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06 学園

本日2回目の投稿となります。前話を見ていない方はそちらを見てからお読みください。

「失礼します。ルルアージュお嬢様、そろそろ学園へ向かう時間です」


アウレイアがお茶を飲み終わり、しまい、部屋の本を漁っているときにライネルがノックをして話しかけてきた。アウレイアは扉越しに返事をして言われた授業用の鞄を手に取り、部屋を出た。


部屋の外で待ち構えていたライネルはルルアージュが出てきたのを確認して、横へ一歩ずれる。その時にルルアージュから美味しそうな甘い香りが漂ってきたので首を傾げた。


「…お嬢様。なにか甘い物でも食べましたか?」


いきなり質問されたアウレイアは心拍数を徐々に上昇させながら障りのない回答を探す。


「…いいえ?どうしてそう思うのかしら?」


返答したルルアージュの真意を読み取ろうとライネルはルルアージュを見つめる。ルルアージュは嘘を吐くと必ず瞳が揺れるのだ。しかし、今回は揺れていない。つまり嘘は吐いていない。そう思ったライネルは聞いてみただけですと言って目を逸らした。ただ、このお嬢様は朝からどこかおかしいと考えながらも。本当だったら、朝、ルルアージュと関わるだけ十回ほどはルルアージュにキレられるはずであった。横目でルルアージュを見れば彼女はいつも持たせる荷物を自分で持ち、真剣な顔で腕や服の匂いを嗅いでいた。


少しして屋敷の外へ出てきたアウレイアは目の前に馬車が一台止まっており、その中にリリアージュとその護衛が座っているのを視認した。今まで後ろを歩いていたライネルが横に出て、アウレイアに手を差し伸べる。


「では、お嬢様。気を付けて行ってきてください」


アウレイアは差し出された手に緊張しながら自分の手を乗せる。アウレイアにとって前世も入れて初めて異性の手に触れる瞬間であった。ライネルの手に触れてみると彼の手は温かく、大きく、逞しいきちんとした男の手であった。そのまま馬車に乗せられ、ライネルの手は離れて行った。一人、馬車の前でお見送りをするライネルに対してアウレイアは口を開いた。


「ライネル。ありがとう」


それは、アウレイア自身、どうして感謝の言葉を発したのか分からなかった。お礼を言われたライネルは笑顔から一変酷く驚いた顔をした。無慈悲にも馬車はライネルが我に返る前に出発していく。小さくなっていったライネルが見えなくなったあと、アウレイアは正面を見ると驚いた顔をしているリリアージュと目が合った。


「お姉さま。どうしてライネルにお礼を言ったのですか?」


思わず出たという質問だったようで、口を開いたリリアージュは「あっ」と声を上げて口を押えた。ルルアージュは気にした様子もなく、


「私にもよくわからないわ」


と返した。


アウレイアは馬車に揺られながら、アップルパイに思いを馳せていた。香ばしい匂いと食べた瞬間に口の中に広がる林檎の酸味と甘味。この組み合わせに優しい味のパイが合わさっている。ナイフやフォークで刺した瞬間に耳に聞こえるサクッという軽快な音。食べた時の歯ごたえ。ああ、アップルパイ。早く食べたい。


「あ、お姉さま。ハンカチを返すのを忘れておりました。ありがとうございます」


頭の中に広がっていたアップルパイはリリアージュが話しかけた途端に消えた。砂漠の蜃気楼のように消えていったそれを残念に思いながら、アウレイアはリリアージュに謝る。


「こちらこそ、先ほどは申し訳なかったわ。あなたのような綺麗な顔を台無しにしてしまって…。もう大丈夫なのかしら?」


リリアージュは大きく目を見開いた後に柔らかく微笑んだ。


「ええ。大丈夫ですわ。湯浴みもしましたし、服も着替えました。大して被害はなかったので気にしないでくださいませ。そう言えば、このハンカチの刺繍は見たこともない程お綺麗ですが、どなたかに貰ったのですか?」


ふと、アウレイアはリリアージュが手にしているハンカチを見た。白いハンカチに、薔薇とコーヒーの入っている刺繍がカラフルにされている。何処かで見たことがある。少しした後アウレイアは思い出した。


「まあ、友人にもらったハンカチですわ。男性であるのに細かいこともできる友人が縫ったのでしょう」


そう。このハンカチはアウレイアの数少ない前世の友人が手ずから縫ったハンカチであった。武人であった彼は戦場では細身の剣を愛し、太い剣を器用に壊して回っていた人物であった。思い出しながらリリアージュにハンカチを受け取り、バックに仕舞う振りをして亜空間に仕舞った。


「まあ、お姉さまにはそんな素晴らしいお友達がいるのですわね。私もお会いしてみたいわ」


手を叩いて妹が言った。


「残念ながら、その友人は遥か彼方の遠い場所にいらっしゃるのでお会いできませんわ」


もうアウレイアが死んで何十年も経っているはずだ。生きてはいないだろう。過去を思い出し、悲しい気持ちでいると、急に男の声が聞こえた。


「あなたは、男性の友人をいつお作りになられたのですか?」


周囲を見渡すと、鋭い視線でこちらを睨みつける赤い髪の護衛が目に入った。真意を探るような視線を向けてくる彼はもう一度同じ問いを発した。


「男性の友人をいつお作りになられたのですか?」


「…ずっと昔に、よ」


「ずっと昔?覚えておられないようですが、私はあなたが三歳の時から数年間護衛を担当させていただきましたが…」


アウレイアは表情には出さないものの心で驚いていた。誰が、妹の護衛が昔自分の護衛であったと想像できるだろうか。そんな想像ができたら、きっと何事も疑い深い性格になっているに違いない。


「…そう。残念ね。三歳前の話よ。きっちり頭で覚えているもの」


これは本当のことだ。年代的にルルアージュが生まれる前に自分は生きていた。アウレイアはそう考えている。


「それより前?二歳…?」


護衛は眉を寄せ、顎に手を添え独り言のように呟いた。ただ、アウレイアとしては護衛の発言に納得できない面があった。この護衛だが、ルルアージュ・リリアージュが十二歳に対して、少し大きいものの身長は一般の男性ほど大きくはない。一個上か二個上と考えるのが妥当の年齢であると考えている。その為、彼が自分の護衛だったとすると、アウレイアが三歳の時、彼は四歳か五歳くらいということになる。この時期から護衛をするのだろうか。そして、そもそも…なぜこの護衛は担当を外れたのだろうか。


「「え?」」


リリアージュと護衛騎士が二人そろって声を上げたため我に返ったアウレイアはそちらを見ると揃って不思議そうな顔でこちらを見ていた。どうやらアウレイアは知らない内に自身の思考を口に出していたらしい。


「お姉さま…、覚えていないのですか?」


リリアージュの質問にアウレイアは首を傾げた。


「リリアージュ様、よろしいのです。ルルアージュ様が覚えていないというなら私はそれまでの存在だったということ。致し方のないことです」


護衛が悲しい顔でリリアージュに言う。


「そんな…、それではアーヴェンが報われませんわ」


「リリアージュ様…。あなたはなんというお優しいお方…。アーヴェンは一生ついて行きます」


護衛、アーヴェンはリリアージュに向かって騎士のように敬礼を取った。リリアージュはそんなアーヴェンに花のように笑いかけた。


「ありがとう。でも嫌だったらいつでも辞めてもいいのよ。お姉さまの時のように」


リリアージュの言葉に耳を傾けていたアウレイアは一つの情報を入手できた。アーヴェンはルルアージュの護衛の仕事を辞めたくて、辞めたらしい。


「心遣いありがとうございます。ですが、そのようなことはないと思います」


アーヴェンはそう言って嬉しそうに頬を染めた。視線の先にはもちろん優しい微笑みを浮かべたリリアージュが座っている。アーヴェンとリリアージュ。二人とも顔が整っているため、何処かの小説にでも出て来そうな一風景の様な展開が目の前に広がっている。その糖度の量にアウレイアは気持ち悪くなってしまった。


馬車酔いした気分を晴らす為、馬車の隙間から見える街の賑やかな風景に視線を向けていれば、馬車が停車した。


「どうやら、到着したようですね。ささ、リリアージュ様、御降り下さい」


「ありがとう、アーヴェン。お姉さま、先に失礼しますわ」


「ええ」


アウレイアは返事をしてリリアージュを見送る。その後アウレイアも降りるわけだが、エスコートをしてくれる人がいない。あきらめてアウレイアは一人で学園へ降り立った。そこでアウレイアはあることに気付いた。学園の授業のスケジュールは把握している。しかし。


「どこで学ぶのかしら」


取りあえず疑問は置いておいて学園内を進む。城壁のように分厚い壁を潜り抜けた先には白い石でできた綺麗な建物と色とりどりの庭園が広がっていた。様々な花が花壇に植えられ輝いている。ただ、アウレイアにとって残念なのはこの綺麗な場所においての視線の痛さである。警戒、侮蔑、憎悪、様々な悪感情の視線がアウレイアへと向けられている。アウレイアにはこの状況下の中、綺麗な景色を眺めるということはできない。よって、視線から逃れるように建物へと入って行った。


次回は2/19 12:00に投稿します。

3/22 男性の癖に細かいこともでき友人→男性の癖に細かいこともできる友人

に修正しました。「る」が抜けてました。

教えてくださった方、ありがとうございます。

冒頭部分がリリアージュとなっていたため、ルルアージュに直しました。

指摘くださった方、ありがとうございます。

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