7 急行エメラルド
7 急行エメラルド
1995年夏、私は福井県の小浜駅に降り立っていた。今では電化されて普通列車のみが走っている小浜線だが、当時の私は祖母との約束を果たすべくこのリアス式海岸が広がる町に来ていた。
1978年夏、6歳だった私は仕事ばかりだった父母によって名古屋の祖父母の家に預けられていた。母親は毎日電話をくれるが、大人しくしているか?宿題は進んでいるか?ばかりで電話すら楽しくない。ある時祖母が、
「どっこも連れてってもらえへんからおもろないやろ?おじいちゃんがお墓参りに行くからみんなで行こか?」
と誘ってくれた。どこへ行くのか聞くと、
「小浜や。福井の若狭にあってな、田舎やけどええ町や。美味しいもんを食べさせるとこがあるさかい、みんなで行こな。」
と答えてくれた。さっぱり場所は分からなかったが、国鉄で行くというので鉄道好きの私は心が躍った記憶がある。
当日、朝早くから名古屋駅までバスで行き、ホームに上がるとそこにはくたびれたベージュと朱色のディーゼル車が待っていた。運転席の上には赤文字で二文字、何か書いてあった。祖父に聞くと、急行や、と教えてくれた。切符を見たが、小1の私にはエメラルドというカタカナしか読めなかった。その列車はその後何事もなく小浜に着き、駅の近くの食堂に3人で入った。
「ここのアジフライが最高やねん!!」
と祖父は言ってアジフライ定食を3つ頼んだ。初老の店主が「はいよ〜」
と間延びした返事を寄越した。私的にはハンバーグとかが良かった。しかし大蔵省には逆らえず黙っていたが、その味はすごく美味だった。あまりにバクバク食べるので祖母が、大丈夫か?と聞くほどだった。その後の墓参りは全く覚えてないほどアジフライのインパクトが強かった。
それから17年たった春、祖父はすでに鬼籍に入っていた。ある時仕事をしていた私に家族から電話が入った。病気がちだった祖母がいよいよ危ないとの連絡だった。会社を早退し、病院に駆けつけた私に祖母はニッコリしながら、
「またアジフライ食べたいなあ」
と一言呟いた。
「ほな早く治らなアカンで。」
と私が言うと、
「あの時、お前は美味そうにアジフライをバクバク食べおってな…」
私はとまらない涙を拭おうともせずに
「約束や、治ったら2人で小浜まで行くんやで」
と祖母と約束をした。その後数日で祖母は病気で苦しむ必要のない国へ旅立って行った。
その年、1995年の夏、暑い中私は名古屋から臨時の急行「エメラルド」に乗った。昼飯には少し早く着いたが、ブラブラしながら食堂に着いた。中に入ると昔の店主より少し若い男性が料理を作っていた。客はまだ全然いなかったが、その人の奥さんらしき方がエプロン姿で
「カウンター席でいいですか?」
と聞いてきたので、私は
「テーブル席はダメですか?」
と聞くとニッコリ笑顔で
「大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
と案内してくれた。メニューを受け取った私はアジフライ定食がないことに気付いた。
「あの、アジフライ定食はないですか?」
遠慮がちに聞く私に奥さんらしき方は、
「もうやめちゃったんですよ。昔はあったんですけどね。お客さんは以前ウチに来てくれたんですか?」
と聞き返してきた。
「祖父母が好きで、昔食べたのが忘れられなくて。先日祖母が亡くなって、亡くなる前に2人で小浜へ行ってアジフライを食べようと約束してたんです。せっかく名古屋から来たけど無いなら仕方ないですね」
と私が答えてメニューとにらめっこし始めた。すると奥から店主が
「おう!アジフライ定食一丁!!」
と大声を出した。え!?と言う奥さんに店主は、
「オヤジのアジフライが思い出って最高の思い出じゃねぇか。それを注文されて出さねぇって答えは野暮だろう。今朝兄貴からもらったいいアジがあったろ。持ってきてくれや!」
またも奥さんはニッコリ笑って
「そうだね、お客さんちょっと待ってくださいね」
といい奥へ入っていった。10分ほどでアジフライが来た。祖母の遺影を前に食べた。17年前の味がした。その味は少しずつ塩味が混じってきたが、間違いなく思い出の味だった。愛嬌のある笑顔で、また必ず来てほしい、と言う店主夫婦の顔を頭に焼き付けつつ時間をつぶし、夕方名古屋行きの「エメラルド」に乗った。カバンの中の祖母の遺影とともに小浜の町に別れを告げた。私と祖母との別れを象徴するかのように、この年以降、急行「エメラルド」が設定されることはなくなった。
臨時急行エメラルド
設定時 名古屋⇔東舞鶴、福知山
廃止時 名古屋⇔東舞鶴
廃止時停車駅
名古屋、尾張一宮、岐阜、大垣、米原、長浜、敦賀、粟野、美浜、三方、十村、大鳥羽、上中、小浜、若狭本郷、若狭和田、若狭高浜、東舞鶴
少し間が空きましたが、第7回を書きました。いつもとテイストが違うものに挑戦しましたがいかがでしたか?また今後も色々な試みをしていきたいと思っています。読んでいただいた方、ありがとうございました!