煙草
「どうして煙草を吸い始めようと思ったんですか?」
暗い窓の外、静寂を嫌うかのようにここ最近、常に降っている雨を眺める。そんな夜更けの自分に酔いつつ窓辺で紙煙草を吸っていると、彼女はそんなことを聞いてきた。
「先輩の周りには吸ってる人はいないから誘われないだろうし、そういうのに憧れるタイプでもなさそうだし、なんでそんなものを吸い始めちゃったんですか?」
「うるさいな。別に俺の勝手だろ。」
「ええー、いいじゃないですかー。教えてくださいよ。」
「知らん。吸い始めたときにそういう気分だったんだろ」
「えー、絶対に嘘です。さては何か裏がありますね?」
適当なことを言って受け流すと大体こうなる。彼女はいつもそうだ。何かに興味を持つと駄々をこねる子供のように、こちらの都合にはお構いなしに質問責めを始めるのだ。
ため息混じりに俺は尋ねる。
「笑わないか?」
「保証は出来かねますが、努力はしてみます。」
「ならおやすみ」
「わーわー分かりました分かりました!笑いませんって」
「ならいいが」
そう言って俺は、ふーっと長く煙を吐き出してから話し始める。
「俺、子供のころから自分のことが嫌いだったんだ。勉強もスポーツも人並みにはできたが、何をやっても一番になれることはなかった。そんな俺は大人から褒められることも叱られることもなかった。そこで寂しいって言えたなら良かったんっだが、そんな主体性もなかった。そんな空っぽのまんま大学まで来ちまったんだよ」
「はぁ。それで何が言いたいんですか?」
不思議そうに小首を傾げつつ、話を急かす。
「まあ聞けって。それでまあ、簡潔に言うと死にたかったんだよ。生きてる意味が分からなかったし、自分に将来性も感じなかったんだ。でも死ねない。そこまでの理由はないからな。だから、できるだけ生きる時間が短くなるように生きようと思った。」
「それで煙草ですか?」
「それ以外にもいろいろやったさ。酒、偏食、バイトしまっくたり睡眠時間をできる限り削ったり。他にもバカみたいなことを思いつく限りやった。あれはあれで楽しかったな。それで、気づいたら病院にいた。医者が言うには本当に死にかけてたらしい」
「ほぇー。頭がおかしいとは思ってましたが、かなり飛んでますね。」
「それからは本当に死ぬのが怖くなった。ただ、煙草だけはやめられなかった。それだけだよ」
「あはは、なんですかその落ち」
小馬鹿にしたようにけたけたと笑いだした。笑わねぇって約束だろ…と口に出しても意味がないので心の中で突っ込んでおく。
「でも、良かったです。そこで先輩が死ななかったから、私は今こうして楽しく生きてられるんですから。」
「……勝手に転がり込んで来といて何言ってんだよ。」
「あ、今もしかして照れました?」
「ちっ、もう寝るぞ」
そう言って煙草の火を消し、窓をしめて電気を消す。
「はーい」
彼女はにやにや笑いつつ、珍しく素直に寝室に消えていった。
俺もいつも通り、ソファに寝そべり目をつむる。雨はまだ強く地面に降りつけ、当分止みそうにない。
「煙草、やめるか」
そんなことを思いつつ、深い眠りに落ちていく。