八話 ニワトリ野郎てめぇだけは許さねぇ
ラーゼスは直感に従って、跳ねるようにして横に飛ぶ。刹那、ラーゼスがさっきまでいた場所に不可視の刃が地面を切り裂いた。ラーゼスは最大まで錬気を上げ、すぐさま臨戦態勢に入る。
[【鉄血】起動]
黒死鉄の球体を展開させつつラーゼスが頭上を見上げると、鳥人間のような魔物が八体ほどいた。体は人間のそれだが明らかに人間とは異なる部位があった。頭部は鷲の頭をそのままくっつけたような見た目をしており、背中からは巨大な翼が生えていた。両足は鳥のようなかぎ爪をしており、人間の胴体を鷲づかみできそうである。鳥人間が両手を交差するように振ると、またもや不可視の真空の刃が飛来してきた。
[くそが…]
先ほどまでラーゼスは完全に油断していた。どうして、魔物が地上だけにいようか? 普通に考えて空を飛べる魔物がいてもおかしくないだろう。ラーゼスは真空の刃を避けつつ、大声でアンリに呼びかける。
[アンリ、起きろぉぉ!! 敵襲だ!!]
けれどもアンリは煉獄の炎の中で手を組んだまま、うんともすんとも言わない。
(どんな、神経してやがる)
この非常事態でアンリが起きないことに、ラーゼスは大きな苛立ちを感じる。ラーゼスは真空の刃を搔い潜り、アンリがいる場所まで走る。
[【浸色領土】]
目の前に漆黒の壁を生成して、その手前に黒死鉄の壁をさらに生成する。そして、アンリを揺さぶりながら、ラーゼスは必死に呼びかける。
[おい、アンリ起きろ! 敵に囲まれた! やばいから早く起きるんだ!]
どれだけ揺さぶってもアンリは気持ちよさそうに寝息を立てるのみだった。漆黒の壁に真空の刃が当たってガリガリ削られていく。ラーゼスには土魔法を通してそのことが手に取るように分かり、じりじりと焦燥感に駆られる。ラーゼスはより一層強くアンリに呼びかけた。
[アンリ!! 起きろ!!]
今回二度目の悪寒がラーゼスの背筋に走る。ラーゼスはアンリを抱きかかえてその場を離れると、真空の刃がその場を切り刻んだ。壁の真上に移動した鳥人間が攻撃してきたのだ。
(何をやっているんだ、俺! 今は戦闘中だぞ)
ラーゼスは心を落ち着かせるように、大きく深呼吸をする。
[黒死鉄よ、広がれ]
黒死鉄を布のように薄く頭上に展開する。ラーゼスはアンリを地面に横たえさせると、その場所をできる限り厚く黒死鉄でドーム状に覆った。アンリは魔物に襲われないと言っていたが、先ほどはアンリがいた場所に真空の刃が飛来してきた。ラーゼス目掛けて攻撃したと思われるがアンリの言っていたことを鵜吞みにするのは危険すぎるため、ラーゼスは黒死鉄で守ることにした。それに、先の状況を見るにアンリが起きる可能性は低く、起きたとしても足手まといにしかならないのでこれが最適解だとラーゼスは思うのであった。
なんとか、アンリの安全を確保できてラーゼスにふと疑問が湧く。
(どうしてここまで必死にアンリを守っているのだろうか?)
理性で考えると非戦闘員を保護するのは当然で、アンリが死んだら何が起きるか分からないというのもある。ただ、ラーゼスの心には自分の命を犠牲にしてでも絶対守り通すという決死の覚悟があったのだ。ここまでの覚悟を普通もつであろうか?
(アンリの信者になって精神が汚染されたか? 今はそんなことを考えている場合ではない。戦闘に集中しなければ)
ラーゼスは戦闘に必要のない邪念をすぐさま振り払う。
ラーゼスはアンリを守るためにほとんどの黒死鉄を使用したので、【鉄血】で操作できる黒死鉄には限りがあった。先ほどから、真空の刃が何回も頭上の黒死鉄に当たっているのだが、黒死鉄にあまりダメージが入っている様子がない。恐らく、黒死鉄の強靭さと闇属性の特性である魔法阻害で、ダメージを大きく軽減しているのだろう。アンリを保護する時間さえ稼げればいいとラーゼスは考えていたが、嬉しい誤算である。
そうこうしている内に痺れを切らしたのか一体の鳥人間が地上に降りてきた。
[バカが……]
ラーゼスは小さい声で呟やく。空中という圧倒的な有利な位置から、のこのこと敵が降りてきたのだ。この好機を見逃す程、ラーゼスは間抜けではない。黒死鉄に限りがある都合上、ラーゼスは剣を使用した初めての戦闘を即断する。
【影の道具箱】に手を突っ込み、剣を握る。両足に魔力を集中して、ラーゼスはありったけの力で地面を蹴ると地面が力に耐えきれずに陥没した。ラーゼスは一瞬で鳥人間に肉薄して横を通過する直前に剣を振りぬいた。鳥人間の上半身はズルリと地面に転がり、下半身はその場に直立したままであった。直立した下半身の断面からは血が湧き水の如く溢れ、地面に転がっている上半身の断面からは内臓がはみ出していた。
ラーゼスは続けざまに頭上の鳥人間たち目掛けて剣を一閃する。剣先から闇属性のオーラで形成された黒刃が放出され、空中にいる鳥人間まとめて二体切断した。切断された上半身と下半身がそれぞれ、地上にボトリと落下した。ここまでの流れるような殺害は数瞬の出来事であった。鳥人間の死体は灰になって、黒い炎三個がラーゼスに吸収される。
ラーゼスが頭で考える前に条件反射で体が動き、剣を振るっていた。どうすれば最小の動きで剣を振れるか、どうすれば効率よく敵を破壊できるかを肉体が知っている不思議な感覚にラーゼスは支配されていた。例えば、幼少の頃に覚えた泳ぎや自転車の乗り方を大人になっても未だにできる感覚に似ている。これが【暗黒騎士】の剣技向上の恩恵なのかもしれない。
しかし、剣の素人同然であるラーゼスがここまでの動きができるのは少々信じがたいことであった。それに、魔物とは言え人型の生物を一刀両断したにも関わらず、何も感じていない事実にラーゼスは少し驚いていた。普通、高校で行う豚の解剖や農業のニワトリの屠殺《とさつ》シーンを見ることですら一般人は忌避感を感じるものだ。それが、人型かつ一方的に殺したのだから尚更感じるはずである。
(とりあえず、敵は倒せているのだから今はこの恩恵に感謝しようではないか)
ラーゼスはそれ以上の戦闘に必要のない思考に終止符を打つ。
鳥人間達は警戒してラーゼスを囲うように周囲を旋回し始める。ラーゼスは全神経を集中して鳥人間達の動きを注意深く観察する。そして、鳥人間達が翼をはためかせてないことにラーゼスは気づく。仮に翼をはためかせていたら、錬気で強化された聴覚で鳥人間達の接近にラーゼスは気付けるはずだ。どうして、鳥人間たちの接近に気付かなかったのかラーゼスは合点がいった。恐らく、鳥人間たちは風魔法で空を飛んでいるのだろう。
突然、鳥人間一体の顔面から黒色の棘が生えて、大量の血が噴き出る。そのまま、鳥人間は地面に急降下して灰になった。残った鳥人間四体からは明らかな動揺が見て取れる。いつまでも鳥人間達が周囲を旋回しているので、ラーゼスは攻撃を仕掛けたのである。
[俺に注目しすぎるのは良くないぞ]
意味が通じるか分からないがラーゼスは不敵な笑みを浮かべながら、鳥人間達に忠告した。種明かしをすると、鳥人間の死角に【影の道具箱】のゲートを開いて、そこから黒死鉄の棘で後頭部を貫いたのだ。生き残った鳥人間たちはゲートから棘で貫いた所を見ていると予想されるので、二度目は通用しないだろう。
現状、数は四体一でラーゼスの方が圧倒的に不利で、相手は有利な空中にいる。しかし、今までの戦闘を見るにこのままいけば鳥人間達を全滅させることに、ラーゼスはそこまで苦労しなさそうであった。
次の攻撃を仕掛けるためラーゼスが膝をかがめると、突如鳥人間達が耳をつんざくような奇声を上げながら逃げていった。なんとか戦闘から脱することができたようである。ラーゼスが警戒を解かずに周囲を確認すると煉獄の炎は無残に切り刻まれていて、エスケープポイントの役目は果たせなさそうであった。
臨戦態勢を解除して、ラーゼスは戦利品を回収する。鳥人間からはラーゼスの手のひらに収まる位の緑色の玉を回収できた。玉の中には緑色のオーラみたいなものが渦巻いている。何に使えるか皆目見当はつかないが、拾えるものは全て拾っておくべきだろうと、ラーゼスはそう思いつつ【影の道具箱】に玉をしまう。
[すみませーん。真っ黒で何も見えないんですけどー]
アンリを保護しているドーム状の黒死鉄から呑気な声が聞こえてきた。ドームには一応、呼吸を確保するための穴を開けているため、そこから声が漏れているのだろう。実際、ラーゼス達が酸素を吸って呼吸しているか甚だ疑問であるが。
[ちょっと待ってろ、今解除する]
ラーゼスはアンリを保護している黒死鉄を解除するために、アンリの元に向かっていると微かに地面が振動していることに気づく。そのことに、ラーゼスは嫌な胸騒ぎがするのであった。
ラーゼスは黒死鉄の解除を一旦やめて、錬気を最大まで引き上げ土魔法で高台を作ると、目を凝らして周囲を確認する。すると、大勢の人影がこちらに向かっているのを確認できた。この距離では、はっきりしないが人影の集団は魔物の軍勢とみて間違いないだろう。状況を見るに、これを引き起こしたのは鳥人間であることは明らかである。
[あのニワトリ野郎ぉ、粋なことをやってくれるじゃねぇか……]
ラーゼスは鳥人間に殺意をみなぎらせる。
[アンリ、聞こえるか?]
[はい、聞こえます。すみません、私が寝てる間に何かあったんですよね?]
[簡潔に説明すると、鳥人間みたいな魔物に襲われた]
[鳥人間……もしかして、インフェルノガルーダ! ラーゼス、その魔物を討伐できましたか? インフェルノガルーダは危機に陥ると他の魔物を呼び寄せる習性があるので逃げられると非常に危ないです]
[その忠告をちょっと前に聞かせてほしかったよ。今まさにニワトリ野郎に魔物をよばれたところだ]
ラーゼスはため息を吐く。
[本当に……申し訳ございません。私がこんなところで寝てさえいなければ……]
アンリの声音からは深い悔恨の念が感じられた。
[謝るのは後だ。それに、アンリが寝ることには理由があるんだろう?]
[それは……]
アンリの反応からやはりなにかあるとラーゼスは確信する。あの状況で寝続けるのは流石に異常である。何か理由があるのは明白。そして、ラーゼスにはどんな状況でも寝続ける現象に心当たりがあった。そう、魔力切れである。アイシアの地獄に転生して間もないころ、ラーゼスは魔法の修行で魔力切れを起こして眠り続けた経験がある。
[この戦いが終わったら、教えてくれよ。今後の計画に大きく関わることだからな]
[分かりました。全てお話します。そして、あなただけに全てをお任せしてしまって本当に申し訳ございません。身勝手ですがあなたのご武運をお祈りします]
[まぁ、気楽に待ってろって。すぐに、終わらしてくる]
魔物達の地面を踏み砕く足音が聞こえ始めてきたので、ラーゼスは急いで準備をする。先の戦いでアンリを保護していた場所に鳥人間達は全く目を向けなかった。なので、アンリはこのままでも襲われる可能性は低いと考えられるが、最善を尽くすべきだろう。ラーゼスはアンリを保護している場所に魔物が忌避する大量の煉獄の炎を設置する。これだけ見るとアンリを蒸し焼きにしている風に見える。
(ファラリスの雄牛だっけ?)
中が空洞の金属製雄牛像に人間を閉じ込めて、雄牛像を火で炙る大昔の拷問である。当然、煉獄の炎に熱はないのでそのような惨事は起こらない。
アンリを保護している場所からある程度離れたところをラーゼスは決戦の場とする。できる限りの準備は終わった。時間がほとんどなかったので、大した準備はできなかったがラーゼスは良しとした。土魔法で作った壁の上に立ち魔物の軍勢を観察する。ここまでくると魔物の軍勢が肉眼ではっきりと見える。少なくとも五百体以上はいるようである。
ラーゼスが知っている魔物ならヘルスケルトンナイト、インフェルノマミーやダークヒューマノイドスライムなどがいる。他には腕が六本ある筋骨隆々の牛頭の魔物ミノタウルスオーガ。上半身はフルプレートメイルを着た人型で下半身が馬の骨のようなケンタウロスバーバリアンもいた。ケンタウルスバーバリアンは両手に巨大なナイトランスを持ち、上半身には紫色の鎧を装着していて、紫色の電光を時折点滅させていた。魔物の軍勢の頭上には先ほどの四体の鳥人間達が奇声を上げながら飛んでいた。
(ニワトリ野郎は最初に絶対殺す……)
ラーゼスは心に固く誓う。これでまた逃げられて魔物を呼ばれたら目も当てられない。そうならないためにも、迅速かつ確実に排除すべきであろう。
いよいよ、魔物の軍勢が眼前に迫ってきた。地鳴りのような足音が聞こえ、地震が起きているのではと錯覚するほど地面が揺れていた。
[早く来いよ。蹂躙してやる]
果たしてこの言動は敗北することなど微塵も思っていない愚か者の思い上がりなのだろうか。ラーゼスは闘争心をむき出しにした嗜虐的な笑みを浮かべながら、決戦の時を今か今かと待ち望むのであった。
この作品・続きにご興味をお持ち頂けましたら、ブックマークと下の☆☆☆☆☆をクリックして頂けると執筆の励みになります。よろしくお願いいたします。