08 ミル
「一つ目なのですが、ここは授業が行われているのよね?先生はどこにいらっしゃるのかしら?」
「えと、ここで授業…というのはどういうことか聞いてもいいでしょうか?」
「そうね。授業というものが私にはあまりよくわからないのですけど、みなさんは授業というものをどのようにして受けているのかしら?」
ミルはルルアージュの言葉に顔を引き攣らせた。学園で悪魔の名高いルルアージュ。彼女は近づく身分の低い者には罵倒をし、顔も身分もいい異性にはすり寄ると聞いていた。身分が低く頭の悪いミルはできる限り彼女に近づかないように接していた。ところが、彼女は授業の定義を知らないらしい。道理で、授業中にも王子に絡んで怒られたなどの話が持ち上がるわけだ。彼女の家は彼女にどのような教育をしていたのだろうか。
「この学園の授業形態は一斉授業です。教室という所で大体同じ身分の人が集まって一人の先生の話を聞きながら勉強するという感じですね。ルルアージュ様は一年生の中でも身分が高いので玄関入ってすぐ左が教室でしたね。ちなみにここで授業は行われていませんよ」
ミルの言葉にアウレイアはショックを受けた。
「ってことはこの学園というところは『学校』という概念を取り入れたものの名称のことを言うわけね。了解したわ。二つ目なのだけど、ここはどこなの?」
よくわからないことを言うルルアージュに変な顔をしながらもミルは聞き逃して次の質問に対して答える。
「ここは図書館室です。色々な本をこの室内で読むことができます。本を借りる場合は担保として金貨一枚を司書に預け持ち出すことができます」
「書庫みたいなものね。分かったわ。最後に。どうしてあなたは授業がもう始まっていそうな時間なのにここで本を読んでいらっしゃるの?」
「っ!?」
アウレイアの質問に対してミルは明らかに動揺を表した。口を開けまいか、開けるのか悩んでいるようだ。アウレイアは辛抱強くミルが口を開くのを待った。
「る、ルルアージュ様は本当になにも知らないのですね」
彼女が最初に言った言葉は自分の心を押しつぶしたかのような悲しい声だった。彼女はそこから自嘲気味に早口で話し始めた。
「私はミル・ウィスキー。ウィスキー男爵家の次女です。男爵家と言えば平民と貴族の丁度境目。貴族では最も身分の低い身。お金もありません。よって、勉強をする時間はお金を稼ぐ時間に費やされました。さらに、私は愚鈍で要領も悪いため、この学園では底辺の学力です。当然授業にはついて行けず、学園の寮で暮らしているわけですが、とうとうこの間学園長の方から授業の邪魔になるので自主学習にしますと言われたのです。だから、今私はこうして図書室で書物を読み漁り勉強しているのです。お分かりになられましたか?」
どうぞ笑ってくださいとばかりに自嘲気味にそう言ったミル。アウレイアは彼女が出会った時に持っていた本を見た。
『ラレリール王国の歴史と人物』
ラレリール王国とは今いる土地のことであろうか。とにかく、ミルが頑張って勉強しているのが感じられた。
「あなたは、ここで勉強をしてらしたのね。それは邪魔して申し訳なかったわ。あと、もう一つ聞いていいかしら?」
ミルの話を何事もなかったように流し、質問を重ねるルルアージュ。ミルは瞬きを何度も繰り返し、はい?と首を傾げた。
「私にまだ質問するのですか?私は大した学のない人間ですよ?軽蔑しないのですか?」
「あなたはこの世が学力だけの世界だとお思い?」
ルルアージュの問いに対してミルは押し黙る。そんなわけない。けれど、この学園ではこのような考えが風潮となっている。もしかして間違っているのは自分なのでは?学の無い人間は生きるのが苦しいそんな世の中だったのでは?
「私は違うと思います」
ルルアージュの一言で弾けたようにミルは顔を上げた。
「もし、この世は学が全てなんていう考えを持っていたならば、戦争は起きないわ。平和に対しての学を深めた人間が国を平和に導こうとする。多くの人の命が簡単に失われるような戦争なんて馬鹿げた考えはしないでしょう。そして、剣なんてものが発展するわけがないわ。むしろペンが発展しているでしょう」
わかる?とばかりにミルの表情を確認してくるルルアージュにミルは不機嫌になった。
「そんなの私でも分かります」
「ならいいわ。だから私が、学がないと言っているあなたを軽蔑するわけがないわ」
「…そうですか」
「そうよ。ところで、質問していいかしら?」
相変わらず質問してもいいかと聞いてくるルルアージュにミルは深くため息を吐いて仕方なさそうにいいですよと答えた。
「ありがとう。ここはなんていう王国で今は何年なのかしら」
ルルアージュはそれを知らないことが異常ではないと言わんばかりに堂々と質問してきた。実はミル、ルルアージュのことを見直していた。学がないから軽蔑するなんてするわけがない。そう否定してくれたのだ。嬉しくないなんてことありえない。ただ、今の質問でミルからルルアージュへの好感度は±0に戻った。結局の所、彼女は学が全てなんかじゃないという考えを持っているのではなくて、学自体を疎かにしているだけではないか。そんな考えが浮かぶ。
「…ここはラレリール王国ですよ。創立期二百十年の王国です」
答えを聞いたアウレイアは自身の生きている時代にその王国があったかどうかを思い出す。思い出せない。自分が生きていた頃は動乱期と言えるほど多くの国が滅んでいた。その中でできた王国なのかもしれない。
「そうなのね。…私も学がない人間といえばそうなのかもしれない。もし、なにか私が分からないことがあれば教えてくれると嬉しいわ。私も分かることは教えるつもりよ」
ミルは学に関して他人に頼られたのは初めてであった。嬉しさを心の奥に隠して深く頷いた。アウレイアはふと、本棚に貼られている貼り紙に目が行った。
『学園内での部活奨励
本校にいい影響をもたらす部活の創設を奨励します。
部活を創設し、豊かで充実した生活を送ってみましょう!
部活成立条件:三名以上で申請し、生徒会長の許可を取った者』
「あら、これは良いわね。ねえ、ミル様。部活を作ってみる気はなくて?私に放課後勉強を教えてくれないかしら?もちろん私もあなたが知りたいことを頑張って調べて教えるわ」
急に提案されたことにミルはあんぐりと口を開けた。部活。それは、様々な形のものがあるが、貴族はサロンやお茶会、舞踏会など様々な行事がある。そのため、部活動を行うという生徒は少ないのであった。むしろ、部活動はステータスではなく、デメリットとなりうるものであった。それにも関わらず、ルルアージュは部活を作ろうと言っているのだろうか。自分にとっても悪いことなのなぜか笑いがこみあげてくる。自分がこの部活に入ってルルアージュに振り回されている様子が目に浮かぶのだ。ひいひいと言っている自分、でもなぜか心の中にはやめたいではなく、楽しいという感情が浮かびあがっている。気づいたらミルは言っていた。
「いいですよ」
思い付きで提案したもののすぐに良い返事が返ってきた。そのことにアウレイアは一瞬動揺したものの、気を取り直して部活名を考える。
「部活名はどうしたらいいのかしら…。『ルルアージュに教える会』なんてどうかしら?」
アウレイアの提案にミルは顔を顰めた。
「…なんですか、それは。確かにそんな内容の部活ですが、人名を入れた部活名ほど恥ずかしいものはありませんよ」
「じゃあ、『教えあいの会』とかどうかしら?」
めげずに次の案を上げるアウレイア。
「安直すぎます。『シティーレアの会』にしましょう。勉学の女神シティーレアのように教養が深い人間になれますように意を込めて。まあ、実際なれるわけないと思いますが」
.ミルがルルアージュに対して提案してみる。その提案にルルアージュは目を輝かせた。
「それは非常にいい案だわ!!それで行きましょう。さすが、ミル様。頭が良いわ」
褒められたミルは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「いえ、頭がいいわけじゃなく、ルルアージュ様の頭がお粗末なだけかと」
アウレイアはミルの言葉を悪口ではなく、照れているだけだと判断して流すことにした。
「では、早速生徒会というものに申請を…」
次回は3/21 12:00に投稿します。
えっと、ランキング載りました…ありがとうございます(戸惑い)
3/23 シティーレアの部→シティーレアの会に訂正