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 本日は近所付き合いと仕事付き合いを兼ねて町の人達と飲み会がある。

 嫉妬深い兄弟にはゴネられたが、何とか説得してこの会に参加したのだ。二人から条件付けられた“同性と同じ席になること”を守って私はちびりちびりと酒を呑んでいた。

 前の席に座るおばさま達は飲み会でテンションが上がっているのか、いつもより大きな声で大好きな噂話をしていた。


 「パン屋のケリーさんとこの娘さん、婚約もまだなのに妊娠してるそうよ」

 「まぁ! お腹が大きくなられたと思ってだけどそうなの?」

 「相手は例の男爵かしら」

 「いいえ、どうも違うらしいわよ」

 「あそこの娘さんって愛想はいいけど、誰にでも良い顔するから……見掛ける度に違う男性と歩いてるわよね」

 「ケリーさんも大変だわぁ」

 「ねぇ〜」

 「そうそう、行方不明になってる野菜売りのベルシーさん、商会に納めるお金を誤魔化していたそうよ」

 「じゃあ行方不明なのはもしかして……」

 「夜逃げじゃないかしら」

 「あそこの先代店主は気前の良い人だったけど今の店主はあまり評判良くないわよねぇ」

 「野菜は新鮮でとても良いんだけどねぇ……」


 おばさま達の口は閉じること無くコロコロと話題転換しながら忙しなく動いている。酒が進み、アッーハッハッと豪快に笑うおばさま達を尻目に私は二杯目のおかわりをした。


 「隣、いいかい?」


 二杯目の果実酒を味わっていると男性が声をかけてきた。

 若い男性だ。

 彼の顔に見覚えがないのできっと誰かの付き添いか代理で来たのだろう。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべているがその目は私を舐め回すように品定めしている。


 「すみません。空いてないので他へどうぞ」


 嘘だ。

 私の隣は空いている。

 誰がどう見てもわかる嘘に男性は面白いものを見たように笑った。その反応を見て選択肢を間違えたと直感した。


 「つれないな。もしかして彼氏いるの?」


 許可してないのに男性は隣に座ってきた。目の前のおばさま達は大いに盛り上がって此方の様子に気付いていない。助けは見込めないだろう。

 仕方ないと私は溜息を吐いた。


 「そうですよ。男性と話すだけで怒る怖ーい彼氏がいるのでさっさと何処か行ってください」

 「ふふ、そんなのバレなければ大丈夫さ。ね、この後予定ある? 二人で飲み直そうよ」


 グイッと男性が寄ってくる。困ったなと私が言葉を詰まらせていると馴染みのある匂いがふと香ってきた。


 「俺の女に手ェ出していい度胸だな」


 低い声と共に肩に手を置かれて引っ張られる。煙の匂いに混じって花の柔らかな匂いが私を包むと一気に脱力感が襲ってくる。

 無意識に強張っていたようだ。


 ああ、それよりも。


 目の前の男性の表情から察するに彼が睨みを効かせているのだろう。男性の笑みは消え、真っ青だ。


 そうだよねぇ、本気で怒ると恐ろしいものね。


 「…………ヴィクトル」


 私を抱き寄せる彼の名を呼べば更に身体は密着した。


 「俺達と約束したよな。男と同じ席にならないって、なのにあっさり破りやがって帰ったらお仕置きな」

 「私はちゃんと守ってたよ……この人が勝手に来たの」

 「うるせー」


 認識阻害を掛けているのか、酒が回っているせいなのか。私と男性以外、誰もヴィクトルの存在に気付かない。


 「本当ならこの男を殺してやりてぇのに我慢してんだ。俺を怒らせたらどうなるか、ちったぁ反省しろ」

 「ええ〜、理不尽」


 抗議の声をあげる私を無視してヴィクトルは男性へと視線を向けた。


 「オイ、お前」

 「ヒッ」


 殺気を含んだ魔力をあてられて男性は今にも死にそうだ。ヴィクトルは男性に向かってスッと横に指を滑らせた。


 「呪いを掛けた。少しでもコイツに邪な感情を持ったらお前の首が絞まる呪いだ」

 「な、なに言って……ア……アッ……!?」


 目に見えて呪いが掛かった証はない。しかし当人にはわかるのだろう。

 突然、自身の首元を押さえた男性は冷や汗を流しながら喘いでいる。ヒュッヒュッと聞こえる音は彼の喉からで上手く呼吸が出来ていないようだ。その様子を見てヴィクトルはにやりと笑った。


 「俺が掛けた呪いだ。並の魔術師に頼んでも解呪なんて出来ないからな。なーに、コイツに下心持たなければいいだけだ。簡単だろう?」


 ヴィクトルの言葉を聞く余裕もないのか男性はついに膝をついて蹲ってしまった。


 「ヴィクトル」


 流石に大勢の人が居る場所で殺してしまったらとヴィクトルの服を引っ張る。覗き込んできたヴィクトルは私の顎を掴んで顔を上に向けさせるとそのままキスしてきた。


 「……ん」


 触れるだけのそれはすぐに終わり、至近距離から見えるヴィクトルの瞳にはどろりとした執着の色が覗いていた。


 「もう用は果たしただろ」


 そう言ってヴィクトルがパチンッと指を鳴らすと景色は一瞬にしてウィシュタリア邸へと変わる。


 「今日は離してやんないから」


 ヴィクトルは真正面から抱き締めてきて、私の肩に額を押し付けてくる。そんな彼の頭をゆっくりと撫でて、私は小さく頷いた。



【終】


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