表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第十一の言 恋敵現る

「き……気持ち悪い──」

 寝起きから、エリアが、込みあがってくる吐き気に身体を丸める。

「…………」

 その横で、カティが頭を抱えて無言で丸まる。

 二人の状態に、周囲が顔色を変える。

 勧められるままに色々な酒を煽っていたエリアは、初めての飲酒からちゃんぽんで飲んでいたのだ。二日酔いにもなるだろう。

 カティはカティで、飲んだのはアリエ酒だけだが、やはり進められるままに飲んでいたので、量が過ぎていたのだろう。同じく二日酔いだ。

「おい、エリアを知らないか? もう出発するんだが、まだ来てないんだ──」

 護衛隊の隊長ファンが、商隊の出発にあたって、最前列を占めるようになっていたエリアを捜しにくる。

「た……隊長、申し訳ございません」

 エリアが、よろよろと立ち上がる。

 真っ青な顔色に、ファンの眉が寄る。

「……どうした?」

「なんか、気持ち悪くて──」

「……戦士として、体調管理は基本だぞ?」

 咎めるようなファンの言葉に、エリアが項垂れながら謝る。

「申し訳ございません」

 殊勝に謝るエリアの姿に、酒を勧めた隊士たちがファンに取り成しを始める。

「すみません、隊長。昨夜、俺らが飲ませ過ぎたんです」

「すみません。初めて飲んだのに、俺ら調子にのって、色々飲ませ過ぎました」

 大きな身体を小さくして、謝ってくる姿に、さらにファンの眉間の皺が深くなる。

「……二日酔いか?」

「二日酔い?」

 ファンに問われて、エリアが青い顔で、首を傾げる。

 エリアの物言いに、ファンがブチ切れる。

「おまえらっつ!! 深酒したらどうなるかも分かってない子供に、過ぎるほど酒を飲ませたのかっつ!!」

 怒髪天を衝くファンの姿に、エリアに酒を勧めた隊士たちが、ますます身体を小さくする。

「ぁヴヴ……」

 ファンの怒鳴り声が響いたのか頭を抱えて呻くカティに、ファンが気付く。

「カティ?」

「……は……い」

 目隠しで目元は見えないが、見えている所だけでも具合の悪いのが分かる顔色をしている。

「……おまえも飲まされたのか?」

「はい?」

 疑問形で聞き返してくるカティは、ファンの問いを考える余裕も無さそうで。

「……おまえら──」

 ぎぎ……と、ファンが小さくなる隊士たちを振り返る。

「すみません!! エリアが昨日の誕生日で成人したって知って、調子に乗りました!!」

「カティも、エリアと一緒の誕生日してたんで、一緒に飲ませました!!」

 次々と下げられる頭に、端からファンの拳骨が振るわれる。

 がん! ごん! がつ!! ……──

 拳骨を喰らった隊士たちが、頭を抱えてうずくまっていく。

「二人の正式な成人は、今度の年始の成人の儀の時だ!!」

 怒鳴られる隊士たちがますます小さくなり、その横で二人がさらに丸まった。

「ファン。エリアはどうした?」

 遅いファンに、とうとうノルトまでが捜しにきた。

「ノルト。……ダメだ、使い物にならん」

 ファンの言葉に、ノルトの眉もしかめられる。

 ノルトの視線が、小さく並ぶ隊士たちと、その横で丸まる二人を見る。

「酒か?」

「ああ」

 ノルトに問われて、不機嫌そうにファンが答える。

「……おまえら、子供にどれだけ飲ませた?」

 極めて低いノルトの声に、並んでいた隊士たちの身体が強張る。

「エリア……半日時間をやる。体調を整えろ」

「はい。旦那さま……」

 エリアが、力のない声で答える。

「ファン。酔い覚ましの薬湯をウルスラに出させろ」

 薬師であるウルスラへの指示に、ファンが頷く。

「はい。……術司(じゅつし)に回復させますか?」

「二日酔い程度で、そこまで甘やかすな」

「はい」

「出発するぞ。二人は、荷車の空いている所にでも押し込んでおけ」

「はい」




「カティ……飲んで」

 エリアは、よろよろとしながらも、薬師の持ってきた二日酔いの薬湯を、まずカティに飲ませる。

「…………ぅ」

 小さく呻くカティに、エリアの眉が寄る。

 慌てて自分でも薬湯を口に含む。

「うわ……に、苦っつ!! ごめん、カティ! 俺が先に飲んでおくべきだった!」

「大丈夫。良薬は口に苦し……分かってるから」

 カティが、残りの薬湯を一気にあおる。

「う゛う゛……」

 呻くカティの背をエリアがさする。

 そんなエリアの鼻先に、薬師が再度注いだ薬湯を差し出す。

「君も飲んで」

 薬師が、にっこりと笑っていた。

「は……はい」

 エリアも覚悟を決めて、一気にあおる。

「ぶ……う゛……」

 飲んだ口を押えて、涙ぐむ。

「吐き出さないように。カティは、ちゃんと我慢しているよ?」

 薬師の容赦ない言葉に、口を押えたまま、こくこくと頷く。

「ちゃんと飲んで体調戻さないと……。ノルトはそういう所容赦ないから、日当削られるよ?」

 畳みかける薬師の言葉に、エリアはさらに涙ぐんで、こくこくと頷く。

「君……本当に偏ってるよ? 普通、飲んだことないものなら、もっとおそるおそる飲むものでしょう?」

「め……面目ないです。アリエ酒、美味しかったんで、つい……」

「カティの守護者を気取るなら、もっとしっかりしないと……」

 容赦のない言葉に、エリアがうなだれる。

「カティ、ゆっくりお休み」

 薬師が、そう言って、カティに膝枕をする。

「ウルスラさん……ありがとうございます」

 カティが薬師の名前を呼びながら、大人しくその膝に納まる。

「カッ!? カティッツ!?」

 エリアが、真っ青になって、カティの名を呼ぶ。

「エリア……うるさいよ? カティをちゃんと休ませないとダメでしょう?」

 にっこり、薬師が微笑む。

 その薬師の膝で、カティが静かに寝息をこぼし始める。

 エリアは、二日酔いの気持ち悪さも吹っ飛んで、口をぱくぱくとその場に固まる。

「ふふ……。僕がいつもカティと一緒に馬車に乗ってたのに、気付いてなかったの?」

 薬師にどこか人の悪い笑顔で言われて、エリアが本格的に固まる。

「大事な人なら、ちゃんと囲い込んでおきなよ?」

 満足そうな笑みを浮かべて、膝上で眠るカティの頭をゆっくりと撫でる。

 エリアは、言葉もなく固まったまま、それを見ていることしか出来ないでいた。

「カティは、本当に可愛いよね。なんでも素直に聞き入れて、人を疑うことを知らないようだ」

 薬師は、カティを撫でながら、固まったままのエリアに目をやる。

「カティを護るの、大変?」

「大変? ……俺にとっては当たり前のことなんだけど?」

「そうだろうね。カティも、君が一緒に居るのが当然だと思っているみたいだね」

「俺たちは、ずっと一緒に居るんだ」

「そう出来たらいいね」

「そうする!」

 むきになって叫ぶエリアに、しぃ、とうように薬師が、口の前で指を立てる。

 眠っているカティを起こさぬように、エリアが口を閉じる。

「ふふ……。若いっていいねぇ」

「あなたも、そんな年齢には見えないんですが?」

 薬師の年齢は、エリアが見る限り二十代前半にしか見えない。

「僕はこれでも、五十二歳だよ。フォン・ルーラの王族の血を引いてるからね」

 あっけらかんと告げられて驚く。

「まぁ、傍系も傍系で、王族としての義務さえ放棄できる程薄い血なんだけどね」

 にこにこと笑う薬師のその笑みが、ちょっと怖い。

「だから……ねぇ?」

 分かっているよ? と言わぬばかりに、ひたりと視線を合わせられて、ぞくりとする。

──こいつ、……俺が、いやカティもか、王族の血を引いているのが分かってるのか?

「油断しない方がいいかもね? 僕、カティが、本当に可愛いと思っているから……」

 悔しくて、唇を噛む。

 悠々とカティを甘やかしている余裕が、自分にはないだけに、心底悔しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ