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解放

作者: 小早川
掲載日:2020/06/03

「……続いてのニュースです。昨日、F県に住む三十代の男性の行方が分からなくなっているとの通報を受け……。」


 僕がテレビのリモコンをいじるとニュースキャスターの姿も声も消えた。ついこの間まで隣の県で行方不明事件が多発していたなと思い出す。


 バターを塗りたくったトーストを胃に流し込む。椅子から立ち上がって、洗面所に向かう。歯を磨き、洗顔をし終えたところでインターホンが鳴った。


「コウ、早く行くぞ。」


 同級生のユウキの声だ。僕はF県に住む中学二年生。ユウキとは毎朝、一緒に登校する友人だ。



 鏡で寝癖が立っていないかをしっかり確認してから、かばんを持って玄関に駆けて行く。


 台所に立ちながら父の弁当を作っている母が、行ってらっしゃいと言った。僕もしっかりと返してから家の外に出た。


「おせーぞ。あと十秒遅かったら置いて行っていたぞ。」


 ユウキは笑いながらそう言う。僕も笑って言い返した。いつもと変わらぬ道を歩き、二人で学校に向かった。




 教室は少し騒ついていた。クラスメイトに何があったのかと尋ねると、今日から転校生が来るらしいと教えてくれた。僕は朝の休み時間をユウキと会話を楽しむのに使った。



 どうやらそのクラスメイトの話は本当だったようだ。ホームルームの時間に担任の教師の他に見知らぬ男子生徒が入ってきた。


 身長は平均より低めで、マッシュルームのような髪型が特徴だ。前髪で目が隠れていて、大人しそうな印象を受ける。


 担任の教師はその男子生徒に自己紹介をするように言った。男子生徒は小さな声で自己紹介を始めた。あまり人前に立つのが得意な人間ではないのだろう。


「初めまして。隣の県の中学校から転校しましたアンドウタクミです。皆さんと仲良くできたらいいなと思っています。これからよろしくお願いします。」



 タクミはちょうど空いていた僕の後ろの席に座ることになった。教壇からそこに向かう途中のタクミによろしく、と小声で言った。タクミも笑顔でこちらこそ、と返してくれた。




 それから授業が終わって、給食の時間になった。周りの人と席をくっつけて食べるのだが、もちろんタクミも同じグループだ。そこでタクミと色々と話をした。


 タクミの家族は転勤族で色んな所に住んできたらしくて、ずっと同じ場所に居れないから友達が少ないらしい。タクミはボソッと喋るものの、ノリはかなり良くて冗談も通じることが分かった。


 それから午後の授業や掃除も終え、部活動の時間になった。僕とユウキは同じ部活動に所属している。そして、タクミが僕たちの部活動の見学に来たのだ。


 タクミとユウキも相性は良いらしく、ずっと話をしている。僕もその中に混ざり、三人で話した。内容は他愛のない話でゲームやテレビの話だ。


 部活動の練習をサボっていることにはなるのだが、顧問の先生も見学の人と話しているならいいかと特に何も言ってこなかった。



 何事もなく、部活の時間を終えて下校時間となった。タクミは同じ部活動に入ることを即決した。新たな友達ができてとても嬉しい気分だった。


 残念なことにタクミとは家の方角が真逆らしいから一緒には帰れないようだ。僕はユウキと話しながら家に帰る。



 タクミが転校してきて、四日が経った。タクミはクラスや部活動の人たちにも慣れてきたみたいでこの学校にも溶け込めているようだ。


 この日から定期テストの関係で部活動は休みになる。帰りのホームルームが終わると、教室を飛び出して職員室に向かった。部活動の集金を持ってくるのを忘れたので、顧問の先生にそれを伝える為であった。


 ユウキには遅くなって待たせるかもしれないから、先に帰るように言ってある。職員室に行き、集金の事を顧問の先生に話すと、案の定怒られた。



 僕は一度帰宅してから、もう一回集金のお金を持って学校へ行くことになった。校門付近ではゾロゾロと帰る生徒がいるが、ユウキの姿は無かった。先に帰ってとは言ったが、いざ居ないと寂しいものである。



 大急ぎで家に帰り、大急ぎで学校へ戻った。学校に着いたときは他の生徒の姿はなく、オレンジ色の空にカラスが鳴いていた。


 昇降口から学校に入り、職員室へ向かう。誰もいない夕暮れの廊下は不気味な感じだった。


 職員室にノックして入った。先生たちのほとんどが帰宅しているみたいだった。顧問の元へ向かい、お金の入った封筒を手渡した。


 用件を終えると、ふとトイレに行きたくなった。不幸なことに一番近い一階のトイレは改修工事が行われていて、使うことができない。仕方がないから二階の方へ回った。



 用を足し終えて手を洗っていた。開いている窓から風が強く吹き抜けていた。掃除の時間に締めなければいけないのに、誰か忘れていたな。そう思いながら窓に近づいた。


 窓からはちょうど体育館と体育倉庫の間が見えるようになっている。窓の外を見ると、その二つの建物の間に二人の人影があった。ユウキとタクミだ。いったい何をしているのだろう。僕は少しだけ眺めていた。



 タクミはゆっくりとユウキの肩に手を伸ばした。口は動いていて何か話しているようだが、風の音でなにもきこえない。タクミの手がユウキの方に触れた、その時不思議なことが起こった。


 ケーキを切り分ける包丁のように、タクミの手はユウキの方に食い込んでいった。そこには微かに白い煙のようなものがあるようにも見える。


 ついにタクミの手は肩から脇を抜けた。その途端、ユウキの手は地面に落ち、炎に包まれた。そして白い煙を生み出しながらユウキの切り落とされた手は跡形もなく姿を消した。



 タクミが今度はもう片方の肩に手を伸ばし始める。ユウキは反対側を向いていて、その表情は窺えないが、逃げようとする様子はなかった。


 僕は腰を抜かして地面に倒れ込んだ。立ち上がろうとするが身体全体が震えて意識した通りに動いてくれそうにない。夕陽の色と吹き付ける風の音だけが僕の五感を支配した。




 どれくらいの間、あの場所で動けなかったのだろうか。風は吹きやんで空もより黒色に近づいていた。あれは幻覚だ。そう言い聞かせることで、なんとか身体を起こすことに成功した。


 家に着いてすぐに電話を掛けた。もちろんユウキの家の電話番号を入力した。


 相手が電話に出るまでに鳴っているアラームが三回ほど鳴って、ユウキのお母さんが電話に出た。


「もしもし、ホソカワコウです。ユウキ君はご在宅でしょうか?」


 家にいますよ、と言って欲しい僕の思いとは裏腹に、ユウキの母は言った。


「まだ、帰ってきてないのよ。テスト近いんだから早く勉強して欲しいのに……。コウ君、息子にどんな用かしら。何か伝言でも伝えようか?」


「いえ、お構いなく。そんな大した用事ではないので。失礼しました。」


 電話を切った。ユウキは家に帰っていない。ユウキはなんだかんだで真面目な奴で今まで夜遅くに帰ってきたことはなかったらしい。


 ユウキは死んだのか。タクミに殺されたのか。肩から手を切り落とされ、炎に包まれて消えた。底知れぬ恐怖に夕食をとることもままならなかった。


 これが悪夢なら目覚めて欲しい、そう思いながら布団に潜った。



 二日間の休日を勉強することなく、かといって遊ぶこともせず、ずっと横になっていた。


 まったく僕が食事をしようとしないものだから、母は心配して僕を病院に連れて行くと言った。


 しかし、身体はどこも悪くないのだ。別に病気じゃないからと断った。それからは心配をかけないためにもご飯は食べるようになった。



 日曜日の夜、家に一本の電話がかかってきた。母は食器を洗う手を止めて、ゴール音が鳴り続けている受話器を取った。


 母は話をしていくにつれて顔が強張った。しばらくして、僕に電話を代わるように言った。


 電話の相手はユウキの母親だ。ユウキの行方が分からなくなって、何か知ってないかと聞いてきたのだ。



 僕はあの事を話そうとも思った。しかし、こんな話を信じる人は居ないだろう。実際に僕自身でさえ疑っている。


 だが、実際問題、ユウキの行方は分からなくなっている。もう何がなんだか分からない。結局、ユウキの母親に有益な情報は話せなかった。



 受話器を置いた。母は心配そうに僕の顔を見つめている。だが、母は僕に何も話さない。そして僕は自室に戻った。



 ユウキの母親によると、一昨日の深夜に警察に相談したらしい。だが、目撃情報等は一切無く、ユウキの最後の目撃証言は、放課後すぐに見かけたという教師のものだった。




 朝日が顔に当たって目を覚ます。支度をして僕は家を出た。普段と違って、一人で登校する。


 クラスの様子はただ一点、ユウキが居ないことを除いていつも通りだった。クラスメイトの一人が今日は一人なんだな、と僕に聞いてきたことから、すべての生徒がユウキが行方不明になっていることを知らないということが分かる。


 そして、アンドウタクミの姿は教室にあった。いつものように近くのクラスメイトと話している。僕が席に近づくと、おはようと挨拶してきた。


 それからいつも通り、ホームルームの時間が始まった。ユウキのことに関して、担任の教師は入院することになったとだけ言った。



 そして今日も学校が始まった。だが、常に後ろにタクミがいるという恐怖から集中して授業中に取り組めなかった。


 ちょくちょく後ろを振り返るたび、タクミと目が合った。タクミはニコッと笑うだけでそれ以上は何もしてこない。



 午前の授業は終わり、給食の時間になった。


「コウ、今日は授業中よく僕と目があったけど、僕の顔に何が付いてる?」


 タクミが聞いてきた。僕は「いや、別に」と短く否定した。


「今日はなんだかテンションが低いね。やっぱりユウキが居なくなったから?」


 だらりと冷たい液体がおでこから垂れるのが分かる。あの出来事を見たかと聞かれたらような気がしたのだ。唾を飲み込めず、意識しないと呼吸が止まってしまう。


「普通に体調が悪いだけだから。明日には多分治っているよ。」


 タクミが黒であれ白であれ、とにかく話を逸らしたい。


「そっか。体調良くないんだ。そう言えば、先週の週の最後の日、ユウキもそんなことを言ってたっけな。」


「へ、へぇ。普段から一緒に居たから、どっちかが病気でもうつしちゃったかな。ははは......。」


「でも、安心して。ユウキはとっても最高な状態だよ。彼は解放されたからね。」


「解放? いったい何を言っているんだ。」


 突然発せられたタクミの謎の言葉に驚きを隠せなかった。俺が彼を腐った人間社会から解放してあげたとでも言うのか。


「うーん。言葉にすると難しんだよな。ほら例えば蝶はサナギから解放されて羽の生えた美しい蝶になれるだろ。そして、醜い幼虫を卓越した存在になれる。それと同じことさ。」


 意味が分からない。意味は分からないのにその解放という言葉に少し惹かれてしまう。怖いのに、恐ろしいのに、でもなんだか懐かしい。


「今日の放課後、夕暮れ時に体育倉庫と体育館の所に来て。僕が解放してあげる。」


 僕の本能がそれを承諾した。生物が食を求め、睡眠を求め、性的行為を無意識的に求めるのと似たような感じだ。



 


 カラスの鳴く、オレンジ色の空の下に僕は居た。あの日の空と同じだなと思う。風に揺れて、擦り合う草の音が心地よく響く。


 体育館と体育倉庫の間、ちょうどユウキとタクミがいた所に僕はいる。後ろから草を踏みつけてこちらに向かってくる足音が聞こえた。振り返ると、そこに居たのはタクミだった。


「来てくれたんだね。じゃあ始めるよ。」

 タクミは僕の所に来るなり、すぐに言った。


「解放ってどういうことなんだ? 詳しく聞かせて欲しい。」


「そんなに気になる? こんなことを聞いてくる人は初めてだよ。大抵は昼の説明をすると受け入れてくれるのに。」


 その理由は僕には分かる。ユウキが解放とやらで消えたのを目撃したからだ。解放によって消えることを知ってしまったのだ。


 じゃあ、なんで消されると分かってここに来たのか。それは僕にも分からない。決してただの好奇心なんてものじゃない。言葉にすると、やはりそれは本能であった。


「まあ、いいよ。長くなるけど、教えてあげる。人間というのは本来の姿を歪められた醜い存在なんだ。人間というのは本来、天界に暮らすいわば天使か精霊みたいな存在だった。まあ、以降は精霊って呼ぶけど。それで、精霊たちは嘘というものを知らない。だから騙し合い、貶め合うことなんて出来なかった。ところが何体かの精霊が嘘というものを知ってしまった。彼らは嘘をつかって他の精霊たちを貶め始めたんだ。そんな彼らの振る舞いを見た天界の主が、彼らを天界から追放し、人間という醜い姿に変えてしまった。」


 僕たちは人間に姿を変えられた精霊の子孫だというのか。にわかに信じがたい話なのに納得してしまっている自分が居る。


「彼らが追放されて長い年月が流れた。そんな中で、天界の主はそんな人間たちを哀れに思い始めた。そして、ついに天界の主は人間に姿を歪められた精霊たちの末裔を許したんだ。そして、人間の姿から解放してあげるという役割を担った精霊たちが、天界から降りてきて人間に姿を変えて解放して回っている。僕もそのうちの一人さ。」


 タクミはそう言い終えて僕にニッコリと笑いかけた。そして僕の右肩に手を掛けた。小さくて温もりが感じられる。


「目を瞑って。君はもう許された。今解放される時が来た。」


 素直に目を閉じた。体がどんどん軽くなっている。溶けて、まどろみに消えてしまう、そんな感覚がした。彼の手が触れていたはずの右腕の感覚がなくなった。



 その時だ。瞑っていた目を開けてしまったのは。目を瞑っているのはとても心地が良かった。ところが、今まで勝っていた本能よりも恐怖の方が勝ってしまったのだ。消えてゆくユウキの姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。


 地面には燃えて白い煙と化した自分の右腕があった。恐る恐る右の方を見ると、手はなかった。決して痛かった訳ではない。むしろ心地よかったくらいだ。タクミは僕が目を開いたことに気付いていない。



 タクミは次はと僕の左肩に手を伸ばそうとしている。僕は咄嗟にそれをかわした。そしてポケットに忍ばせていたカッターナイフで思いっきり、そのタクミの手を刺した。タクミの手からはしっかり血が滴り落ちている。


 だが、タクミは痛がる様子はなく、心底驚いたような表情をしている。しかし、タクミは微笑みを崩すことなく言った。


「おっと、まだ人の姿で何かやり残した事があったのかな? でも、安心して。僕はいつでも待っているからね。」


 そして僕のポケットにひと切れのメモ用紙をさっと入れた。


「それ、僕の連絡先だから。」




 人は得体の知れないものに対して、恐怖を感じる。何かのテレビ番組か何かでそういう話を聞いたことがあった。それは本当なんだなと今初めて理解する事ができた。


 僕は走った。何も言わず、恐怖に駆り立てられるようにして、人ならざる者のところから。



 あれから僕は入院させられた。最初は普通の大学病院だったが、途中から精神病院に変わった。腕はどうしたのかという問いにあの出来事を話してしまったのが原因だったようだ。もちろんあんな話誰も信じてはくれない。しかし、腕の事はどう説明すれば良かったのか。まるで初めから腕なんてなかったような感じだったのだから。







 左手でなり続ける受話器を手に取り、耳に当てる。上司に代わるべき内容だったから、そのまま上司の方に受話器を手渡した。上司は嫌そうな顔をしながらもそれを受け取る。


 無事退院できた僕は区役所の障害者枠で採用されることができた。もう働き始めて三年が経っている。精神病院内では、ただひたすらに大学病院で口走ったことはすべて妄想だったかのように振る舞い続けた。それでも退院するのにそれなりの時間が掛かったが。


 時計を見ると、勤務時間が過ぎていた。荷物を整理して役所を後にした。ところが、その途中で携帯電話をデスクの上に置き忘れていることに気づき、デスクの所に戻ることにした。



「右手がないからって仕事量が少ないのに、俺らと給料が同じって本当にふざけんなって感じだよな。」


「まったくだ。今日も挨拶もせずに、とっとと一人で帰りやがったしな。」


 同僚がそう話しているのが聞こえた。もちろん右手がないのは、この職場において僕しかいない。悪口を言われるのは日常茶飯事だ。確かに僕に原因があるのは分かっている。だが、もう生きるのに疲れていた。




 携帯は諦め、帰路についた。カラスが鳴いている。


 未だに実家暮らしだから、家で夕食を取るときは、連絡しなければいけない。今日は外で食べる気もしなかったので家で食べることにした。


 携帯がないので仕方なく、公園に備え付けられた公衆電話を使った。何十年も昔からあるのか、かなりボロついていて、夕方なのにもう虫たちが明かりに吸い寄せられるようにして、上の方を飛んでいた。



 財布を開け、十円玉を取ろうとする。その時、ふと、財布のカード入れに入っている一枚メモ用紙が目に入った。そのメモ用紙はグチャグチャになっていて、電話番号らしき数字の羅列が並んでいる。




 僕の指は家の番号ではなく、その番号を入力していた。神様がどうだとか、解放だとか、そんな話はどうでもいい。僕はただ疲れたのだ。 




 いつ書いたか分からないものが発掘されたので、折角だから投稿しました。(確か、中学生の時に書いた奴だった気がしますが)


 長編の異世界物の『300年の審判』というものも書いておりますので、興味がある方は是非読みに来てください。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まず、手からというのには何か意味があるのか。 [気になる点] 心の動きや展開に説得力が欠けるところ。 [一言] 後書き通りなら、今リメイクしてみたらだいぶ変わるかもしれません。
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