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戦闘狂は今日を楽しむ  作者: 椿 飛輝
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第四話_何かが変わる時

「馬鹿野郎」


 がなりたてる その声に志斎は聞き覚えがある


 目の前に立つ武士の腹部からは勢いよく、刃の先が飛び出す。同時に口から血を吐き呼吸が乱れ、地に寝そべった武士は必死に酸素を取り込もうとしている


 先程まで武士が立っていた、その場所には険しい顔の矢鶴が立っていた。右手に持つ刀から流れる血は足元に血溜まりを作っている


「お前……」


 恐怖と絶望で上手く言葉が出てこないが詰まりながらも、たった三文字掠れた声で語りかける


 一瞬目が合い何か言いたげな表情の矢鶴だったが、何かを思い出したかのように闇の中へ走り去っていった


 志斎は混乱したまま矢鶴の後を追うが、その足はすぐに止まり先程の武士の元へと駆け寄った


 もう息はない

 そこにあるのは一年間共に過した者の死体と、そいつの刀。志斎は血の池に浸かっている刀を手に取る


「重い」


 いつも木の枝でチャンバラをしている志斎にとって、本物の刀というのは重く感じるものだ

 しかしこの時の『重い』という言葉は単に重量を表すものでは無かった


 村の悲劇を現実として受け入れる重み、命をかける重み、そして誰かを殺すということの重み

 それらは、この戦の時代で避けることの出来ない『戦い』に対しての覚悟の重みだった


「最悪だ」


 血の匂い 剣から手につたる血の滴、この状況において何もかもが志斎の憎悪の心を掻き立てる


 刀を鞘に収め、再び矢鶴の方向へ駆け出した

 耳を澄ませば先程までの悲鳴はもう聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは鋼がぶつかり合う音だ


 走りながら音の方向へと視線をずらし、そのまま視線の指す方へ走り直す。

 見えてきたのは矢鶴と二人の男が斬り合う姿


「餓鬼一人が実戦で大人二人に勝てるわけねぇだろうがよ」


 斬り合うというのは正確ではない。

実際はもっと一方的で、もはや遊ばれているというのが正しい表現だろう


「もうよくないか? 遊びはここまでにしても まだ殺らないといけねぇ人は沢山いることだし」


「そうだ なっ」


 男の一人は矢鶴を強く蹴り飛ばす

後方に飛び、同時に刀を手放した矢鶴に容赦なくもう一人が斬り掛かる


 志斎は矢鶴の元へ駆けつける

手前にいる武士を斬りつけた後、勢いを殺すことなく奥にいるもう一人と矢鶴の元へ走り続けた


 矢鶴に刃が触れる直前 滑り込み、身体を武士へと向き直した志斎の刀が、それを阻止した


 この時志斎は気づいていないが、完全に足音を消していた。消していたのか、消えていたのかは分からないが志斎の訪れを誰も気づかないほどに静寂を持って駆けていた。


「この村で生きる人全員の命を俺が授かる」


 鍔迫り合いの状況で志斎が押し込むことにより、相手に隙がうまれた

 その隙を逃すことなく、致命の傷を相手の胸元に刻み込んだ


「生かすも殺すも俺が決めることだ」


 その声は先程まで混乱していた志斎からは考えにくいほど冷静で、どこか冷たさを感じた


 初めて殺しをしたこの瞬間、志斎の中で生き方が変わるのを確かに感じ取っていた。それは矢鶴も同じことだ


 憎悪に満ちた目はもう一人の敵へ向けられる

斬られた痛み、味方の死、子供に負けたという事実、今一番混乱しているのは武士の方だった


「何がどうなってやがんだ」


 斬られた傷口を押さえ膝を震わせながら立ち上がる

 錯乱したのか大きく笑みを浮かべながら目を見開き傷口を押さえていた手は刀へと握り直された

 しかし目の焦点はどこにも合ってない


「たまたまだ……たまたま負けたんだよ!こんな餓鬼に俺が負けるわけねぇ」


 雷鳴の如く唸りを上げた叫び声と同時に、志斎目掛けて斬りかかろうとした時、焦点を合わせた目は志斎を捉えることが出来なかった


 動きの速さの問題ではない

既にそこには居なかった

混乱している間に移動していた

ただ、それだけの事


 たったそれだけの事に気を配れなかったのは混乱していたから、という理由だけで片付けられるものでは無いだろう

 『足音』敵の位置を理解し敵の動きを教えてくれるのは、この足音なのだ


 志斎にそれが無い以上、敵にとっては混乱した瞬間に負けが確定していたのだ


「お前は殺す」


 背後から聞こえる小さな声からは考えられないほどの殺気を感じ取ることが出来た

 ほんの一瞬の出来事だ

 背中の下部から胸にかけて斜めに刺された刀は貫通し、そのまま鋸を引くように刀を抜かれ、武士の命は尽きることとなった


 そこに残ったのは、血に染まる志斎とそれをただ見守り続けた矢鶴 そして二つの死体と戦いの跡だった










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