二話 祝福
何か物事をなすには目的の設定、目的を達成するための計画の立案と計画を行うための具体的な手段が必要である。目的は信者を増やすことだが、当然ここには人などいないわけで少なくとも地獄を抜けださなければ信者を増やすことなど不可能である。そこで、ラーゼスは地獄を抜け出すための方法をアンリに聞いた。
[それで地獄から抜け出すことは確定として、俺たちは具体的に何をすればいいんだ?]
[あそこに山が見えますよね。あそこの火口の中を下ると神殿があってその先に現世へと通じる冥府の門があります。ですのでまずはあの山を目指しましょう]
アンリが指さす方向には山が見えた。その山の表面は黒く、何やら怨念のようなおどろおどろしいしいオーラが絡みつくように噴出していた。
ひとまずラーゼス達の目的は定まった。地球なら食料と水を用意して山を目指せばいいのだが、ここは剣と魔法の世界でしかも地獄なのだ。地球とは別の理がある可能性が高く、ゲームやライトノベルだとこうゆう場所では魔物や悪魔が付き物である。ラーゼスは出発する前にアイシアの理や地獄についてアンリに説明してもらうことにした。
アンリによると地獄は霊的な存在と物質的な存在が入り混じった世界となっているらしく、現世のアイシアとは異なった法則が成り立っているらしい。例えば、生命活動に必要な食事や睡眠などは必要なく、五感はあるが痛みは感じないらしい。そして、地獄には現世と比べ物にならないほどの強力な魔物が闊歩しているとのことだ。
(まぁ、地獄ですもんね。ゲームだったら裏ダンジョンみたいな所ですよ。食事や睡眠がいらないことは助かったが、魔物をどう対処するかが問題だな。異世界転生物だったら、転生特典でチートスキルがあったりするんだが……)
ラーゼスはスキルの有無についてアンリに尋ねる。
[すきるって何ですか?]
[特殊な能力を発揮できる力みたいなものなんだが、説明しようとすると結構難しいな。例えば何もしなくても炎を無効にできたり、剣術を習っていなくても卓越した剣捌きを最初からできたりする能力とかあったりしないか?]
[うーん、そうですねぇ。炎を無効にするなら魔法の使用や炎に耐性のある防具を使用すればできますけど、何もしなくてもは、無理だと思います。剣術に関しても基本は訓練を積まないと無理ですね]
ラーゼスは結構期待していただけに落胆する。
(スキルがないならステータスやレベルはあるのではないか?)
RPGゲームでは魔物を倒すとレベルが上がって筋力、HPとか魔力が成長するシステムだ。そして、大概ステータス画面でそれらを確認できるのである。ラーゼスはそのことについてアンリに尋ねる。
[地球の知識って凄いんですね。残念ながらそういうのもありませんね]
ラーゼスはクソでかため息を吐いて再度落胆する。ラーゼスは自身の装いを確認するが、前世の病室で着ていた薄い色素のパジャマのみである。それ以外は何もない。
(まじかぁ、この状況詰んでるな。ゲームで言うなら初期状態でラストダンジョン攻略するようなもんだぞ。俺の二度目の人生終わるの早かったなぁ)
ラーゼスは途方に暮れて明後日の方向を向く。
[ですが、祝福ならありますよ]
ラーゼスは『なんだそれは?』と思いアンリの方向に首をぐるりと向けて続きを促した。
[祝福というのは、女神が信者の才能を引き出して最も適した【クラス】を与えることです。例えば野菜を育てることに優れている信者がいましたら、【農家】を与えることでさらに効率よく野菜を育てることができます。他にも剣が得意でしたら【剣士】を与えることでより強くなることができます]
才能については本人が自覚していなくてもクラスは発現する。例えば、農業以外何もやったことがない農民でも魔法の扱いに優れた【魔法師】や商才に優れた【商人】などが発現することもしばしばあるのである。さらに、クラスは修練を積めば進化する。【剣士】が戦闘を行ったり、剣での修行を行えば【剣豪】であったり、魔法を修練すれば【魔法剣士】になるなど様々なクラスに成長するのである。なので、クラスの進化については行った行動によって進化先が変わるのである。
(なるほど、なるほど。そういうのでいいんだよ、そういうので)
[さらに祝福を受けると信者の得意な魔法属性も分かるんですよ]
(そうだ、魔法があったんだよな。スキルもステータスも無かったショックで失念していた)
ラーゼスは魔法についてもアンリにご教授してもらった。
アイシアには火、水、風、土、雷、光、闇属性の魔法があるらしい。火属性なら炎で攻撃したり、水属性なら水を出せたりするなどだ。これ以外に二つ以上の属性を掛け合わせて発現する混成魔法というものもある。例えば、簡単な魔法だと火属性と水属性を掛け合わせることでお湯を出したり、土属性と水属性を掛け合わせて泥を作り出すなどだ。七属性以外に無属性魔法が存在するが、これは相手の精神に干渉したり、アイシアの物理現象に干渉するような高難度な魔法のため、ラーゼスには無縁の魔法であった。
どんな人でも七属性扱うことができるが人によって得意な属性が別々にあるのが一般的である。例えば、火属性が得意な人は火属性の習熟度は早いが水属性はいまいちだったりするなどだ。なので、戦闘においては得意な属性を伸ばすことが大切になる。
基本的に呪文を言わなくても適切な魔法操作を行うことで魔法は発現して、魔力があるほど強力な魔法を行使できる。ただし、魔法の行使はイメージが重要ということで、術者は魔法を行使する際に魔法名を口にするのが一般的らしい。また、魔力を体内に循環させることで身体能力も著しく強化できるとういう。よって、魔法が得意ではない【近接系クラス】でも魔力を操作することは非常に重要なのである。
祝福を受けない選択しはありえないと判断して、ラーゼスは祝福を受けることをアンリに伝えた。
[承知いたしました。ラーゼスはどんな才能があるか楽しみですね。それでは膝をついて頭を下げてください]
ラーゼスは言われるがまま膝を着き、首を垂れた。そして、頭の上にアンリの手の平が置かれると周囲を囲うように黒い光がゆらゆらと現れた。
(祝福って言いながら結構邪悪な雰囲気なんだな。呪いじゃないよな。もし、クラスが【遊び人】とか【料理人】だったりしたらどうしよう……)
そんなことをラーゼスが考えているとアンリが祝福の言葉を紡ぎ始めた。
[信徒ラーゼスよ、神は常にあなたを愛し、いつまでもあなたを見守っています。あなたが迷える時恐れることはありません、神は…………神は…………。]
不意にアンリの言葉が止まる。
[えーと、続き忘れちゃいました。えへへ]
[おいぃぃ! 続き忘れちゃいました、えへへじゃねぇよ! そんな重要なこと忘れんなよぉぉ!]
この祝福にはラーゼスの第二の人生全てがかかっていると言っても過言ではない。ラーゼスが四つんばいになりながら嘆く。
[安心してください。祝詞は雰囲気を出すために言っているだけなので、祝福には全く関係ないですよ。大事なのは人が神を思う心と神が人を思う心なんです!]
アンリがドヤりながら言っていることにラーゼスは若干イラっときたが、どうやら祝福は失敗してはいないらしい。そして、周囲に揺らめいていた黒い光が弾ると同時に、ラーゼスの頭の中に記憶にない光景がフラッシュバックする――――
そこは聖堂内のような場所であった。リブ・ヴォールトと言われるアーチ状になっている天井は高く、壁や柱の至る所に精細な装飾や意匠が彫らており、講堂内は芸術的と思えるほどの美しさと圧倒的な荘厳な雰囲気を醸し出していた。講堂内には背もたれのあるベンチが規則正しく配置されていて、信者であろう人たちで満席になっていた。最奥は一段高くなっていて、そこには黒い衣服の女性と膝まずいている真っ白な鎧を身に纏う者がいた。
[おめでとうございます、ラース。あなたのクラスは【聖騎士を統べし者】です]
満面の笑みを浮かべたアンリに非常によく似た女性がそう言うと、今まで沈黙していた周囲から称賛の声が沸き上がった。
[【聖騎士を統べし者】なんて聖騎士クラスの最上位、至高のクラスじゃないか!]
[流石、ラース様だ。俺はあんたについていくぜ]
[ラース様がいるなら、この国は安泰ね]
周りは大興奮といった有様である。
[あなたの使命は始原の七人の意思を継ぎし者〈七聖人〉として、この国と私への信仰を守ることです。私はいきますが、七聖人同士協力し合いどうか信者達を導いてあげてください。あとを頼みましたよ、私の愛しい子]
眼前の女性がそういうと同時にこの光景も終わりを告げた――――
[ちょうど祝福が終わったみたいですね]
アンリの声によってラーゼスの意識が現実に引き戻される。
(何だったんだ、あれは……。まるで、白昼夢のような)
先ほどの光景は気になるが、今は自分のクラスについて気にするべきだとラーゼスは思考を切り替える。クラスの良し悪しで地獄での生存率が大きく変わるのだから。先の白昼夢のことはひとまず置いといて、ラーゼスは自分のクラスについてアンリに問いかけた。
[それで、俺のクラスはどうなったんだ?]
[おめでとうございます。ラーゼスのクラスは【騎士】です。剣、槍、盾の扱いが上手くなりますね]
[【騎士】か……普通だな]
【遊び人】じゃないことにラーゼスは安堵する。少なくとも戦闘系のクラスであることは間違いなく、この地獄で生き抜くために頼りになりそうである。欲を言えばもっと強そうなクラスが良かったとラーゼスは思うが、なってしまったものはしょうがない。今は【騎士】になれたことにラーゼスは満足する。
[それと、ラーゼスの得意な魔法属性は土属性と闇属性です]
[土属性と闇属性か]
(また、微妙な組み合わせだな。なんか土属性は防御系で闇属性は妨害系ってイメージで、これから地獄を優位に攻略できそうな魔法属性に見えないんだよな)
そうは思ってもラーゼスは丸腰で周りには武器や防具となる剣も盾もなにも無い。結局ラーゼスは魔法で戦うしかなさそうである。
[とりあえず、祝福で自分のクラスと魔法属性が分かった。これからの計画としては道中の魔物を魔法で倒しつつ、イレギュラーな問題は臨機応変に対処して山を目指そうと思う。アバウトすぎて計画と呼べないけどな]
[はい、それで問題ないです。とれる手段は少ないですからね]
[確認だが、アンリは戦えるのか?]
[申し訳ございません。私は戦うことができないのです。でも、安心してください! 私が魔物に襲われることはありませんので、私足手まといになりませんよ!]
ラーゼスは俯き手の平を額に添えて落胆した。
(まじかぁ、邪神と言われるほどの女神だから絶対強いと思ったんだが……)
本人がそう言っているのだから、そうなのであろう。魔物がアンリを襲わないなら、アンリを守りながら戦うという最悪なパターンは無さそうだと、ラーゼスは一応の納得をすることにした。道中はラーゼス一人で戦うしかなさそうである。
[それとこの地獄に安全地帯みたいなところはあるのか? 例えば魔物が入ってこない場所とか]
[そうですねぇ。周囲の地面、木や草に炎がありますよね?]
[あるな。これになにか意味があるのか?]
[この炎は煉獄の炎と言いまして邪悪なものを浄化する作用があるんです。なので、煉獄の炎があるところにいれば魔物は近づいてきません。そして、煉獄の炎は私たちには害を及ぼさないので触っても大丈夫なんです]
周囲を見渡すとそこかしこに煉獄の炎があった。ラーゼスは指で草にある煉獄の炎を突っついてみると痛みもダメージも受けてる感じは無かった。
(地獄では痛みは感じないらしいけどな)
思い切って手を突っ込んでもラーゼスは特に害を受けている様子は無かった。アンリの話を信じるなら、ここは安全が確保されていることになる。
[直近の方針は決まった。戦うための力を付けるため俺はここで魔法の修行をする]
ラーゼスはアンリに宣言したのであった。
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