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047誤解

 ラジーはワイバーンに苦戦していた。魔法を詠唱しようとすれば、それがわかるかのように妨害をされる。決定的な攻撃は全て避けられる。今まで殺したワイバーンとは一頭抜けて優秀であるように感じた。しかも、ラジーの攻撃に防戦一方だったはずが、段々と反撃が増えてきたように感じる。ラジーがフェイントの横攻撃を繰り出し、ワイバーンが一瞬防御しようという動作をして、フェイントだと察したのか、尻尾を振り、ラジーに当てようとする。ラジーは横目で尻尾を捉え、反射的に剣を振り、尻尾の軌道を逸らした。すかさずワイバーンは大きい爪で八つ裂きにしようと攻撃を加える。ラジーは集中して的確にワイバーンの爪を捌いていく。永遠に続くかのように思えた攻防は少しの集中の乱れで終わった。大きな爪を捌くのはとても集中力が必要であった。故に、ラジーは常に正解を正確に選んだが、集中が切れ、脇腹を爪が掠った。


「ぐっ」


傷口から血が滲み、痛みでラジーは呻いた。呻いたところで、ワイバーンは止まらない。そのまま畳みかけてくる。ラジーは決死の覚悟でワイバーンの爪を防御する。その瞬間、紫色の髪が横切った気がした。だが、確認する間もなくラジーは突き飛ばされ、衝撃で気を失ってしまう。ラジーはしばらくして意識が回復し、周囲を見回した。ワイバーンが首を切られて倒れているのを確認し、その隣にアウレイアがいることに気が付いた。アウレイアはラジーが意識を戻したことに気が付き、声を掛けた。


「ラジーさん、大丈夫ですか?痛いところはありますか?」


アウレイアに言われてラジーは自分が怪我をしていたことに気が付いた。怪我を意識しだした途端、痛みが体に走る。脇腹や背中が痛い。脇腹はワイバーンの爪、背中は恐らく突き飛ばされたときにできた痛みであろう。ただ、どれもさほど痛いというわけではない。先程の死を覚悟した時の痛みと比べものにならないぐらい軽い痛みなのだ。ラジーは目の前でただ単に自分を心配しているような顔をしている少女を見た。まさか…。ラジーはアウレイアを見て浮かんだ思考をすぐに霧散させる。


「ああ…、死ぬかと思った怪我だったはずなんだが、案外そうでもなかったみたいだ」


「それは良かったです」


アウレイアはほっとしたように肩を落とした。それを見たラジーは心配をかけて申し訳なかったと心で謝罪しながら、一切に触れていなかったワイバーンについて尋ねた。


「ところで、ワイバーンは一刀両断で首を切られ絶命したようだが、君が?」


アウレイアはそう尋ねられると、回答に詰まった。目を泳がせてしばらく沈黙したのに、彼女は決意したような表情でラジーを見つめた。


「…そうですね…私です」


ラジーはそれを聞いて静かに息を吐いた。自分が死を覚悟する程の死闘を繰り広げ、負けてしまった相手に、冒険者になったばかりで、幼い少女がその相手を綺麗に首一線で倒した。その事実で悔しさと彼女への感嘆が生まれる。あのワイバーンはただのワイバーンではないのだろう。恐らく長年生きて知能と技術を積んできたのであろう。そんなワイバーンをいとも容易く倒したのに、彼女は嬉しそうに見えない。ラジーはそこで察した。彼女はベテランの冒険者の自分が苦戦しながら戦っていた相手をすんなり倒した。そのため、自分の前で素直に喜べないのではないかと。

 沈黙の中、そう考えたラジーは勇気を出して口を開いた。


「倒したことはすごいことだよ。どうしてそんなに悲しそうなんだい?」


「いえ、ラジーさんを助けるのに必死だっただけです。…悲しそうなのは…こうなってしまったからです。ごめんなさい」


アウレイアはそう言って自分の手元を見た。ラジーもつられてそちらを見る。彼はアウレイアが手にしていたものを見て目を剥いた。


「お、俺の相棒!?」


ラジーが相棒と言ったもの。それはラジーが毎日背負っていた大剣である。それが彼女の手元で空へ逝ったとばかりに真っ二つに折れていた。思っていたよりも違う方向で深刻な事態にラジーは心の中で頭を抱えた。

 静止してしまったラジーに本当に申し訳なくなり、アウレイアは剣を見つめる。こんなにこの大剣が脆いものだとは思わなかった。使う前に『詳細』で大剣の概要を調べたが、「鉄で作られた頑丈の剣」という文章が書かれていたのでそれを信用して、ワイバーンを倒すのに使った。結果、この様である。アウレイアは大いに慌てた。いくら女神といえども、壊れたものや亡くなって魂が天に召されたものを強引に何もなかったかのように元に戻すということはできない。


「ご、ごめんなさい、ラジーさん。わ、悪気はなかったんです…」


アウレイアは心の中で何度も何度も謝った。ふと、頭の上にポンと温かい何かが乗せられた。アウレイアはいつの間にか罪悪感で地面を見つめていた。顔を上に向ければ、ラジーが困った顔でアウレイアの頭を撫でていた。アウレイアが人に頭を撫でてもらったのは自分が幼い頃だけであった。久しぶりに感じた心地よさにアウレイアは心を落ち着かせた。


「仕方のないことだ。俺の命をアウレイアは守ってくれたんだ。この剣はその代償だと思えばいい。それに、結構昔の剣だからいつかは壊れるはずだったんだ。それが少し早くなっただけさ。それに、アウレイアはこんなに強いワイバーンを一撃で倒したんだ。それは誇っていいことだ。俺の代わりに奴を倒してくれてありがとう」


ラジーの言葉を聞いてアウレイアの心は少し軽くなった気がした。そんな風に言ってくれるラジーに自分はなにか恩返しができないものか、アウレイアは考えた。ラジーはなにをしてもらったら嬉しいだろうか。ラジーをちらりと見れば、ラジーはにこりと微笑んだ。こちらを気遣ってくれる態度にアウレイアは本当に申し訳なくなった。



「…ラジーさん、とりあえず怪我しているので、このポーションを飲んでください」


ラジーの怪我を全部治さなかったのを思い出し、アウレイアは自身で作ったポーションをラジーに渡した。渡されたラジーは自分が怪我していたことを思い出し、アウレイアにお礼を言いながら、ポーションを飲んだ。そのポーションはとてもおかしかった。飲んだ瞬間、傷口という傷口が、体の傷跡という傷跡が消えたのだ。


「…これは、聖ポーション!?」


『聖ポーション』、正式名称は『聖なる女神のもとに遣わされたポーション』だ。このような名前だが、このポーションはアウレイア教の上層部に残っているレシピを使って上層部の者が作り、効果に見合った値段で売られている。通常のポーションは苦く、傷の痛みを忘れるほどの劣悪な味であるが、この『聖ポーション』はとてもおいしく、効果も絶大で、千切れた腕もくっつくという驚異的な性能を持っていた。ラジーは冒険者として大成してから大儲けしてこのポーションを一つ買ったのだが、自分の古傷までもが綺麗になくなっていくのを覚えていた。その時の感覚と味が、アウレイアがくれたポーションにそっくりなのだ。これは確実に『聖ポーション』だ。ラジーはそう確信した。

…そのような高価な『聖ポーション』を瀕死でもない自分にぽんと渡すアウレイア。彼女はもしかして…。その時、ラジーの中に一つの仮説が生まれた。

異教を認めないという国の中でひっそりと彼女はアウレイア教を信仰していた。また、アウレイアはとても強いワイバーンをも一撃で倒してしまう実力者。『聖ポーション』をぽんと渡すことができる。この3つの条件から彼女はアウレイア教の上層部の人間であるとラジーは結論付けた。アウレイア教は女神アウレイアに近づくためにたくさんの技術を日々聖書から学んでいる。信者は女神アウレイアに近づくには聖書を読み進めることが大事だと理解しているのだ。聖書の人間に近づく、すなわち女神アウレイアに近づく、と認識しているラジーはアウレイアを上層部の人間として捉えるのは可笑しくない。事実、彼女は女神本人なのであるから。

ポーションを驚いたように見つめて『聖ポーション』と叫んだラジーにアウレイアは首を傾げた。同時にラジーの自分に対する視線が変化したと感じ取った。それがいったいどうしてだかは見当つかないが、ポーションが関係しているのは明らかである。


「そのポーションがどうかしましたか?」


試しにそう尋ねてみれば、ラジーははっとしたように目を動かして、ポーションの瓶を見つめた。


「このポーションは、アウレイアのお父さんが?」


そう問われたアウレイアは返答に詰まった。このポーションは自分で作成したものだが、製法を編み出したのはかつての帝国薬草学の父と呼ばれたエンドミオ・ロンソンだからだ。彼女は前世でそのエンドミオを父と豪語していた。それを聞いた父親が書斎にこもって出てこなくなった日が懐かしい。そのようなことを今の言葉は示唆しているのではないか?…自分の宗教はもはや歴史の詳細を知っている団体なのかもしれない。アウレイアはそう思って遠い目をした。

 その様子を見ていたラジーはアウレイアの家は教会の上層部の人間であると察する。


「あ、アウレイア、いや、アウレイア様!」


いきなりそのように呼びかけられ、アウレイアは肩をびくっと動かした。ラジーを見れば、彼は足が汚れるのも厭わず跪いていた。状況がわからず混乱するアウレイアの耳にラジーの声が入ってくる。


「数々の無礼を御許しください。まさか、あなたがそのような存在だと知らなかったもので」


自分が聖女だとばれた、とアウレイアは感じた。ラジーは明らかに上の存在に接するような態度を取っている。アウレイアは息を深く吐いてこう答えた。


「ばれてしまったら、しょうがないよね。…このことは内密にね。私はただのアウレイア教の1信者、アウレイアよ。これからもよろしくお願いしますね、先輩信者様」


「…かしこまりました。今まで通り、アウレイア様がばれないようにということですね?」


ラジーはアウレイアにそう問いかけながら立ち上がり、膝についた土を払った。


「よし、じゃあ、アウレイア。戻ろうか。ミゼルも心配だ」


「はい、戻りましょうか。ラジーさん」


何事もなかったかのように唐突にいつもの関係に戻った二人は微妙に距離を開けて、歩き出す。


「…ミゼルは大丈夫そうだったか?」


少しして心配そうに尋ねるラジーにアウレイアは大きく頷いた。


「おそらく。薬草を口に突っ込んでおいたので、もう回復していると思われます」


アウレイアの言葉を聞いてラジーはミゼルが薬草を口の中に入れられてもがいているのを想像して、少し頬を緩ます。だが、実際に目にしないことにはミゼルがどうかなんてわからない。だが、アウレイアが言うのだ。きっと大丈夫。そう心に言い聞かしてラジーは前を向いた。


お久しぶりです。いつも読んでくださる方、ありがとうございます。

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