三話 マジックギャザリング
魔法で戦うと言ってもラーゼスは魔法の使い方が全く分からない。現時点で己の中にある神秘的な力などなにも感じておらず、本当に魔法を使えるのかラーゼスは半信半疑ですらあった。
(なにもないところから火とか水を出せるんだろ。非現実的すぎてどうやって出てくるのか想像すらできん)
ラーゼスは例のごとくアンリに魔法の使い方を尋ねる。
[アンリ、現代人にも分かるように魔法の使い方を教えてくれないか?]
[任せてください! 何を隠そう、アイシアに魔法を創造したのは私なんですよ。コツさえ掴めば、結構簡単にできます]
魔法の創造主の真偽は定かではないが、この意気込みようは期待できそうである。
[まずは体の中にある魔力を感じるところから始めましょうか。目を瞑り、意識を集中してください]
言われた通りラーゼスは目を瞑り、意識を集中してみる。
(なんか修学旅行で行った寺の瞑想を思い出すな。いかん無駄なことを考えてる場合じゃない、集中せねば)
ラーゼスがより一層集中に励んでいると体の中ら外に何か漏れ出ている感覚があった。もし揮発した汗が出てる所を感じられたらこのように感じるのかもしれない。
[体の中から外に何かが漏れ出ている感じがするんだが、気のせいか?]
ラーゼスは集中を解かずにアンリに聞いてみる。
[凄いです! もう魔力を感じられるようになったんですね。おっしゃる通りその感覚が魔力です。次は魔力を体の中に留めて、体の中で循環させてみてください。川の流れだったり、水の渦など、モノが循環するイメージをするとやりやすいと思います]
[循環するイメージか……]
ラーゼスが真っ先に思い浮かべたのは血液の循環である。体の外に漏れ出ていた魔力を、血液を循環させるように体内に巡らせる。
(血液のように循環、血液のように循環、血液のように循環……………)
そんな風に意識していると、明確な変化を感じたのでラーゼスは目を開ける。
ラーゼスの視界は遠くの荒れ地の細部まで見渡せ、耳には心臓の鼓動がうるさいほど聞こえるのであった。ラーゼスが手の平を閉じたり、開いたりすると体内の筋肉の動きが手に取るように分かった。要するに明らかに五感の感覚が鋭くなっていたのである。
[魔力を循環させることに成功したようですね。それは魔力循環と言いまして魔力操作技術の一つなのですよ。近接職では重要な技術となっていまして、錬気とも呼ばれていますね。早くも習得してしまうなんて本当にすごいです!]
アンリは自分のことのように喜ぶ。
ラーゼスは錬気を維持したままその場で何度か垂直跳びをすると、アンリを飛び越せる位の高さまで跳躍が可能であった。周辺を走り回ってみると、風になったかのように足が軽くそして、ものすごい速さで走れるのであった。五感だけでなく身体能力も飛躍的に向上しているらしい。
(すごいなこれは、自分の肉体とは思えない!)
今まで味わったことのない力を手に入れて、にやにやとラーゼスの頬が緩む。しかし、ここが地獄で未だに自分は魔法の初歩的なことしかできるようなっていないと思い至り、心を落ち着かせる。
(喜んでる場合じゃない、冷静になるんだ俺。まずは錬気を完璧にコントロールできるようにしつつ、他の魔法も習得しなければ)
ラーゼスは他の魔力操作や魔法などをアンリに教わりつつ、修行をするのであった。
ラーゼスが初めて錬気を会得してから結構な時間が経った。経過した時間は1か月位かもしれない。経過した時間が推測の域をでないのは、地獄では昼も夜も無くラーゼス自身寝なくても良いこともあり、時間間隔が全く分からないからである。
そいう訳で、ラーゼスは地球で言うところの二十四時間毎日修行したので、魔法について分かった事があった。まず、錬気は循環させる魔力を増やすと身体能力も比例して強化されることが分かった。そして、当たり前だが魔力は有限で、使用し続けると枯渇して最終的に意識がとんでぶっ倒れる。魔力は時間経過で回復することも分かった。
地獄は何が起こるか分からないので、常に身体能力は強化した状態でいたいとラーゼスは考えた。そこで、ラーゼスは常に錬気を発動した状態にするための修練を行った。そして、錬気の消費する魔力と時間経過で回復する魔力量が釣り合うように錬気の強度をコントロール出来るようになったのでる。また、戦闘する時は錬気の強度を増やしてさらに身体能力を向上させることもできる。魔力操作技術はこんなところである。
次は大本命魔法である。結論を言うとラーゼスにはあまり才能が無かった。基本的に魔法は魔力を消費して現象を発現させる技術なので、なにも無いところから火や水を出したりできる。ラーゼスにはそれができなかった。
アンリが言うには魔法はイメージが大切とのことで、地球の現代に生きていたラーゼスにとって非現実的な事を想像することに向いていなかったのである。しかし、ラーゼスにもできる魔法が二つあった。
一つは実在する物質を操作する魔法である。ラーゼスの得意な属性は土と闇だ。土属性では、この地獄の荒れ地に魔力を流すことで壁を作ったり、陥没させて落とし穴を作ったり、と自由自在に操作できた。一方で闇属性は影に干渉する魔法が出来るようになった。自分の影に魔力を流すことで影の中にものを自由自在に入れたり出したりすることができた。
不思議なことに影の中に手を突っ込んで頭の中でラーゼスが取り出したいものを思い浮かべると、それを実際に取り出すことができた。ただし、ここには土くらいしかものが無いため、それ以外で試せてはいない。ラーゼスはこの闇魔法を【影の道具箱】と命名した。
二つ目の魔法は【属性付与】である。【属性付与】は各属性を剣や防具などに付与することで各属性の特性や耐性などが発現する魔法である。例えば、炎属性を剣に付与すれば剣が高温に熱せられた状態になったり、防具に付与すれば氷魔法への耐性が向上するなどだ。ラーゼスは土魔法に闇属性を【属性付与】することが出来るようになった。例えば、土に純粋な魔力を流して壁を作っていたのを、魔力を闇属性に変換してから流すと黒い壁が作れた。
闇属性の特性は浸食と魔力阻害なので、黒い壁はただの土の壁よりも魔法に対する耐性が飛躍的に高くなるらしい。ラーゼスは土魔法に闇属性を【属性付与】した魔法を【浸色領土】と命名した。アンリが言うにはこの魔法は土属性と闇属性を組み合わせた混成魔法になるので結構な高等魔法らしい。要するに、ラーゼスは実態あるものに魔力を流すことに非常に長けていることが分かった。逆に言うとそれしかできない。
ところで、ラーゼスが修行に励んでいる間アンリが何をしていたかというと、手を合わせて何か祈っているか寝るかの二パターンであった。勿論、時折魔法の知識やコツをラーゼスに教えていたが基本的には祈るか寝るかであった。
(祈るのは良い、だが寝るってなんだよ! あの女神寝るとき煉獄の炎を並べてその上で寝るんよ。俺が必死こいて修行しているのにひでぇ女神だ)
この一か月間ラーゼスの魔法の修行はこんな感じで行われていた。
そして、ラーゼスはここをそろそろ出発しようと考えていた。理由としては、もう出来ることが少ないからである。このまま修行していれば魔力量はさらに向上するだろう。魔力は筋肉と同じで使用すればするほど魔力量が上がるからだ。
これは修行している間、身をもってラーゼスは感じ、アンリも同様のことを言っていた。万全を期してここで修行し続けるのは良いことだ。しかし、ラーゼス達の目的は地獄を抜けて現世に行くことなので、いつまでもここで修行しているわけにはいかないのである。修行し続けても少し魔力量が増える程度だ。それなら、実戦を行いつつ実力を高めながら、現世を目指した方がいいとラーゼスは考えたのである。
ラーゼスはそう決心して何かに祈りを捧げているアンリに話しかけた。
[アンリ、俺はここで魔法の修行をすることで少しは実力が付いたと思う。だけど、正直ここでの修行に限界を感じてきた。確かに地獄は危険かもしれないが、ここにいつまでもいる訳にいかないだろう。だから、そろそろここを出発したいと考えている]
片膝をついて両手を合わせていたアンリが立ち上がりラーゼスに視線を向ける。
[そうですね。いつまでもここにいる訳にはいかないですよね]
アンリの物憂げな表情に決意が宿る。
[ラーゼス、ここを出れば魔物達が闊歩する正真正銘の地獄です。想像を絶する苦難が満ち溢れていることでしょう。それでも、あなたはここを出発しますか?]
[一度死んだ身、恐れることなど何もない。ここに転生した時から覚悟はできている]
[分かりました。それではここを出発しましょうか]
アンリはそう言うと空中に浮き、ラーゼスの背後にまわった。ラーゼス達は煉獄の炎を掻き分けてこの場所から一歩を踏み出したのであった。視界に入るのは荒涼とした大地には煉獄の炎が点在していて、人型の何かががいくつも彷徨い歩いていた。
[あの人っぽいのって魔物なのか?]
[はい。ここからではよく分かりませんが、恐らくスケルトン系の魔物だと思います。そしてラーゼス、遭遇した魔物はできる限り倒して欲しいのです]
[理由を聞いても?]
[ここにいる魔物は元々は人間なのです。大きな罪を犯した魂は地獄で長い苦しみを与えられて浄化されます。私はそういう風に苦しむ魂を見ていたくないのです。できれば一思いに楽にさせてあげたいのです]
考え方としては武士の切腹を介錯するに近しいかもしれない。アンリは女神なので、罪を犯した人も等しく愛しているのだろう。人であったものが魔物に成り果て、死の苦痛を常に与えられているのだ。もう、赦されていいはずだろう。
[もともと魔法を実戦で試してみたかったんだ。言われなくても俺は喜んで魔物を倒すよ]
ラーゼスは不敵に笑うのであった。
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ラーゼス達は相手に気づかれないよう慎重に近づき、そこら辺に点在していた煉獄の炎の一つに身を潜めながら魔物を観察していた。魔物は人型の骸骨でいわゆるゲームの雑魚的筆頭のスケルトンであったが、見た目はゲームの序盤で遭遇するようなスケルトンではなかった。骨は白ではなく真っ黒な禍々しい色をしており、肘、膝、肩などの関節部分には角が生えていた。そして、体型はがっちりしており、骨の一本一本が太くて堅牢そうである。空っぽの眼窩には赤黒い揺らめく炎が宿っており、右手には黒い長剣、左手には人間一人隠せそうな大きな盾を持っており、上半身は漆黒の鎧を身に包んでいた。
[あいつ俺より強くね?]
[確実に強いです。あの魔物はヘルスケルトンナイト。現世では兵士百人がかりでなんとか倒すことのできる非常に獰猛かつ強力な魔物なんです。一般人が勝てる相手ではありません]
[初手からやべぇ魔物に遭遇したな。もしかして、あいつってこの地獄でも強い部類?]
[かなり弱い部類です……]
[やっぱここって地獄だわ]
ラーゼスは片手を両目に添えて天を仰ぎながら言った。
[ヘルスケルトンナイトに弱点はあるか?]
[心臓部分に肉体を維持するためのコアがあります。そこを破壊すると倒せますが、見た通り鎧と盾があるので簡単には攻撃できません。また、膂力はすさまじく剣術もかなりのものなので近づくことすら難しいです]
[正攻法は自殺行為か。まぁ弱点があるなら、なんとかなるかな]
[ラーゼスには勝算があるのですか? こう言っては何ですが、あなたには武器も攻撃魔法も無く絶望的な状況だと思うのですが……。もし、あなたが無謀でそのようなことを言っているなら無理に戦わなくてもいいのですよ?]
アンリが不安がるのも無理はない。アンリの言う通りラーゼスには武器も攻撃魔法もないため、普通に考えて勝算はゼロである。しかし、なにも攻撃手段を用意せずにのこのこと地獄に足を踏み入れるだろうか? 勿論、ラーゼスはちゃんと策を用意していた。
[まぁ、見てろって。無謀じゃないことを証明するよ]
そう言いながらラーゼスは戦う準備をするのであった。
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