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 カラン、カランと音が鳴り、ベルが来客を知らせる。私は作業していた手を止め、お客さんを迎えるべく、立ち上がった。しかし、それよりも先に客の方が早かったようで、ふと影が落ちたと思ったら、すぐ真上から二人の男性の声が聞こえてきた。


 「お姉さん、今日も綺麗だね。どう? これから俺達とデートしない?」

 「リコ、今日の夕飯はオルガンの店にしようぜ」

 「……オーフェン、ヴィクトル」


 私は思わず半眼になる。目の前にいる男二人は兄弟であり、私の幼馴染なのだ。互いにいい歳した年齢だが、三人とも浮ついた話はない。それもこれもこの兄弟が毎日と言っていいほど私を口説いてくるからだ。

 オーフェン・ウィシュタリアは長兄であるにも関わらず早々に家督相続を放棄し、何を思ったか王家に使える影として数年過ごし、今度はあっさりとその職を辞めて暗殺組織に身を置いた変人である。

 弟であるヴィクトル・ウィシュタリアも兄と同じく。

 彼は常に兄と共に行動している故に、金魚の糞だとか本当は弱いのではなんて噂されていたが、ある時ついに本人の前で口走ってしまった愚か者が彼の手によって文字通りミンチになってしまったらしい。それを目撃した人達は今ではすっかり大人しくなり、兄弟の名を聞いたものは恐ろしくて震え上がっているそうだ。

 そして私はというと普通の一般人だが、色々とヤバい幼馴染兄弟から好意を寄せられている。何故かは知らん。聞いたら最後、二度と日常が送れない気がして聞けないでいる。


 私は溜息を吐いて店を出た。扉に掛けてあった【開店】の板をひっくり返して【閉店】にする。これで本当のお客さんが来て、彼等と鉢合わせるなんてことはないだろう。


 「律儀だよねーリコちゃん。別に客が来ても俺等は認識阻害の術掛けてるからバレないのに」


 そう言ってオーフェンが薄く笑う。


 「リコ、お前またベルシーんとこ行ったろ。俺、もう行くなって言ったよな?」

 「いや、だってあそこの野菜が一番安いし」

 「そんなの俺とにーちゃんが買ってくるからお前は家で待ってればいいの!」


 年甲斐もなく頬を膨らませたヴィクトルが私を力強く抱きしめてくる。ぽんぽんと肩を叩けば力は緩まるが離してはくれない。いつものことだ。


 「あ、二人だけでずるーい。お兄ちゃんも入れてー」


 私達を見ていたオーフェンが瞳を悪戯っぽくキラキラさせて抱きついてくる。兄弟に挟まれた私は苦しさに呻き声を上げたが二人が私を離すことはなかった。これもいつものことだ、諦めてるさ。


 「ところで、二人共私に用があったんじゃないの?」

 「無いけど?」

 「…………仕事は」

 「今日は休み〜」

 「リコを補充しにきた」


 私の首筋にヴィクトルが顔を埋めてぐりぐりしてくる。オーフェンを見ると相変わらず飄々としているが、その目の下にはやや隈が出来ていて、疲労の色が滲んでいた。


 「…………夕方まで家でゆっくりする?」

 「する」

 「リコちゃん抱き枕ね」

 「ちょっと」


 抗議の声を上げるが、二人の私を見る視線は穏やかなものだ。大切にされていると理解すると同時に私も彼等を大切にしたいと思う。……恋愛感情は別として。


 「どうせ寝るなら俺等の家で寝ようぜ」

 「そうだな。あっちなら三人で寝ても広いし」

 「リコ、夕方になったら起こして」

 「いいけど、あまり期待しないで。寝過ごしても怒らないでよ」

 「わかってる、わかってる」


 店の戸締りをして、二人と手を繋いで歩く。

 楽しそうに笑う二人を見て、私も笑みが溢れた。


◇◇◇


 三人で他愛の無い話をしながら歩いていると、丁度、ベルシーの営む店が見えた。店先にあるのは色艶の良い野菜達。彼の店は八百屋だ。

 安いし物も良いのでよく利用するが、店主が男性ということもあり兄弟達に止められているのだ。まぁ、それでも生活が苦しくなった時は買いに行くが。

 私の存在に気付いたベルシーが「よう」と元気よく声を掛けてきた。


 「リコ! 今日はもう店仕舞いか?」

 「ええ。ベルシーさん、こんにちは。これから幼馴染とゆっくりしようかと思って」


 そこで初めて私の両隣の存在に気付いた彼が驚いたように目を見開いた。きっと、彼等の掛けた認識阻害で気付いていなかったのだろう。


 「ほう、幼馴染か! もしかしてこれか?」


 そう言ってベルシーは親父顔負けな下品な真似して私の男か訊いてくる。


 「そんなんじゃありませんよ」


 青筋を立てつつ、良い大人なのだからとにっこりと返せば、ベルシーは、にやーっと笑った。


 「へぇー、じゃあ俺がリコの彼氏に立候補しようかなーなん……って……」


 徐々に尻窄みになった言葉にどうしたのだと首を傾げる。ベルシーは瞳を左右にキョロキョロとさせていたかと思うと顔を真っ青にさせて首を横に振った。


 「冗談! 冗談! ほら、急ぐんだろ! もう行きな!」

 「……? ええ、さよなら」


 別に急いではいないのだが、ここで時間を割く理由もないのであっさりと別れを告げる。過ぎ去っていく私達の背を見ながら、ベルシーが「おっかねぇ……殺されるかと思った……」なんて冷や汗をかいていたなんて私は知る由もなかった。

 

 彼等の住む家は町の中心から離れた所にある。森の中にある大きな屋敷だ。目隠しの術、人避けの術、悪意ある者に対して発動する罠等々、彼等の許しがなければ決して辿り着くことが出来ない場所である。

 私以外の人がこの大きな屋敷に入っていくところを見たことないので、きっとこの兄弟には私以外の友人がいないんだと常々思っている。

 そんなことを本人達に言えば、頬を抓られてグチグチと嫌味を言われるのが目に見えているので口にしないが。


 大きな扉を開けて屋敷へ入る。

 勝手知ったるウィシュタリア家だ。私はさっさと寝室に行ってベッドへと座った。続いて私の隣に上着を脱いだオーフェンが勢い良く座る。

 勢い良すぎて私の身体が跳ねた。


 「リコー。何飲む?」

 「何でもいいよ」

 「ん。わかった」

 「ヴィクトル、おやつもおねがぁい」

 「はいはい」


 同じく上着を脱いだヴィクトルが慣れた様子で指を鳴らした。すると、ティーカップやポットが空に浮き、踊るように飛びながら紅茶を注いでいく。

 そして何もない空間から可愛らしい箱が出てきた。それはふよふよと浮かび、私の元へとやってくる。

 受け止める為に手を差し出すと、箱はピッタリと私の手に吸い付いて浮くのをやめた。


 「おっ……と」


 急にくる重さに驚いて、落とさないように慌ててしっかり抱き込む。可愛らしい箱にはお菓子の絵が描いてあってとても美味しそうだった。


 「この間、仕事の用で隣国行ったからそのお土産」


 一緒にお菓子の箱を覗き込んでいたオーフェンが教えてくれる。


 「俺もにーちゃんも食べたけど、美味しかったからリコにもあげようって話してたんだ」


 お茶の用意が出来たヴィクトルが机を浮かせて近くに寄せる。そこにティーカップを並べて、ベッドに座った。


 「私にもくれるの? ありがとう」

 「当たり前だろ」

 「そーそー。美味しいものは三人で共有しなくちゃなー」


 ヴィクトルに促されて箱を開けると丸いパンのようなスポンジにクリームの挟まれたお菓子が出てくる。甘い匂いに堪らず一口齧ると、クリームの仄かな甘みとスポンジの塩味が絶妙にマッチして美味しかった。


 「俺も食べよ」

 「ベッドに溢すなよー」

 「後で洗えば良いだろ」


 両方から手が伸びてきてお菓子を一つずつ攫っていく。暫く、三人でお菓子と紅茶を楽しんだ後、オーフェンが「寝るか」と横になった。


 「食べてすぐ寝たら太るよ?」

 「リコちゃんとは違って俺等よく動くから問題ねぇの」

 「む……」


 心配して言えば失礼なことを返された。思わず眉を寄せてオーフェンを睨んでいると、私の前に回り込んだヴィクトルが私の身体を掬い上げてベッドの中央へと放り投げた。

 ばふんっと音を立ててベッドが揺れる。


 「ちょっと! 優しくしてよね!」

 「ああ? 充分優しいだろうが」


 ヴィクトルに文句を言えば彼はブツブツ言いながら、オーフェンと私を跨いで反対側へと寝転んだ。

 三人分の重さが加わってベッドは沈む。柔らかな毛布を掛けて寝る準備が整うと、欠伸をしながらオーフェンが私のお腹に手を置いてきた。反対側では毛布の下でヴィクトルが私の手を握ってくる。程よい重さと温もりに次第に瞼が閉じてくる。

 あともう少しで意識が落ちる……というところで、コツコツと窓ガラスに何かが当たった音がして意識が浮上した。

 なんだろうと眠たい瞼を押し上げるが、私の気配を察した兄弟がそれぞれに私を宥めて身体を寄せてくる。


 「リコ……眠っとけ」

 「だいじょーぶ。怖いものは俺とヴィクトルで全部潰すから」


 その言葉は本当だ。文字通り、害のあるものは彼等の手によって消される。それを知っているからこそ、安心して私は眠ることが出来る。


 「ん……おやすみ……オーフェ……ヴィク……ト……」


 最後まで言えなかった私は再び意識が落ちていく。

 おやすみという二人の声を聞きながら、私は今度こそ眠りについた。


◇◇◇


 リコの意識が完全に落ちたのを確認したオーフェンはヴィクトルと目配せする。二人は彼女に口付けを送り、起こさないようにベッドから抜け出した。

 上着を羽織り、リコの周りに多重結界を掛けると屋敷から出た。


 「ったく、せっかく休みが取れてリコと過ごせるって思ってたのによぉー」

 「まぁまぁ、ヴィクトル。さっさと終わらせればいい話だろ」

 「チッ」


 玄関前に並んだ二人の前に銀色の何かが飛び込んでくる。それを難なく受け止めたヴィクトルは更に不機嫌になった。


 「しょぼい魔封じのナイフで殺せる訳ないだろ。俺等のこと馬鹿にしてんのか」

 「人避けも罠も突破するからどんな奴かと思ったが……」


 オーフェンが指を鳴らすと彼等の斜め前方から突如として紫の炎が上がり、男の悲鳴が響き渡った。


 「おー燃えろ燃えろ」

 「王家の連中も諦めねぇよな」

 「そりゃあ、一度入れば死ぬまでこき使われる王家の影なのに、俺等あっさりと抜けたからな。恥は消したいんだろ」

 「ハッ! 何が王家の影だ。弱ぇ連中ばかりで相手にもなりゃしねぇ」

 「同感……けどまぁ、今回は随分と攻撃の意思がない。恐らく屋敷に着くまでの正規ルートの確認が目当てだったんだろうな」

 「最後の最後で敵感知の罠に引っ掛かって小石が飛んできたけど……そのまま逃げれば良かったものを」

 「ここで帰れば上に消されると思ったんだろ。これだから嫌だねぇ大きい組織は……後で罠の発動位置変えねぇと」


 男の悲鳴を聞きながらのんびりと兄弟は喋る。ふとヴィクトルが苛立たしそうに顔を歪めた。


 「あのベルシーって野郎も彼奴等みたいに殺せればいいのに」

 「ヴィクトル」

 「わーってるよ」


 オーフェンが窘めるとヴィクトルは後頭部に手を遣り顔を背けた。


 「一般人には手を出さない。それが俺達の規則だ……が、罪を犯せば話は別」

 「!」


 兄の言わんとすることを察したヴィクトルは笑みを深めた。


 「にーちゃん天才かよ」

 「だろぉ?」


 いつの間にか男の悲鳴は止んでいた。

 骨も残らず灰になったことを確認して、オーフェンとヴィクトルは屋敷へと戻っていく。


 「俺達のリコに手ぇ出そうとしたんだ。相応の罰は受けてもらわなきゃな」

 「彼奴、誰彼構わず愛想振りまくから……そこがいいとこなんだけど」

 「そろそろ俺達も限界だし、お仕置きでもすっか」

 「なぁ、やっぱり帰さずここに監禁しておこうぜ」

 「そうだなぁー……」


 そんなことを話しながら屋敷へと姿を消し、重い扉は音を立てて閉められる。

 すやすやと眠るリコの唇に再び口付けを落として、オーフェンとヴィクトルは眠りについた。


【終】

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