第五話_覚悟
三年の時が経ち、村も復興しつつある
しかしあの出来事は村の歴史に大きく深い傷として刻まれた
「なぁ矢鶴」
晴天の下、昔と同じように畑仕事をする志斎が空を見ながら優しく言葉をこぼす
「俺たちが今見ている空の下で顔も名前も知らねぇ奴らが生きているんだよな」
矢鶴は作業をする手を止めることなく聞いていた。ほんの数秒の沈黙の後、矢鶴が口を開く
「急にどうした」
志斎はずっと空を見上げたまま、こう語った
「この国にはこんなにも綺麗な青空の下で戦い、命を落とす奴がいるんだ」
矢鶴は作業の手を止め、志斎と同じように空を見上げる
「勿体ないと思わないか、この空を見れない奴がいることが 争いがなければ皆こうして空の下で平和に暮らせるんだ」
志斎は視線を矢鶴へと移す、同時に矢鶴も志斎と目を合わせる
「俺が今、刀を握ることで救える命が少しでもあるならその道を選びたい」
志斎は両手で矢鶴の肩を掴む、矢鶴は少し驚いた表情で志斎の顔を見続けた
「例えそれが修羅の道であろうと」
矢鶴は優しく志斎の手をどけ、空を見上げる
「知らん」
志斎は驚いた様子を見せ、すぐさま何か言いたげに口を開くが矢鶴は続けて話した
「お前の人生だ 俺が口出しする事じゃない ただ一つだけ願うとするなら……後悔しないで欲しい」
そんな会話をした日から、時が経ち志斎は村をでて戦場で戦う兵士として生きることになった
志斎の実力と才能は、本物の戦場でも真価を発揮し、瞬く間に隊長格へと上り詰めた
しかし志斎には大きな問題がある
「てめぇ人を殺せないらしいな」
それは、とある大きな戦の前日のことだった。志斎にとって、これが最後の戦になることを志斎はまだ知らない。
志斎は背後からの声に驚いた様子で振り返る
「知ってるぜ 何人か殺した敵は居るが ほとんどを浅い傷と峰打ちで誤魔化しているってな」
そいつは志斎に反論の隙を与えず語り続けた
「お前は新入りだから、目立つんだよ だから色んな奴に実力があると勘違いされて隊長格まで上り詰めれたんだろ 本当は実力なんかより大切なものが無いんだよ てめぇには」
何も言い返せなかった
志斎は覚悟を決めたつもりだった、しかし実際には人を殺すことも出来ない半端な気持ちだったことに戦いを通して気がついた
逃げてきた、覚悟ができていないという事実から。しかしそれを、こんなにもハッキリと突き付けられ、今まで無かった感情が湧き始めた
それは恐怖
殺さないといけないという恐怖、そして守らないといけないという恐怖
戦を目前に控えた志斎にとっては辛すぎる
『混乱』だった