噛んでも直ぐに許す
トムは微温湯に肩まで浸かると隣にいる背の高い男をじっくりと観察をした。
身長3メートル、体重200キロくらい、今にもヒヒーンと鳴きそうな面長の顔は馬面だ。つぶらな瞳、体毛が薄い。自分で剃っているようだ。
『コイツの名前を聞き出したい所だな』とトムは思いながら湯船から出て浴場の縁に腰を掛けた。
背の高い男は目を開けるとトムを一瞥したが、何も言わずに、直ぐ様、別の温泉へと移動した。
トムはヘタに近付かずに背の高い男を見ていた。
背の高い男が振り向くと、小太りの宇宙人が手を振りながら近付いて背の高い男の隣に座った。
トムは背の高い男と小太りの宇宙人が入っている温泉に近付き、それとなく入浴すると隣にいた老人に話し掛けてみた。
「お爺さん、良い温泉ですよねえ~」
頭にホログラム型立体モザイク画像処理を施したお爺さんは満面の笑顔でトムにうなづいた。
「お爺さん、何で頭にモザイクを掛けているの?」トムはお爺さんの頭を見た。
「こうすりゃ何となくフサフサして見えるべ?」お爺さんは頭を撫でながら話した。
「お前さんは何処が悪いのよ?」お爺さんは肩まで湯船に浸かるとトムに言った。
「腰です。立ち仕事なもんでね」トムはやんわりとはぐらかしながら言った。
「お前さん、腰だけは気を付けなさいよ。腰は基本だから」モザイクを頭に施しまくったお爺さんは神妙に話した。
「お爺さん、そうですよね。気を付けます」
「お前さん、観光でルナーアスの洞窟に来たのかい?」
「はい」
「ワシもだ。ワシは寝ぼけた飼い犬に上腕二頭筋を噛られてよ。その治療で来たんだよ」
「あららら。お気の毒に。お爺さん、犬も寝ぼけたりするんですね」
「犬も睡眠中はドリームを見ているみたいだよ。お前さんはペットを飼ってるのかい?」
「鮒とドジョウを飼ってます」嘘だった。トムは生き物が苦手だ。
「鮒にドジョウかい。珍しいな。ワシはタニシと小判鮫を飼っていたよ」
「お爺さんこそ珍しいですよ」
「これ見て」頭にモザイクまみれのお爺さんは右肩をトムに見せた。
「わあー」
「凄いべ? 飼っていた気の荒い小判鮫に噛まれた跡だよ。何回も何回も食いちぎられそうになったからね、もう小判鮫が嫌になってさ、小判鮫を飼うのを止めたのさ。知り合いが勤めている水族館に無条件で移籍させたよ。代わりに今はネオンテトラを飼育しているよ。昔、キャットも飼っていたよ。キャットにも何回も何回も首に噛みつかれてさ、頸動脈が少し損傷してるのよ。ワシは噛みつかれやすいタイプなんだわ。女なら何度も噛みつかれたいけどもさ、女には噛みつかれないんだわ。女なら噛まれても直ぐに許すけどね」
「女性はともかく。動物、生き物の飼育って難しいし大変ですよねぇ」
「そうだな」
「俺はプレシオサウルスを飼っているぜ」と背の高い男が話に入ってきた。小太りの宇宙人は消えていた。
「お前さん、体を大事にしなさいよ。のぼせるから出るわ」と頭にモザイクを掛けまくったお爺さんは温泉から出て他の場所に移動した。
「プレシオサウルスですか? EARTHにいたといわれている恐竜ですよね。50世紀の今でも恐竜って宇宙にいるんですかね?」トムは背の高い男と会話をすることにした。
「いる。恐竜は今でも宇宙で生きている。俺が飼っているプレシオサウルスの名前はなニッシィーと言うんだ」
「ニッシィーですか?」
「そうニッシィー」
「由来は?」
「屈斜路湖に住むクッシーからインスピレーションしたんだ」
「屈斜路湖? クッシー?」
「EARTHにあったジャパンゴールデンウィークにある屈斜路湖に住む未確認生物の事をクッシーといふ」
「へぇー、EARTHに詳しいですね」
「まあな」
「お名前は? 僕はエンゼルです」手を差し出したトムは偽名を名乗った。相手がどう出るか一か八の賭けだった。
「俺はランニング巾着沈坊だ」とランニング巾着沈坊は言ってトムと握手した。
『大当たり~♪』とトムは心の中で叫んだ。
「それにしてもランニング巾着沈坊さんは背が高いですよね」
「3メートル18センチある」
「凄い!」
「たいしたことないよ。子供の頃からサメと鮭と飴ちゃんばかりを食べていたからね」
「ランニング巾着沈坊さんは子供の頃から人気者だったでしょう?」
「まあな」
「ランニング巾着沈坊さんなら親友とかもいそうだなぁ」
「まあな」
「ランニング巾着沈坊さんは、今でも子供の頃からの親友っていますか?」
「エンゼル、キャプテン・ミルクって知ってるか?」
「知ってます、知ってます」
「俺ね奴とマブダチ」
「凄い!!」
「よせやい照れる」
「ランニング巾着沈坊さん、キャプテン・ミルクに会ってみたいです!」
「今度な」
「僕はスーパーファッションモデルの超美人ブルーバードAYAと幼なじみです」とトムは鎌をかけるような嘘を言った。
「え~っ!! 俺ね、めちゃめちゃブルーバードAYAちゃんの大ファン。凄いなエンゼルくん!! 会わせて!!」
「そのうち」
「エンゼルくん、今すぐに、ブルーバードAYAちゃんに会わせてよ」
「ランニング巾着沈坊さん、急には無理ですよ」
「だよな~」
ランニング巾着沈坊は俄然トムに興味を抱いた。
「そうだ! ランニング巾着沈坊さん」
「なんだ?」
「キャプテン・ミルクに会わせてくれたらブルーバードAYAに会わせますよ」
「そ、そうだな。キャプテン・ミルクは忙しいからなぁ、一応、考えとくよ。エンゼルくん、俺も凄い方を知っているぜ」
「誰ですか?」
「あひゃひゃひゃひゃ。エンゼルくん、ジャム将軍って知ってるか?」
「知ってるも何も……」
「まっ、いいや。エンゼルくん、今の話は忘れてくれよ」
「分かりました」
「ところでよ、愛星・サマー・えりかちゃんは何処に消えたのかな? 心配だよな。ファンクラブの会員も54億人を突破したし、ファーストアルバムの予約数も47億枚だとさ」ランニング巾着沈坊は心配そうに言うと湯船で顔を洗った。
「凄まじい人気ですよね。実は先日、愛星・サマー・えりかちゃんを見掛けたんですけど、まさか行方不明になるとはね」とトムはあらゆる網を張り巡らすように簡単に嘘をまぶした。
「エンゼルくん、本当にかい!? ど、ど、どこで愛星・サマー・えりかちゃんを見たのよ? どこで、どこで?」ランニング巾着沈坊は興奮しながら言った。鼻息が荒い。
「ランニング巾着沈坊さん、ルナーアスの洞窟温泉から上がったら愛星・サマー・えりかちゃんを見た場所に行ってみますか?」
「本当かい! 行く行く!! エンゼルくんとは親友になれそうだ…… あっ、マズイ!! ボスが…… 大事な約束があったんだわ。無理かな~」ランニング巾着沈坊は悔しそうに湯船を叩きまくった。お湯しぶきがトムの顔に振り掛っていく。
「ランニング巾着沈坊さん、約束よりも、愛星・サマー・えりかちゃんの方が大事だと思うよ。ひょっとしたらランニング巾着沈坊さんと愛星・サマー・えりかちゃんが付き合えるかもしれないしさ」トムは笑いを堪えながら絶対にない嘘を言った。
「確かに俺と愛星・サマー・えりかちゃんは、お似合いの夫婦になりそうだな。えりかを俺の女にしたら毎晩抱きたいな。ぐへへへへへ。えりかにあんなことやこんなことをさせたいなぁ。ぐへへへへへ」ランニング巾着沈坊は鼻くそみたいに気持ち悪い顔で笑った。
「ランニング巾着沈坊さん、えりかちゃんを見た場所まで行ってみますか?」
「行きたいけど、ボスとの約束があるからなぁ。どうしたら良いのか悩むよ」とランニング巾着沈坊は言って湯船を更に激しく叩き出した。お湯しぶきがトムの顔に掛かりまくる。
「ランニング巾着沈坊さん、ボスって誰なんですか?」トムにはある閃きが浮かんでいた。
「ここだけの話だよ。ジャム将軍なんだ」ランニング巾着沈坊は鋭い目でトムを見ていた。仮面を被ったように無気力な顔をしていたが、どこか怯えているようにも見えた。
「凄い、まさか本当にジャム将軍と知り合いだとは思いませんでした。でもランニング巾着沈坊さん、少しくらいなら時間はあるでしょう? 愛星・サマー・えりかちゃんに会えるかもですよ! 行きましょうよ! 未来の奥さんに会えるんですよ!」トムは決して引き下がらなかった。相手を炙り出すように少しずつプレッシャーを与えて欲望に刺激を与える事が大事なのだ。
「ああ、そうだな。じゃあ少しだけな」ランニング巾着沈坊は嬉しそうにトムの誘いに折れた。
「じゃあ、もう温泉から出て行きましょうか。僕に着いてきてくださいね。ちょっと着替えてからトイレに行きます」とトムは言って温泉から上がると岩の後ろに隠した服に素早く着替えて奥にある洞窟用のトイレに行った。
☆続いちゃう☆
書けるときに書かないとさ✨✨✨✨✨