第三話_平和の崩れ
颪柴 志斎
小さな集落で育った彼は、ひたすらに幸せな日々を送っていた。
父と母は確かにいたが、彼にとっては集落の大人全員が親で集落の子供全員が兄弟みたいなもの
非常に豊作で食料に困ることも無く、かなり恵まれた生活を送っていた。
近くにある木の枝を削り、暇な時間は仲間とチャンバラごっこをするのが日課だ
「おい志斎 今日こそぶちのめしてやるからな」
「望むところだ」
このやり取りも、もはや毎日の恒例行事だ
志斎はいつも満面の笑みだった
「おーい、また矢鶴の奴が志斎とやり合うらしいぜ」
「またか あいつも懲りねぇな」
他の者もまたその戦いを楽しみにしている
「おーい始まるぞ 早く早く」
ぞろぞろと村の子供達が集まってくる
「いよいよだ 始まるぜ」
最初の一撃は誰もが緊張する瞬間だ
ゴクリと唾を飲み矢鶴が棒を振り上げたとき
「こらっ また仕事サボって お遊びは仕事が終わってからでしょ」
若い女の怒声が響き渡ると同時に「やべっ」と一言。全員が一気に解散する
幸せだった。集落の外を知らない純粋な子供たちは血を流し戦うものの存在も知ることなく、ひたすらに平和な日々を過ごしていた
しかし、悲劇は突然に訪る
集落に突然訪問してきたのは、戦に敗れ逃げ延びた武士達だった
血を流し、今にも死にそうな人間の姿は彼らに忘れることの無い恐怖を植え付けた
残念ながら命を落とすものも少なくはなかったが十人近く居た武士達のうち4人が生き残った
彼らが来たからと言って特別な変化は無い。
一緒に仕事し、一緒に飯を食い、一緒に寝る、ただ一緒に過ごす集落の人間が増えただけ
それから一年ほど経っただろうか、いつもの様に一日を過ごし何事もなく寝床についた
しかし、その眠りは村の住民の悲鳴で妨げられることとなった
志斎は急いで外へ出る、月明かりが照らしたのは血まみれの障子窓
あまりの衝撃に動けずにいると隣の家のドアが勢いよく開いた。そこから出てきたのは血を吐きながら必死に逃げようとする村の大人だった。
その大人を大きな影が覆い尽くす。その影というのは訪問者の武士のものだ 逃げようとする村人に容赦なく刀を突き立てる
志斎は何が起こっているのか分からない
何をしたらいいのか、逃げるべきなのか、戦うべきなのか。そんなことも考えることが出来ずに、ただ立ち尽くしていた
志斎の目の前が暗くなる。我に返った志斎の眼前には武士が刀を振り上げ、立たずんでいた