05 ご飯
アウレイアが目を開けるとそこは静かな湖畔であった。どうやら人がいる気配はなく、周りは木に囲まれていた。念のため『周辺探知』の魔法をかけてみれば精霊もいる気配はなく、魔物が闊歩しているといった感じの場所であった。所謂人の住めない土地である。ぐるぐると声が聞こえたので振り返ってみれば、真っ黒いオオカミのような魔物がこちらを伺っていた。
ダークウルフという魔物である。闇の僕であり、ケルベロスに近い存在として恐れられているこの魔物は雑食で凶暴な性格を持っている。周囲に人や精霊がいないのは彼らを恐れてのことであろう。このダークウルフはアウレイアの生前いた国で冒険者ギルドDランク指定の魔物であった。
アウレイアのいた国の冒険者ギルドでは初心者はFランク、英雄と呼ばれる者達はSSランクと呼ばれていた。DランクというのはFの二個上のランクの冒険者が倒せるレベルであるちなみにランクは戦闘力と実績で分けられているものであり、実績と力が釣り合って初めて上のランクへ上がれる。この話は置いておいて。
このダークウルフは子供では太刀打ちできず、精霊も油断するとやられるという強さなのだ。好き好んで常に警戒しなければいけない場所へ人と精霊が行くわけない。そんな所以でこの地には誰も寄り付かなかった。
幸運なことにアウレイアはこのように人が誰も寄り付かぬ土地を探していた。亜空間から光属性の付与されたナイフを取り出し、ダークウルフに向かって跳びかかる。ダークウルフが臨戦しようと跳んできたところで右手に持ったナイフを目の前に翳す。すると、何が起きているのだろうか。全く見当違いなところに置いたナイフに向かってダークウルフは宙に浮いている状態で進行方向を無理やり変えた。次の瞬間にはナイフが喉を切り裂いていた。アウレイアは跳びかかってきたダークウルフの首が綺麗に裂け、鮮血が舞うのを見届けると、ロングワンピースを翻し、二体目のダークウルフへナイフを翳す。唸り声を上げたダークウルフが跳びかかって来たと同時にナイフで止めを刺し、次の敵へと向かう。
傍から見ればそれはアウレイアが舞っているようにしか見えなかった。寄って来た敵を倒して、踊るように次のモーションへ移るアウレイアは流れる赤い水を相手に舞っていた。
戦いに集中していたアウレイアは敵がいなくなってようやく我に返った。見れば、地面にはいくつもの血溜まりとダークウルフの死体が多数転がっており、戦いの激しさを表していた。アウレイアは息を乱していないまま魔法を行使しダークウルフの死体を全て浮かし、血抜きを開始する。血抜きによって、地面に血の雨が降っていることを確認して、さらに魔法を行使する。
『結界』
この魔法でアウレイアは湖を含む広大な範囲を聖なる領域として設定する。すると、そこには魔物が湧かなくなる。ただし、引き換えに術者は膨大な魔力を失う。そんな魔法を行使したアウレイアは表情を変えることなく次の魔法を行使する。
アウレイアの魔法によって湖の周辺の木が根っこごと引き抜かれ、宙に浮く。そして雑草にはみるみるうちに火が点き、燃えていく。その風景は森林破壊そのものであった。雑草が燃えたのちに、地面の土が地殻変動を起こしたように揺れ動き、平らに均されていく。出来上がった平地の上空に浮かんでいる木が剥かれ、根っこは切られ、四角い建材に変わっていく。綺麗な建材になった木は一か所に集められ巨大な建材の山を作り上げた。
アウレイアは息を吐き、大きな魔法を行使し始める。
「踊り狂え、風よ」
積み上げられた建材は削られ、家の骨組みを空中で作っていく。木の樹皮や枝は綺麗に分類され、平地の端の方に降りていった。アウレイアは浮き上がっている家の骨組みから目を離し、今度は平地の真ん中に目を向ける。すると、地面が動き出し、家の基礎が作られ始める。土で作った基礎に亜空間からドリル状の形をした鉄針を取り出し、地面に魔法で突き刺した。この鉄針の長さは二mで三十cmが地面に出ている状態にしてある。そして、同じような長さの鉄針を横にして溶かしてくっつけ、少し固める。溶接である。大よそ鉄針が固まったのを見たアウレイアは亜空間からコンクリートを取り出し、基礎に流し入れ、少し乾かして、空中に浮いていた家の骨組みをその上に乗せる。木と土を魔法で融合させてくっつけ、亜空間から防腐剤、消音剤を出し、壁に組み合わせて木の板で覆う。ペンキを塗り、窓ガラスとドアをはめ込む。屋根は木の板を組み合わせて雨漏れしないように『防水』の付与がついた布を乗せ、瓦を置く。その後、魔力線、水道管を床下に配置し、床を張る。
魔力線というものは魔法を自動で供給してくれる線のことである。
魔力線を一つにまとめ、家の横に出す。そして、魔力を自動で供給してくれる機械を置いて繋ぐ。魔力を自動で供給してくれる機械は縦に細長く、灰色をしているので、アウレイアは念のため真ん中より下を茶色、上を緑で塗った。
湖の地下から、パイプを家に繋げる。その間に浄化水槽を置き、下水のパイプも作る。
そこまでするとアウレイアは家の中に入り、家具を置き始める。水道管の通っている所を先に水回りの家具を置く。キッチン、トイレ、お風呂、エトセトラ。次に魔道具を魔力線の所に置いていく。レンチレンジ、明かり、エトセトラ。最後にベッドなどの生活用品を置いていく。ベッド、ソファ、テーブル、アンドソウオン。
家具を全て置くとアウレイアは外に出て再び魔法を行使する。すると、土が開墾され、木の柵が現れ、畑が作られていく。そこに素早く手作業で何かの苗を植えていく。アウレイアは自身の手作業の最中に魔法で宙に浮かばせたままのダークウルフたちを下ろし、肉と骨と毛皮と内臓に分けて亜空間にしまっていく。その後は地下を作り、ワインや糠漬けなどの貢物を置いた。ここまでで家の作業は終わりだ。
今度は目的の料理を作り始める。キッチンに来たアウレイアは手を念入りに洗い、亜空間から材料を取り出し、調理を始める。材料から見るに今日はハンバーグと白米のようだ。手早く、丁寧に料理を作り、ご飯を食べる。久しぶりに食べる濃厚で香ばしい食事に思わず笑みがこぼれる。ナイフで肉を切るとじゅんわりと肉汁が溢れ出てくる。それをチーズとデミグラスソースで絡めて食べれば口の中にデミグラスの濃厚な味わいとチーズの香ばしい味わいと、肉汁という塩と胡椒の味が合わさりハーモニーを奏で始める。おいしい。ただその一言が感想であった。
食事を終えたアウレイアは気分が上がったままアップルパイを作り始める。ただ、アウレイアはここまでで一時間半を過ごしている。あと三十分で学園へ移動する時間になるので魔法によって秒でアップルパイを作った。酸味と甘みを伴う香りを我慢しながら出来上がったアップルパイを亜空間に仕舞い、転移で部屋に戻る。この家から去る時のアウレイアの表情はとても悲しそうであった。
転移したアウレイアは食後の紅茶を頂こうとバルコニーへ行き、カップを手にする。優雅な食休みの始まりである。
次回は3/18 15:00に投稿します。