049 護衛
学園へ行く時間になり、アウレイアは馬車へと向かう。馬車に乗り込めば、まだリリアージュは来ていないようであった。ユーリは馬車の外でリリアージュが来るまで立って待機している。ライネルが見送りのためにこちらを見ていて、アウレイアからはユーリに話しかけられず、ユーリも護衛であるため、自分から話すわけにもいかず、馬車周辺は沈黙に包まれていた。そんな中、リリアージュがやってくる。
「お姉様、おはようございます。今日もとてもお美しいですわね。…あら、そちらの方が新しくお姉様と、私に就いてくださるということで、よろしくお願い致しますわ」
リリアージュはルルアージュに挨拶をすると、ユーリにも挨拶をした。挨拶を受けたユーリはお辞儀をして口を開いた。
「新しくルルアージュ様の、護衛をさせていただきます。ユーリと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「ユーリという名前なのですね。学園では関わる機会が多いと思うので、ぜひ仲良くしてください」
リリアージュはそう言ってアウレイアの対面に座った。遅れて、赤髪の護衛のアーヴェン、ユーリと馬車に入ってくる。程なくして、馬車が動き始める。アウレイアは揺れる馬車からいつも通りの景色を眺めていると、リリアージュが話しかけてきた。
「お姉様、今日も素敵なドレスをお召しになっていますね。最近は、専属の裁縫師の方もお見えになられていないのに、どこでそのようなドレスを見繕っておりますの?」
リリアージュの質問は確かに誰もが気にする質問だろうと、アウレイアは思った。そもそも、ルルアージュのクローゼットには酷いセンスのドレスしかなかった。アウレイアはそのドレスを端から『亜空間』に仕舞い込み、今ではかつてのルルアージュの着ていた服は見られなくなっている。そのことで1人のメイドに恐る恐る聞かれたことがあり、笑顔で「かつての私は捨てましたの」と答えたら、ぎょっとしたような顔でお礼を言われ、去って行かれた気がする。
なお、今着ている服などは、かつて前世のアウレイアが両親に着てくれと贈られていた服である。昔のアウレイアに姿が似ているルルアージュが着ているのだから、自分の両親は天国で喜んでくれているに違いない。アウレイアはそう思った。…自分が親不孝であるということはもちろん承知している。
「これらのドレスは貰い物ですわ」
アウレイアはそう答えた。嘘ではない。アウレイアが生前にもらった物と今の信者が女神アウレイアに贈ってくれた数々のドレス。合わせると、とんでもない量になる。それをアウレイアが『亜空間』に仕舞い込んでいて、こっそり取り出し、如何にもクローゼットにありましたというように振る舞う。服は人に着られて初めて意味がある。『亜空間』の肥やしになるよりも信者も両親もましだと考えるはずだ。
「…貰い物ですか?そうなのですね。どなたにですか?」
「私を応援してくださる方々にもらっていますの」
この言葉も本当に嘘は言っていない。ただ、曖昧な発言は相手に疑問を生んでしまう。アウレイアは言葉に気を付けながら、付け加えをした。
「例えば、商会の方、とか」
女神への寄贈には商会の人もいた。美の女神の方ではなく、勝利の女神として、商会のゲン担ぎにいいのだろう。アウレイア教に入ってから、たくさんの商売が成功しています、ありがとうございます、という気持ちと共にたくさんのドレスが贈られたのを覚えている。アウレイアはその時、自分は特に商会の人になにかをした覚えはないので、天界から、彼がこの先も上手くいきますようにと祈っておいた。事実、彼以降からも代々、様々な種類のドレスが贈られていた。現に、今年も神殿にドレスが届いたこともアウレイアは気配として感じていた。
「まあ、お姉様は商会とも繋がりがあるのですね」
「ええ。あなたのそのドレスはどうなのです?」
アウレイアはリリアージュへ質問を投げかけた。その途端、リリアージュの目の輝きが増した気がした。今日のリリアージュのドレスは桃色がグラデーションになっていて、腰のところで優しい水色の布を巻いている。
「私のドレスは殿下が私に合うとおっしゃって贈ってくださったのです。王室御用達のミシェル洋裁店に売っていらした品ですわ」
どうやら、彼女はこの話がしたくってアウレイアのドレスを褒めたらしい。『年頃の女子は好きな人から貰った物を見せびらかしたくなるものなのだ』という言葉をかつて前世の友人が言っていた。アウレイアには全く意味が分からなかったが。リリアージュもそういうお年頃なのだろう。アウレイアは自分の武術に勤しんだ青春時代を思い出して、彼女が微笑ましくなった。
「そう、それはよかったですね」
アウレイアがそう言った一瞬リリアージュは驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔で頷いた。
学園に着くと、アウレイアはリリアージュよりも後に降りて、ユーリを引き連れて、こっそり塀の隅までやってきた。
「…で、ユーリファさん?一体何を考えていらっしゃるのですか?」
天使である彼が人間のふりをして、公爵家へ忍び込んで、わざわざアウレイアの護衛をする。これは一体どういうことか、アウレイアにはよくわからなかった。その問いにユーリファは知的な瞳をアウレイアに向けて口を開いた。
「あなたをもっと身近に護衛するためです。そのために一番適するのは、ベデルギス公爵家のルルアージュ専属が最もよかったんです」
「…おいしいご飯は食べれなくなりますけど?」
「…本当にそれだけが未練です。でも、あなたを見ていると、私も、一緒に参加したいんですよ」
ユーリは本当に切実そうにそう言った。アウレイアは小さくため息を吐いた。
「…つまり、あなたはアウレイアとして冒険者を堪能している私が羨ましいってことですか?」
「さすがは、女神アウレイア様。とても察しがいいですね!護衛という名目でしたら、冒険者活動に参加できるでしょう?」
「…はあ」
アウレイアは曖昧な返事しかできなかった。冒険者の活動がそれほど楽しそうに見えたのだろうか。アウレイアは自分の今までの記憶を振り返ってみる。…確かにはしゃいでいたような気もする。
「一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか」
「どうやって公爵家へ入ったのですか?洗脳?」
「…ちょっとそれもあります。ルルアージュ・ベデルギスは、心根は優しかったようで、幼い頃にライネルという孤児を拾ってハルバート・ベデルギス公爵に懇願したらしいです。『お父様、私のご飯を減らしてもいいから、この子を雇ってください!』って。まだ10歳だった彼女が何を考えていたかはわからないのですが、路上で野垂れ死にそうなライネルを救ったのは事実です。その事実を少し利用させてもらい、今回もルルアージュ・ベデルギスの駄々の記憶を作って、如何にもあったように見せました。以前のライネルはかなりの監視があったようですが、2年でもうすっかり能力の高い召使いとして認められていたため、ルルアージュ・ベデルギスは使える使用人を雇う能力はまあまああるということは認められていたみたいです。私の時は、『また、お嬢様の駄々こねか』と冷たい目で見られましたが、剣術の力量を少しずつ解放していくと、周囲の目がみるみる変わっていき、今では、ハルバート・ベデルギス最愛のリリアージュ・ベデルギスまで護衛を任されることになってしまいました。ちょっと、やり過ぎましたかね?」
「やりすぎどうこう前にそれは、詐欺ですよね?私が勝手に使われたってことですよね?」
「いえ、詐欺ではありませんよ。現に、誰にも迷惑は掛かっていませんし、誰かが損をしたわけでもありません。それに、アウレイア様はルルアージュ・ベデルギスではありません」
「確かに私はルルアージュじゃないけれど、今はルルアージュよ。私の名誉がダメージを受けました。損をしたわ」
「アウレイア様…。ですが、私がその損を挽回してみせましょう!」
「…これは、私が折れなければ一生続くやつではないですかね」
アウレイアは疲れた声でそう言った。
「というわけで、とにかくこれからよろしくお願いします。特に最近は森の方で異常が起きているのでしょう?奥の方にいた魔物がこぞって出てきたとかいう話を聞きました」
「なにか、知っているのですか?」
アウレイアがそう問えば、ユーリファは真剣な顔で答えた。
「悪魔がこの世に数体降りているかも、という話を天界からされました。ですので、特にご注意を」
「…わかりました。とりあえず、校舎に向かいましょう」
「かしこまりました。ルルアージュ様」
「…」
ユーリになりきってお辞儀をするユーリファにアウレイアは思わず冷たい目線を向けた。




