04 食事
食堂ではテーブルが長く続いており、少し離れた感覚で椅子が置かれていた。テーブルには白い布がかけられている。すでにもう来ている人がいるのか使用人と椅子に座っている人たちが四人いた。いや、もうアウレイアとリリアージュのみのようだ。食堂へ入ると鋭い視線がアウレイアに突き刺さる。鋭い視線は四つであり、恐らく家族からであろう。日記からアウレイアはルルアージュが家族に嫌われていることを把握していた。その為、挨拶をしても返されないことは分かっているので無言で足を進める。
お互い無言のまま、ライネルの進行方向を盗み見てアウレイアは自分のいつも座る席へと向かう。どうやら一番奥の端の席のようだ。ライネルが椅子を引いてくれたのでアウレイアはゆっくり腰を下ろす。そして、家族の顔を認識するためによく見ることにした。アウレイアから見て対角線上、つまり一番遠いところに座っているのが父親だろう。金色の髪に碧眼で顔が整っていて一番年上の雰囲気がする。そして、その父親の真正面に座っているのは紫色の髪をお団子にして赤と茶色のドレスを纏っている婦人っぽい人。ルルアージュの母親であろう。そして、父親の隣に座っているのは青に近い紫色をした髪で貴公子のような青年は兄。そして、私の隣に静かに座っている金髪の美少年が日記に出てきた弟だろう。それぞれ名前はわからないが、まあ何とかなるに違いない。
そう楽観したアウレイアはリリアージュが来るのを待つ。少しした後、リリアージュが入って来た。
「遅れてしまい、申し訳ございませんわ。おはようございます」
さっき出会った時とは違うドレスと髪型で現れたリリアージュ。先ほど下ろしてあった髪の毛は後ろで三つ編みを織り交ぜ、立体的に見せている。そして、耳には白い石のイヤリングをしている。アウレイアはイヤリングを反射的に『鑑定』しようとしてしまうが我慢する。ここは人の目がある。ドレスは薄いピンクから白い飾りが少なめのドレスを纏っている。腕には銀色のブレスレットが輝いていた。
リリアージュが来た途端、家族たちは目の色を変えた。先ほどの冷めた目から打って変わり、暖かい慈愛に満ち溢れた目へとなった。
「おはよう、リリアージュ。今日も可愛いな」
「おはよう、愛しのリリア」
「リリア、おはよう。今日はまたシンプルで可愛いね。つい見とれてしまった」
「リリお姉さま、おはようございます」
上から、父、母、兄、弟とそれぞれ個性が現れるような言葉をリリアージュに発している。アウレイアは先ほど上へ会った時に挨拶をしているのでもうする必要はないと感じていた。そして、アウレイア以外の家族が楽しく団欒をしている中、料理が運ばれてくる。
アウレイアはこの家族の団欒を盗み聞き、家族の名前を把握した。金髪のイケメン父がハルバート・ベデルギス。紫色の髪でバラのような美女母がアンネット・ベデルギス。青みがかった紫色の髪の貴公子兄がラインハルト・ベデルギス。金髪美少年弟がギルシュ・ベデルギスである。情報とは恐ろしいものだ、と考えながらアウレイアは目の前に出された食事を家族が手を付け始めたのを見てスープを口に入れた。
「…」
しばし、時が止まったかのようにルルアージュは止まった。ライネルが首を傾げ話しかけようとしたとき、時の止まりを取り戻すかのようにルルアージュはスープを吹き出した。当然被害は目の前の席に座っているリリアージュだ。
「きゃっ!!」
被害を受けたリリアージュは当然驚いて悲鳴を上げた。アウレイアはそれを見て他人事のようにこんな声を自分は出せないと思っていた。
「リリア!?」
リリアージュの隣に座っていたラインハルトが声を上げてルルアージュを睨んだ。
「ルルアージュ!なんてことを!!」
一方、アウレイアは自身がスープを吹き出したことを忘れるほどのショックを受けていた。アウレイアは女子でありながら花より団子を取る女であった。そして、美食家であった。美食家であった彼女は国の貴族でありながら、蝶を追いかける令嬢とは違い、色々と活発に活動していた。料理もその一つである。美を追い求めるあまり、故郷を離れ、遠くの異国の地に師事を探しに行ったこともある。そのお蔭か彼女自身も料理が作れ、しかも多くの人が絶賛する料理を振る舞うことができていた。そんな彼女にとってこのスープは食への冒涜にしか見えなかった。
まず、スープの出汁である。普通は数時間もかけて肉や骨を煮込む。けれど、これは十分程度しか煮込んでいない。そして、具。鳥だけである。透明なスープに肌色の鳥。彩り要素皆無の料理は美食家にとって冒涜とも言えるものである。彩りがあるからこそ、目への効果があり、食欲は増す。せめて、肌色以外に緑のハーブなどを入れるべきだ。そして、最悪なのは調味料である。調味料は塩のみ。出汁と塩と鳥のみで勝負した逸品である。
嫌な予感がするアウレイアは慌てて、他の料理に目を向ける。目の前に出ているひき肉を焼いたもの。ソースをかけたらハンバーグになるそれには黄色のような透明な物がかかっていた。指ですくってなめてみる。父親辺りがなにか言っている気がしたが、それどころではない。透明な何かは味がなかった。ただ油っぽい。どうやらただの油らしい。アウレイアは目眩を感じる。
「ライネル!そいつを連れて行け!ルルアージュ!罰として朝食はなしだ!部屋に戻って反省して学校の準備をしなさい!…リリアージュは先に湯を浴びて来なさい。汚い物がかかった状態でご飯なんて最悪だろう」
ふと、アウレイアは父親の声がして我に返る。
「リリアージュ…悪かったわね。汚れた所を先にこちらでお拭きになって。私は先に部屋へ戻るわ。お父様も皆様もご迷惑をかけて申し訳ないわ。ライネル聞きたいことがあるので歩きながら質問してもいいかしら?」
ルルアージュはハンカチをリリアージュの方に置いて、ライネルを連れて出て行く。ライネルは顔を青くさせたままルルアージュの後を付き従って行った。残された家族は重い溜息を吐く。
「わ、私も湯を浴びてきますわ」
そう言ってリリアージュは姉の置いたハンカチを手に取り、食堂を去って行った。
帰り道にアウレイアはライネルに質問していた。
「ライネル。香辛料というものを知っているかしら?胡椒とかナツメグとか…」
「こうしんりょう?あ、他国の方がたまに売りに来るめっぽう高い物でございますね。聞いたことはありますが実物は見たことがないですね。こしょう、なつめぐというのはどういったものでしょうか?」
この国の食糧事情は困窮しているということが分かった。アウレイアは深くため息を吐いてもういいわと呟いた。口の中に油が残っていて気持ち悪い。
部屋に戻ったアウレイアはライネルに尋ねる。
「ライネル。朝の授業のことを教えて頂戴」
「はい。ルルアージュ様にしては珍しく聞いてくれましたね。本日は九時から。はじめに算学、国学、術式学がございます。昼食を挟んで音学、剣学、魔法学で終わりとなります。授業用の鞄はそちらにございます。時間になりましたらお呼びになりますので、それまでこちらの部屋で反省してくださいませ」
ライネルはお辞儀をして部屋を去って行った。一人になったアウレイアはベッドに座り腕を組んだ。
「我慢できないわ。こうなったら、無理やりご飯を作るまでよ」
立ち上がり、魔法を行使し始める。
『転移、座標、乱数』
静かにそう呟いたアウレイアはルルアージュの部屋から姿を消した。そのことを使用人も含め誰も気づかなかった。
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