酔いの気持ち悪さも吹っ飛んで、口をぱくぱくとその場に固まる。
「ふふ……。僕がいつもカティと一緒に馬車に乗ってたのに、気付いてなかったの?」
薬師にどこか人の悪い笑顔で言われて、エリアが本格的に固まる。
「大事な人なら、ちゃんと囲い込んでおきなよ?」
満足そうな笑みを浮かべて、膝上で眠るカティの頭をゆっくりと撫でる。
エリアは、言葉もなく固まったまま、それを見ていることしか出来ないでいた。
「カティは、本当に可愛いよね。なんでも素直に聞き入れて、人を疑うことを知らないようだ」
薬師は、カティを撫でながら、固まったままのエリアに目をやる。
「カティを護るの、大変?」
「大変? ……俺にとっては当たり前のことなんだけど?」
「そうだろうね。カティも、君が一緒に居るのが当然だと思っているみたいだね」
「俺たちは、ずっと一緒に居るんだ」
「そう出来たらいいね」
「そうする!」
むきになって叫ぶエリアに、しぃ、とうように薬師が、口の前で指を立てる。
眠っているカティを起こさぬように、エリアが口を閉じる。
「ふふ……。若いっていいねぇ」
「あなたも、そんな年齢には見えないんですが?」
薬師の年齢は、エリアが見る限り二十代前半にしか見えない。
「僕はこれでも、五十二歳だよ。フォン・ルーラの王族の血を引いてるからね」
あっけらかんと告げられて驚く。
「まぁ、傍系も傍系で、王族としての義務さえ放棄できる程薄い血なんだけどね」
にこにこと笑う薬師のその笑みが、ちょっと怖い。
「だから……ねぇ?」
分かっているよ? と言わぬばかりに、ひたりと視線を合わせられて、ぞくりとする。
──こいつ、……俺が、いやカティもか、王族の血を引いているのが分かってるのか?
「油断しない方がいいかもね? 僕、カティが、本当に可愛いと思っているから……」
悔しくて、唇を噛む。
悠々とカティを甘やかしている余裕が、自分にはないだけに、心底悔しい。