042舞踏会の打ち合わせ
お昼の時間であるからか、食堂に近づくにつれてすれ違う人が増えていく。ルルアージュの顔を見て、控えめに顔を顰める輩も増えてきた。初めて訪れた学園の食堂はとても広く賑やかなものであった。食堂は大きな広間で清潔感溢れる白で壁も床も統一されていた。そして、一定の間隔で置かれている長机と椅子に生徒は座って食事をしながら楽し気に談笑していた。その中でも目を引くのは、部屋の中央ど真ん中に大きな花壇が置かれていることだ。そして、その花壇には色とりどりの花々が植えられていた。ルルアージュが食堂へ踏み入れるとそれに気が付いたのかリリアージュが近くへやってきた。
「お姉様。姿が見えませんでしたので、こちらに先に来ていましたわ。まだ、ベルン様とルロスト様はいらっしゃっていませんわ。席は取ってありますのでそちらへ向かいましょう」
リリアージュの突然の出現に周囲が騒がしくなる。聖女で美人と定評のあるリリアージュと学園の問題児トップ3に入る悪魔のような女ルルアージュ。この2人が仲良く昼食なんていう構図が浮かばない。しかし公爵家の2人になにか言えるわけでもなく、皆が視線を逸らす。アウレイアは冷たい視線のシャワーを全身に浴びながらも特に気にもせず、リリアージュの後をついて行った。
「お姉様、こちらですわ」
リリアージュが案内してくれたそこは、窓際の日の当たる心地の良い席であった。どうやら、場所取りをしていたのはリリアージュ本人とその護衛たちであったようだ。ルルアージュの顔を見るなり、アーヴェンは顰め面をしながら席を立つ。一方のライネルはにこっとしながら席を立った。
「ありがとうございました。2人とも」
リリアージュがそうお礼をすると、2人は跪き、お辞儀をする。リリアージュはその様子を見ながらにこりとすると、席に着く。ルルアージュもお礼を言って席に着いた。
「お姉様と昼食なんて初めてで嬉しいですわ」
リリアージュは無邪気にそう言った。その言葉にアウレイアは罪悪感を覚えた。先ほど美味しそうにオムレツを食べてしまったせいで、昼食を食べることなどできない。いや、そもそもこの国のまず…素材の味を生かした独特な料理を食すことができないのだ。なので、アウレイアは曖昧に笑っておいた。
「あ、そろそろルロスト様とベルン様も来られるのではないでしょうか。男性の方々がこちらへと次々に来ていますわ」
リリアージュの言う通り、出入り口を見れば先ほど剣を持って一緒に剣術を習っていた男子たちが続々と食堂へと入ってきている。ところで、王子はいつから参加することになっていたのであろうか。アウレイアはそのことを疑問に思いながらも顔には出さなかった。
「ええ。そうですわね」
アウレイアはそう笑顔で返事をし、席を立ちあがり、出入り口へと向かった。
「ルロスト様、ベルン様、こちらですわ」
誰もがぎょっとするようにリリアージュ一行の顔ぶれを確認した。リリアージュのいつもの昼食の相手は殿下、ヴァロニス、ベルンだ。だが、今回は…。ルルアージュを見つめ、周囲の学生は唾を嚥下した。そんな中、ルロストはにこりとして、リリアージュに歩み寄る。
「すまない。思いの外、支度に時間がかかってしまってね」
「大丈夫ですわ。私もそれほど待っておりませんので」
リリアージュは顔を上げてにこりと笑い、王子に返事を返す。王子は満足そうに笑みを浮かべ頷いた。その横でベルンが一瞬顔を顰めるのをアウレイアは見逃さなかった。
「では、そろそろ行こうか。リリアージュ。悪いが、席の案内をしてくれないか?」
「ええ、こちらですわ」
ベルンとルルアージュの打ち合わせのはずが、なぜか王子とリリアージュが取り仕切っているという不思議な現象にアウレイアは目を瞬かせる。とりあえず、最後尾で様子を伺うことにする。食堂で食事をしている生徒の視線を全身に感じながらもアウレイアは気にせず、歩く。
「着きましたわ」
「では、先に話し合いをしてサッサと昼食にしよう」
王子が席に座った所を見て、アウレイアも席に座る。気持ち一つ分、間を空けて。
「で、舞踏会の衣装の話し合いとはなにをするんだ?ベルン」
「はい、衣装の色や髪飾りについての話し合いです、殿下」
「なるほどな。ペアで話し合わないといけなかったな。それなら、丁度いい。私もリリアージュと話をさせてもらおう」
王子は思案しているような顔でそう呟く。
「る、ルロスト様…。ここはベルン様とお姉様の話し合いをするという話ではありませんでしたか?」
リリアージュが戸惑ったように王子に声をかける。
「ああ、リリアージュは話し合いが見たくて参加したんだったな。これはすまない。じゃあ、ベルン。あとは任せた」
そう言って王子はにやりと笑ってベルンを見つめた。アウレイアはその光景を見て、ベルンの腹の中が煮えくりかえっている様子を想像した。外面は澄ました顔であるがきっとそうに違いない。
「はい。では、ルルア嬢。舞踏会の衣装だが、こちらは基本青い物しか着ない。なので、あなたも青い物になると思います」
「青い物ですね。その青の中でも色々な青があるでしょう?その中でも当日はどのような青い服になさるのですか?また、黒も白も他の色も一切使わず、のっぺりなのですか?」
そう言ってアウレイアは少し言い過ぎたと反省した。ただでさえ、王子の件でイライラしていたのに、ここで憎い婚約者に追い打ちをかけられたのだ。恐らく、ベルンは脳内で私や王子を剣でぎったぎたにしているだろう。
アウレイアはそう思って、口を閉じた。ベルンは耐えるかのように沈黙したのち、口を開いた。
「青系統ならあなたに合わせます。あなたはどのようになさるおつもりですか?」
アウレイアは考えた。前世ではドレスなど指で数えるほどしか着なかった。一度目は恐らく5歳くらいに誕生日を大々的に行った時のことだ。その時は若草色のドレスで可愛らしくしてもらった気がする。軍服ならたくさんの服を着た。ジェファール帝国は主に白の軍服が基本で必要に応じて他の色の軍服に着替える。もちろん、夜襲に白の軍服は合わない。そのため、黒の軍服を身に纏い、闇に紛れて他国を強襲することもあった。青い服を着て海の中に潜んでからの強襲もあった。そこまで思い出してアウレイアは気が付いた。他の色の軍服は戦争に関わるものでしか着ていなかった。閑話休題。ドレスの色は…。
「…深い藍色にしようかなと思っています。それに、紫色の帯を付け、下はフリルを3段にし、スカートの部分を左から下に割いてレース状の布を見せつける感じを考えています。アクセサリーは小さく赤いものを少々。髪型はアップの編み込みで後ろに赤い花々の簪を付けようと思います」
アウレイアは女神であるため、ドレスの貢物が多い。生前、ドレスは持っていなかったものの、今では部屋が丸ごとクローゼットようになってしまうくらいを所持している。その中で割と控えめで品の良くシンプルなものがこれである。また、海が浮かんだので深い藍色はなお良しであろう。3段フリルは海の波を表している。紫は夕日が海に沈む瞬間を表したものだ。きっとそうに違いない。…海の中に生身で潜ったのはつらい体験だったが。未だに部下と敵の船が自分たちの真上を通るまで魔法をかけ続けて待機しなくてはならないという地獄が忘れられない。隊長、と真横を通るサメに食われないか部下が震えあがっていたのを昨日のように覚えている。
「…すみません。一度で覚えきれないのでもう一度言ってもらえませんか?」
過去の海へと思いを馳せているとベルンからそう返事が来る。アウレイアは一字一句間違えずに先ほどの言葉を述べる。その言葉を聞いてベルンは困ったように笑った。
「…1つずつ質問していいですか?」
「ええ、どうぞ」
「なぜそのデザインが浮かんだのですか?」
ベルンの質問はただなぜいきなりそのようなデザインがぱっと浮かんだのか疑問であった。公爵令嬢の彼女は専属のデザイナーがいて、そのデザイナーが、ルルアージュに喜ばれるようなデザインを作成し、提供していた。そのことを一度だけ耳にしたことがある。そしてルルアージュの好きなドレスのセンスは最悪だ。
だが、今日の彼女は自分で思い浮かんだものを述べているようである。リリアージュもルロストもルルアージュのその様子に首を傾げた。
ベルンの質問をアウレイアはこう捉えた。なぜこの色合いのドレスが浮かんだのか、と。
「それは、日々の風景を眺めてヒントを得たからですわ」
「…日々の風景?」
ベルンはそう首を傾げる。
「ええ、そうです」
嘘は言っていない。過去に見た景色を思い出しながら選んだドレスである。ドレスなんぞに興味がなかったアウレイアにはこのドレスがなぜそのようなデザインであるのか問われても全く分からない。
「…そうですか。では、布を割いてというのはどういうことでしょうか?」
「布を割くというのは腰の部分で左からまっすぐ切れ目を入れることで左右非対称になり、飽きの来ないデザインになるのではないでしょうか?」
そう言ってアウレイアは周囲を見回した。ベルンはにこりとしたまま一切動かず、リリアージュは目を瞬かせ、ルロストは首を傾げている。話を聞いていたアーヴェンは顔を顰めて考えるように下を向き、ライネルはきょとんとした顔でルルアージュを見つめた。そして、他の護衛たちも各々驚いている。
「ルルア嬢、左右非対称とは飽きの来ないデザインなのですか?」
この場にいる全員、左右非対称を知ってはいたが、それは絵に関することのみであった。まさか服に適応するとは誰が浮かんだのであろうか。そして、当たり前のように口にするルルアージュにその場の全員が驚く。
ベルンの言葉と周りの反応でアウレイアは気が付く。ルルアージュのクローゼットの中身には左右対称のドレスしか眠っていなかった。単に彼女が左右対称を愛する几帳面な女子だと認識していたが、どうやら、世間的に普通の女子だったらしい。
そんな誤解を本来の体の持ち主に謝りながら、ベルンに対してアウレイアは返答した。
「一度は誰しもが道を外れたくなるものです。左右非対称は左右対称とは違った印象を与えるために、いつまでもその禁忌に触れたくなるのだと私は思っていますわ」
達観したような目でそう言うアウレイア。彼女の思考は前世の自分の行いへとトリップしていた。最初は特に何とも思わなかったが、いつの間にか剣に夢中になっていたあの頃へと。
「ふむ。なかなかいい案だな。そのドレスの案、リリアージュに与えていいかな?」
ベルンではない、もっと高く偉そうな声でアウレイアは現世へと思考を戻した。話していたのはもちろんルロスト王子だ。自分の婚約者に他の令嬢の衣装を与えろなどあまりにも傲慢すぎる。普段ならはいどうぞ、と譲るところだが、過去への回想を中止させられ、もう一度ドレスの案を考えなければならないという面倒にアウレイアは口を開いた。
「別に構いませんわ。ただ、ルロスト王子ともあろうかたが、自分の婚約者へと贈るドレスを他者から奪ったものにするというのは名誉的にどうかと思いますがよろしいのでしょうか?こっそりそうしたとしても、誰かがここで聞き耳を立てていたり、私がうっかり外へ大きな声で話してしまえば、割と大惨事になるのではありませんか?それに人から奪ったものを贈るというのはリリアージュにとっても不快なのでは?」
「…ぬう」
ルロストは嫌いな人物ルルアージュにそう指摘され、確かにと思いながらも同意をすることができなかった。
その様子にリリアージュはルルアージュに対して口を開こうとしたが、ぎゅっと閉じ、王子に向かって話しかけた。
「ルロスト様。確かに物をもらうのはとても嬉しいのですけれど、私はルロスト様自身がデザインされた服をもらうのが一番嬉しいですわ」
リリアージュに満面の笑みで言われたルロストは頬を緩ませてそうか、と呟き、彼女を見つめた。見つめられたリリアージュもにこりと笑いルロストを見つめ返す。
ピンク色の雰囲気に当てられ、アウレイアは内心で吐き気を催しながらも、ベルンに対して口を開く。
「ほかに質問はございますか?」
リリアージュの幸せそうな顔を見ながらもルロストに嫉妬の心を抱いていたベルンは抱いた質問を頭の中からすべて吹き飛ばした。
「…ないですね。ここはお開きにしましょうか。私はヴァロニスと昼食をしてきます。ルルア嬢もお好きなようにしてください。ドレスの件については深い藍色で紫の帯、フリル3段ということで専属の者に依頼をしておきます」
「よろしくお願いいたしますわ。では、私はこれで」
アウレイアもさっさと退散することにした。この空間にいたくないのと、さっき昼食を食べて、さらにま…素材重視のご飯を食すのは腹によくないであろう。ひとまず次の授業の準備をしよう。アウレイアはそう考えて教室へと戻った。




