九話 魔物の軍勢
なにも馬鹿正直に敵が来るのを待つ必要はない。ラーゼスは【鉄血】で自身の鎧を空中に浮かせると鳥人間達の方へと向かう。
ラーゼスが空を飛べることが予想外の出来事だったのか、それを見た鳥人間達は慌てて踵を返して逃げようとする。
[逃がすかよ、ニワトリ野郎!]
ラーゼスは【鉄血】で空中を自由自在に動き回れるほど慣れていないので、そこまで速く飛行することはできない。そこで、ラーゼスは黒死鉄で空中に足場を出現させると体と地面が平行になるように足場の位置を調整する。限界まで足に魔力を集中して力を解放した瞬間、パンっと大きな音が鳴り、鳥人間達との距離はゼロになっていた。
ラーゼスは鳥人間達を追い越しながら剣を一閃すると四体の鳥人間達の胴体は同時に真っ二つになった。闇属性のオーラで剣の刃先を延長して、まとめて鳥人間達を切断したのである。現れた黒の炎四つがラーゼスに吸収され、己の魔力量が大きく増大するのをラーゼスは感じる。
ひとまず、これで魔物を呼ばれる心配はなくなった。ラーゼスが下を見るとおびただしい数の魔物がラーゼスを凝視しており、その眼には殺意がありありと現れていた。ラーゼスは剣を振って、黒刃をインフェルノマミー目掛けて放つが、ヘルスケルトンナイトが盾を構えてこれを阻止した。盾に衝突した黒刃は霧散して一文字の傷跡を残す。
[ちっ、一丁前に騎士の真似事をしやがって……。流石に黒死鉄は切り裂けないか]
ラーゼスは舌打ちしながら悪態を吐く。遠距離からちまちま攻撃してるだけではこの軍勢は倒せそうにない。ラーゼスはそう判断して、最初から考えていた肉弾戦をすることに決める。ラーゼスは最初にいた土の壁の前に陣取るとヘルスケルトンナイトが盾を構えて大挙して押し寄せてきた。ラーゼスはあらかじめ準備した落とし穴を発動させて、ヘルスケルトンナイトの部隊を叩き落とす。
後列のヘルスケルトンナイトやミノタウルスオーガは落とし穴に落ちた魔物達を踏み台にして向かってくるが、当然バランスを崩している。その瞬間をラーゼスは見逃さず、素早く接敵してミノタウルスオーガの首を剣で切り落とし、ヘルスケルトンナイトの両足を切断する。両足を切断され転倒したヘルスケルトンナイトの鎧の中に黒死鉄の球を投げ込んで棘を炸裂させるとヘルスケルトンナイトは絶命した。
その場に残った黒死鉄の剣と防具をすぐさま【鉄血】で自分の物にして右に回り込んできたインフェルノマミーに黒死鉄の棘をお見舞いする。間一髪で左から振り下ろされたヘルスケルトンナイトの剣を避けて、その腕を剣で切り飛ばす。落ちた黒死鉄の剣を【鉄血】で操作して目の前のミノタウルスオーガを迎撃する。
息をつく暇もない攻防が続くが、ラーゼスは魔物が落とす黒死鉄の武器と防具を取り込み、時には壁を張って攻撃を防いだり、時には剣を操作して攻撃したりと徐々に【鉄血】を使用した戦法を確立していった。自身は果敢に切り込みに行きながらも、【鉄血】で黒死鉄を常に展開しておいて状況に応じて防御と追撃を同時に行うことができる。この戦法はまさに攻防一体であった。
いかに【鉄血】が優秀でもラーゼスが四方八方からくる攻撃を捌き続けていられることを疑問に思うだろう。三百六十度の視野があれば多方向からくる攻撃に反応できるが、ラーゼスの視野は一般人のそれだ。常識的に考えて、正面の敵を相手にしていたら視野外からくる攻撃に対処できず、袋叩きにされることだろう。それが起きていない最大の要因として、ラーゼスは新たに開発した魔法【鉄血の霧】で、三百六十度全方位の敵の動きを把握しているのだ。
基本的に土魔法で操作している土や金属はラーゼスと感覚を共有している。これはラーゼスが例外ではなく、一般的な術者も同じである。この現象を利用したのが【鉄血の霧】である。周囲に黒死鉄の粉末を散布することで、地形やモノの表面に粉末が触れることで、それら形状や動きをリアルタイムで把握することができるのである。これによってラーゼスは通常の視界とは別に、自身を俯瞰しているような視界も同時に得られた。
そして、前世でラーゼスはこのような状況を幾度も経験している。自身を俯瞰しつつ多方向からくる敵を倒すような状況……そう、アクションゲームだ。なので、前世の経験もあってラーゼスは何とか魔物の軍勢を捌けていた。とは言え、これは現実。一度でも攻撃を受けると死につながるデスゲームである。一瞬たりとも気は抜ける状況ではなく、ラーゼスは精神をすり減らしながら戦っていた。
斬っても、斬っても怒涛に押し寄せてくる魔物をラーゼスは百体程屠った。最初の方は鎧と盾が煩わしかったヘルスケルトンナイトであるが、今では自身が振るう剣でならば鎧と盾を切り裂くことができるようになっていた。
理由は二つ。多くの魂を吸収したことでラーゼスの魔力が爆発的に増えて、錬気による身体強化が増大したこと。そして、剣に【属性付与】している闇属性のオーラを大量につぎ込み、極限まで圧縮することで刀のように研ぎ澄まされたオーラ形状にすることができた。これらによって、飛躍的に切れ味が向上したのだ。
正面のインフェルノマミーが目にも止まらない正拳突きを繰り出してきたので、ラーゼスは上半身を捻って躱す。捻りの反動を利用して剣を振り抜き、インフェルノマミーを両断した。そこから一歩下がった瞬間、左右から轟音とともにミノタウルスオーガの両手斧が同時に振り下ろされていた。そんな大振りの攻撃は隙でしかなく、ラーゼスは【鉄血】で黒死鉄の剣を操作して、ミノタウルスオーガの顔面に突き刺す。
相手の攻撃を最小の動作で躱し、最小の動きで相手を屠る。ラーゼスの洗練された動きから成る流れるような殺戮はどこか美しさがあり、まるでダンスのステップを踏んでるようであった。しかし、唐突にその舞踏は終わった。
突如、背後の壁が爆散して両手に巨大なランスを手にしたケンタウルスバーバリアンが突進してきたのだ。
[なっ!?]
突然の出来事であったため、ラーゼスの対応が一瞬遅れる。それが仇となり、ミノタウルスオーガの両手斧による剛撃を左腕で受ける羽目になった。
(背後を取られるのはやばい!)
[はあああぁぁぁ!!!!]
ラーゼスは裂帛の雄叫びを上げながら、ケンタウルスバーバリアンの両前足を一太刀のもと切り伏せてそのまま全速力でその場を離脱する。
魔物の軍勢から距離を取ったのでひとまず現状確認をラーゼスは行う。左腕を見ると腕の装甲はひしゃげ、あらぬ方向に曲がっていた。鎧がなかったら腕を切り落とされていただろう。一応動かせるが左腕はもう使い物にならない。【鉄血】で腕の装甲を戻して無理やり腕の方向を正す。
(地獄に来てから初めて負傷したが本当に痛みはないんだな)
もし、痛みがあったらラーゼスはあの場でうずくまり命を失っていたに違いない。このような命のやり取りを行っているにも関わらず、ラーゼスは今まで恐怖を微塵も感じていなかった。この恐怖心の抑制も【暗黒騎士】の恩恵なのかもしれない。
さて、結構の数の魔物をラーゼスは屠ったがまだまだ魔物の軍勢は健在である。ここで逃げても恐らく、ラーゼスを殺すまでは全ての魔物は追いすがって一生襲ってくるだろう。それに、ラーゼスはできれば魔物を倒してほしいとアンリに言われていた。
以上の理由からラーゼスには逃げるという選択肢はありえないので、ここで戦い続けるしか選択はなさそうである。
ラーゼスが壁を背にして戦っていたのは単純に背後を取られないためだ。先ほどの失態は壁を破壊された点にあるので、それさえ無ければ、アクシデントなく魔物の軍勢を狩りつくせた可能性が高い。ならば、もっと強度のある分厚い黒死鉄の壁を作ればいいのだが、どうしてか、壁を無くして自身をさらに追い込んでみたいという欲求にラーゼスは駆られる。例えると、筋トレでさらに負荷をかけて筋肉をもっと成長させたいという欲求に似ているかもしれない。
別に壁が無くても【鉄血の霧】があるので戦えるだろうとラーゼスは考えていた。ところで、今回の戦いが始まる前にラーゼスは魔力が増えれば錬気の身体強化も青天井に増加するものだと思っていた。しかし、そんな上手い話はなく身体強化にも限界があった。
身体に大量の魔力を流そうとしても一定以上の魔力は肉体から漏れてしまい、それ以上の身体強化が行われないのだ。身体能力を限界まで強化した状態でさっきまで針に糸を通すようなギリギリの戦いをしていたのだ。これで壁がなくなったら、一体どうなることやら。どのように戦うかラーゼスが決めあぐねていると地面を踏み砕く足音が聞こえ、眼前には魔物の軍勢が迫ってきていた。
[まぁ、大丈夫だろう。これまで以上に集中して戦えばいいだけだ]
壁無しで戦うことをラーゼスは決断する。ラーゼスは開き直ることにした。先ほどは一応背後に壁があったから背水の陣であったが、今度は四面楚歌である。状況としては明らかに悪くなっているが、ラーゼスは何が面白いのか不敵に笑う。
[【鉄血の霧】起動]
黒死鉄の粉末を周囲に散布して、ラーゼスは膝をかがめたいわゆる居合斬りの姿勢に入る。
(戦いが始まる前は『早く来いよ、蹂躙してやる』ってイキってたなぁ。今思い返すとすごい恥ずかしいな。強い言葉を使うと弱く見えるぞって、誰かが言ってたな……。以後、気をつけよう)
そんなことを考えられる余裕がある程、ラーゼスはリラックスしていた。そして、敵が間合いに入った瞬間ラーゼスは剣を振り抜くのであった。こうして二回戦目が幕を開けたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後の一体に止めを刺して、ラーゼスはその場に崩れ落ちた。マントはボロボロになり、鎧の至る所に切り傷や凹みがあった。剣を地面に突き刺し、何とか上半身を支える。どのくらい戦っていたのだろうか。少なくとも三日以上は戦っていたかもしれない。流石にラーゼスも疲労困憊である。
地獄では食事も睡眠も不要だが、肉体は疲労するのだ。錬気の副次効果として疲労は軽減され、疲労の回復も早まる効果がある。そうでもなければ、一日中戦い続けるなど不可能である。ラーゼスは今回の戦いで五百体以上の魔物の魂を吸収したので途方もない魔力量を抱えている。なので、常に錬気を最大強度で発動していても全く問題ないレベルになっている。幸い、今回の戦いで左腕以外の負傷は無かった。結局、ミノタウルスオーガ以外の魔物は、ラーゼスの鎧の上から有効打を与える術がなかったのだ。ミノタウルスオーガは巨大な両手斧を六本の手で振るっていたため、凄まじい破壊力があった。基本的にミノタウルスオーガさえ気をつけておけば、余計なダメージを受けることは無かったのである。
[この腕治せるよな……?]
腕が折れてしまったのは事実なのでなんとかするしかないだろう。今は疲労で頭も体もラーゼスは動かせる状況ではないので、腕については後回しである。
少し休んで多少は動けるようになったので、ラーゼスは戦利品を回収し始める。眼前には踏み荒らされた荒れ地が広がっていて黒い粉末が辺り一面にぶちまけられていた。ヘルスケルトンナイトの骨粉末である。鎧や武器も散乱していた。ほとんどが黒死鉄の鎧や武器や、暗黒弾性体であったり、インフェルノマミーの包帯であったが、中には初めて見るものもあった。
ケンタウルスバーバリアンの鎧と槍である。それら武具は紫色の靄がかかっており、時折紫電がパチッと音を鳴らして弾けていた。明らかに黒死鉄ではない材質にラーゼスの気持ちが高揚する。ケンタウルスバーバリアンは壁を破壊してラーゼスを危機的状況に陥れた憎き魔物である。しかし、今はこうして有用な戦利品を残してくれているので、昔のことは水に流そうとラーゼスは思うのであった。結果良ければすべて良しである。
あらかた戦利品を回収したので、アンリの元に向かう。大量に配置した煉獄の炎をどけて、アンリを保護していたドーム状の黒死鉄をラーゼスが解除する。
[よう、待たせたな。魔物は全て倒したぞ]
[えと、ラーゼス……ですよね?]
[そうだ、俺はラーゼスだ。そういえば、鎧姿みるの初めてだったか]
そう言ってラーゼスは兜を外した。
[それもあるのですが、本当に見違えました。魔力の量が以前と段違いです。それほどまでの激戦だったのでしょう。本当によく戦い抜きました]
[まぁ、それなりの戦いではあったけど、そこまで言われる程でもないよ]
アンリの労いの言葉が照れくさくて、ラーゼスは満更でもない態度をとる。
[それで、つもる話はひとまず置いといて。アンリ、俺の左腕を治すことはできるか?]
ラーゼスは目下の懸念事項である腕の治療について単刀直入に聞いた。
この作品・続きにご興味をお持ち頂けましたら、ブックマークと下の☆☆☆☆☆をクリックして頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。