第七話_傷より痛むもの
頭を守るため徐々に味方が引き始める、それに乗じて敵の進軍も勢いを増す
そして志斎の隊と敵の進軍隊がぶつかり合った。この隊というのは将軍に接触させない為の最後の砦的存在だったのだが、そんなことも言っていられないほど戦況は悪化していた。
敵に押され結果的には残る兵全員が志斎の隊に合流して戦う形となってしまった
志斎は自分の命など気にしていなかった
否、正式には気にするまでもない、といったところか。他人を守ることに集中出来るほど余裕があった
その成果もあり、少なくとも志斎の隊員は誰一人として命を落とすことがなかった
しかし、それも虚しく将軍の首は落ち、戦いの幕は閉じようとしていた
仕方の無いことだった。明らかに人数が違いすぎる、もし人数が同じならば実力的に、こちらが勝っていただろう、そんな戦いだった。
負けた我々は、もう戦いなどする必要が無い
あとは逃げるだけ
勝者も同じこと、この戦いを続ける必要などない、しかし今後も他の敵と戦いは続く。ならば少しでも戦力を残して帰るのが得策だろう
実際、撤退命令は出ていたのだ
しかし、生きて帰るものを逃がさんとして命令に背き、逃げ帰る敗者の我々を追いかけてくる者達もいた
「ここは俺が食い止める だからその間に逃げてくれ」
志斎は走る足を止め、体を敵の方へと向け刀を握った。鞘から刀を抜く時に鳴る金属の音が反響して聞こえる
それは反響などではない。こんな場所で反響するはずがない、他にもいたのだ。志斎と同じく刀を抜くもの達が
「何をしている 早く逃げろ」
志斎の隊員達だった
「隊長を置いて、俺たちだけ逃げるなんてことは出来ません」
しばらく戦いは続き、危機を感じた敵が徐々に引き返していった。そしてもうすぐ終わろうという時のこと
もはや志斎の体力は限界だった
一人の敵が二人に見える。真っ直ぐ立っている感覚が無い。限界は遠に超えていた
この戦いで初めて、志斎は痛みの感覚を味わった。志斎はその場に倒れ込む。もはや力も入らない そんな状態で何とか声を出すことだけに集中した
「頼む 逃げてくれ」
志斎が倒れた途端、残る隊員達は次々に負傷していった。そんな状況にも関わらず彼らは志斎を守ろうと必死だった
「やめろ 逃げてくれればそれでいい だから」
隊員の一人が志斎の言葉を遮る
「俺たちの覚悟はどうなるんですか」
その声は志斎の意識を一瞬にして引き戻すほど、必死だった。
「俺たちだって隊長をお守りする覚悟 命を落とす覚悟をして ここに来たんだ 守られに来たわけじゃない」
志斎は自分の痛みなど、もはやどうでもいい
ただただ隊員の痛みに耳を傾けるだけ
「俺達は弱いです でも死ぬことなんて怖くない 一番怖いのは何も出来ずに生き延びることだ」
その瞬間、志斎は動けた。戦えるほどに。
しかし立ち上がった志斎は刀を鞘へ納め、自分の隊員達が戦う姿を、ひたすら見守り続けた
自分が手を出せば確実に全員生き延びて帰ることが出来た。それを知りながら隊員達が傷ついていくのを見続ける
それは、どんなに強い相手と戦うよりも辛く、痛い。今までに味わったことの無い痛みだった