第九の言 カティがんばる
「食べて、食べて」
エリアに急かされて、カティが一生懸命に口に詰め込まれた食べ物を咀嚼する。
他の商隊の人間より一足早く、夕食をとっている。
夕食時、一通り皆が食べ始めたら、カティの出番が始まるので、それまでに倒れないようにと、エリアがカティに食べさせているのだ。
「今日は、深夜に用事があるんだから、いつもよりたくさん食べておいて!」
「ん。エリアも!」
「俺は、カティが歌っている間に食べるから大丈夫。食べて、食べて」
次々とカティの皿に肉を盛り、深皿にスープを注ぐ。
甲斐甲斐しく世話を焼くエリアと、大人しく世話を焼かれているカティの姿は、既にフォレル商隊の風物詩となりつつある。
周囲の野営の準備をしている人間たちから、生温かい視線が注がれるのだが、食べるのに必死な二人は、それにまったく気付かない。
「カティは、エル・マリカの出身なんだって? じゃあ『西の都の可憐姫』って、歌える?」
乞われて、カティが考え込む。
「長いヤツ? 短いヤツ?」
「え? そんなのあんの?」
「短いのは、妖姫と呼ばれるようになる前の歌。長いのは、妖姫と呼ばれていた呪いから英雄・黒騎士に助けられて、婚約者の執政官と共に未大陸に渡る歌」
「それどっちも面白そうだな。両方イケるか?」
「旦那さまからは、はずんでもらっているから、何曲でも大丈夫ですよ」
「じゃあ、どっちも!」
「それでは、短い方から──」
喉を整えて、竪琴を掻き鳴らす。
カティの声が歌う。
マリ・マリカの知事の娘。
大地に愛でられた琥珀色の肌、細く長い栗色の髪、翠の瞳。
愛くるしい声で、民の幸せを祈る少女。
あまりにも儚げなさまから、可憐姫と呼称される。
マリ・マリカの民に愛される、可愛い小さな姫君。
その少女の歌を、歌いあげる。
歌に、竪琴の奏でる音に、まるで目の前にその少女が居るかのように、錯覚する。
食べるのも忘れて、商隊の皆が聞き惚れる。
りぃ……ん────
そうして、歌が終わる。
「ああ、俺が知ってたのは、短い方だったのか。いや~、こんなに可愛らしい歌だったんだ」
「では、次は長い方を──」
マリ・マリカの知事の娘は、呪われた。
金色の瞳。琥珀色の肌に、けぶるような細く小さく渦巻く金色の髪。
婚約者の執政官は、変わり果てた娘のもたらす結果に苦悩する。
妖姫と呼ばれるようになった可憐姫は、執政官の手で迷宮に封じられる。
やがて、執政官の下で雇われた英雄・黒騎士は、執政官と共に、迷宮を辿り妖姫を攻略する。
妖姫となった可憐姫の呪いは重く、英雄・黒騎士は、苦戦する。
その時、現れた姫巫女が、黒騎士を手助けする。
二人の力によって、妖姫は無事に退けられ、可憐姫は、自らを取り戻す。
執政官と可憐姫は、二人への深い感謝を表し、見出された未大陸に一緒に渡る。
そうして、未大陸で興された国で、皆が幸せになった。
長い長い物語が紡がれる。
りりぃ……──
「そうして、皆が幸せになったとさ……。いかがでしょう?」
「そっか……可憐姫は、幸せになったのか」
感極まったように、男が呟く。
「可憐姫をご存知なのですか?」
「ああ。妖姫と呼ばれるようになる前、マリ・マリカで見かけたことがある。本当に、可憐姫の名に恥じない方だった。若かった頃の俺は、けっこうマジに憧れてたよ」
ぼそぼそと告げてくる男に、カティが微笑する。
「私の知っているのは、未大陸に渡って、幸せになったらしいということまでなんです。今は、未大陸との行き来が閉ざされたのでわかりませんが、黒騎士も姫巫女さまも、良き王と后となられたと聞き及んでいますから、きっと幸せにお過ごしでしょう」
「うん。ありがとう。いい歌を聞かせてもたったよ」
「どういたしまして」
笑うカティに、周りもほっこりとする。
「他にもリクエストを受け付けますよ。ありませんか?」
カティの言葉に、周囲から次々と声がかかる。
カティは、片っ端から歌い上げていく。
野営地は、何時になく沸いた。
皆が寝静まった頃に、エリアに連れられてカティが、野営地の外へと抜け出す。
気配を探りつつ、森の奥へと向かう。
程なくして、護衛隊の隊長ファンに護られたノルトを見つける。
「遅くなりました」
エリアに、ノルトが頷く。
「今日は、カティは大人気だったからね」
ノルトが、カティに目を向ける。
「大丈夫かい?」
「大丈夫です。晶琴を使うご依頼と聞いていますが?」
「そうなんだ。昼間の騒ぎで、エリアが、ある書面を入手してくれた。そこに書かれていた内容の真偽を計って欲しいんだが……。出来るだろうか?」
「音で表せる内容ですか?」
「ああ。文章だ」
「わかりました。用意します」
カティが背負っていた竪琴を下ろす。
「“ユエ”」
呼びながら触れると、竪琴が大きく身震いしたような音を奏でた。
みるみるうちに三日月を象った稀宝玉の姿が現れる。
下方の三日月の端に、小瓶に入れられていた清水を注ぐ。
弦の中を清水が昇っていく。
──りゅ、りゅん……。
「準備できました」
目隠しに隠されたカティの顔が、ノルトに向けられる。
「確認したいのは、三点」
ノルトの言葉に、カティが頷く。
「一点目。『フォレル商隊南ルートを預かっているノルト隊の妨害をしているのは、フォレル商会の二男、コルト‐フォレルか?』」
カティが、ノルトの言葉を繰り返す。
晶琴“ユエ”は、それに和さない。
「答えは、否です」
カティの答えに、ノルトが満足げな笑みを浮かべる。
「二点目。『このような偽情報を掴ませようとしたのは、アル・カルノの商売敵、オーノ商会か?』」
再度、ノルトの言葉を繰り返す。
“ユエ”の音が、言葉に和す。
「答えは、是です」
ノルトは、更に深い笑みを浮かべた。
「三点目。『ノルト隊は、フォン・ノエラに向かったとして、辿り着けるか?』」
カティは、首を傾げながら、ノルトの言葉を繰り返す。
だが、“ユエ”返ってきたのは、不協和音。
「旦那さま……。三点目は、真偽を問うものではなく、未来を問うものです。“ユエ”の力でも、未来は計れません」
やっぱり無理か。と、ノルトが笑う。
「三点目は、悪かった。試すようなことをした。確認したかったのは、二点だ。ファン、対処出来るか?」
ノルトに水を向けられたファンが、頷く。
「コルトさまには、伝書を飛ばします。恐らくあちらも同じような妨害を受けているでしょう。オーノ商会については、既に警戒済みです」
ファンの報告に、ノルトが頷く。
「カティ、ありがとう。方針が決められたよ、助かった」
カティに労いの言葉をかける。
「エリア、三〇〇マクは、隊から離れる時に渡すようにすればいいか?」
「はい。大金なので、なるだけ持つ時間は、短い方がいいです」
「わかった」
「あの──」
エリアが、躊躇いがちに口を開く。
「なんだい?」
「明日の朝食、カティに沢山割り振ってもらえないですか?」
何を言い出した? というような目を、ノルトとファンが、エリアに向けた。
途端に、カティの腹の音が盛大に鳴る。恥ずかしそうに、カティが俯く。
「すみません。晶琴を使うと、めちゃくちゃ力を使うんで、腹が空くんです。とりあえず、今夜は、夕食の時に取り分けていた分で凌いでおくので」
エリアが、よしよしとカティの頭を撫でる。
「わかった。お安い御用だ」
納得したような笑みで、ノルトが請け負う。
「ありがとうございます」