039 夜会の誘い
ベルンはイライラしていた。原因はルルアージュである。ここのところ彼女から夜会の誘いがないため、夜会に行くことができなかった。
彼の目的はただ一つ。それは、ルルアージュではなく、リリアージュと夜会で会う事であった。リリアージュは非常に魅力的な令嬢でどの男もリリアージュを一目見れば、彼女を手に入れたいと願うであろう。ルルアージュの婚約者としてリリアージュと接する機会の多かったベルンはリリアージュとの仲の良さには自負があった。だが、残念ながらルルアージュの婚約者ということでリリアージュには恋愛対象に見られていないのだろう。
リリアージュを狙う中で要注意人物が数人いる。まずはルロスト。この国の王子だ。彼は、王子たる堂々とした風格を持ち合わせている。最近、リリアージュが聖女になったため、王権を駆使して婚約者の座を勝ち取ってきた。お陰で、リリアージュと一緒に行動することが少なくなってきた。リリアージュの心を奪われるのも時間の問題なのかもしれない。
2人目がヴァロニスだ。宰相の息子であり、甘い微笑と優しさで常に相手を気遣うことができる男である。そんな彼もリリアージュに夢中でよく彼女に甘い笑みを浮かべながら、気のあるような言葉を話している。彼女は顔を赤くしながらもにこりと微笑んでいた。
3人目がリリアージュの護衛だ。赤い髪の護衛でいつもリリアージュのそばに控えている。馬車でもリリアージュの隣を維持し、リリアージュへの視線はとてもただの護衛だとは思えないほど熱い。
他にも油断ならない相手はいる。最近では新しい護衛も増えた。どうやら、彼は護身術しか使えなくて心許ない存在であるが、見目もよく、リリアージュがたまに彼をちらりと見る様がベルンにはとても気になっていた。だが、彼は護衛になってまだ日が浅い。まだ慣れていないリリアージュは新鮮味を感じて彼を見ているかもしれない。
彼らに遅れをとらないために、ルルアージュの婚約者という立場を存分に使い、定期的にリリアージュと会い、触れ合い、口説き続けた。もちろん、ルルアージュのいないところで。
しかし、最近はルルアージュが何もアクションを起こしてこない。そのため、夜会へも行けず、家にも遊びに行けずにリリアージュとの接点がなくなってしまった。しまいには、ルロストの婚約だ。恐らく彼はリリアージュを王宮に囲うつもりであろう。そんなことをされる前に自分がリリアージュを助ける。ベルンはそう思って、登校してくるルルアージュを護衛と待った。
何人かの生徒がお辞儀をしながら通り過ぎる中、リリアージュがやってきた。彼女の後ろには赤髪の護衛と新しい護衛が控えている。今日の彼女は髪をハーフアップにし、ピンクのドレスに白いレースがたくさん付いているものでまさに天使の姿をしていた。ベルンはその様子を眺め、頬を紅潮させた。よく見れば、周囲も顔を赤くし、リリアージュを眺めている。そんな彼女がベルンを見つけ、彼に微笑んだ。
「ベルン様!おはようございます。今日もいい日和ですね」
ベルンも彼女に負けじと微笑む。
「ええ。おはようございます。確かに、とても素晴らしい天気です。ですが、リリアの姿は太陽に勝るほど眩くて美しいよ」
「まあ、ありがとうございます。ベルン様にそうおっしゃっていただけるなんて光栄ですわ」
「事実ですから。で、あなたの姉のルルア嬢はどこにいるかわかりますか?」
「私が先に参りましたので、あとから来ると思いますわ。お姉さまになにか用事でも?」
「ええ。今度の夜会に誘おうと思いまして」
「ベルン様が誘いになられるなんて珍しいですわね。きっとお姉さまは感激して喜ぶはずですわ。…そういえば、最近ベルン様とは夜会でも家でも会いませんものね。久しぶりに夜会で会えるのを楽しみにしていますわ。あら、お姉さまが来たみたい」
リリアージュが玄関の方を振り向けば、ルルアージュが玄関を潜るところであった。今日の彼女は紫の髪を後ろでお団子にし、青い蝶々と花がいくつかが付いている棒切れを頭に差していた。また、水色の広がらないドレスにスパンコールをつけただけのシンプルな服装を身に纏い、その上から紫色の布を羽織っている。大人っぽい雰囲気を漂わせたその服装に誰もが自然と目を向ける。
今日のルルアージュもまたそっけない顔でベルンを見つめ、おはようございます、と挨拶をして通り過ぎようとする。
「ちょっと待ってください。お話があるのです」
ベルンは慌ててルルアージュに声をかけた。
「お話ですか?」
ルルアージュはぴたりと足を止め、こちらを振り返った。ベルンは頷き、ルルアージュをしっかりと見据えた。その瞬間ルルアージュは察しがついたように目をきらりと光らせた。
「ベルン様。わかりました。学園が行う舞踏会の話でございますわよね?丁度私も考えていたんですの。安心してください。きちんと参加しますわ。その際のドレスの色や飾りなどの話し合いをするというお話ですわよね?私はいつでも構いませんわ。なんでしたら、お昼休みにでもどうでしょうか?」
そのルルアージュの言葉をベルンはよくないと心の中で返した。昼休みにリリアージュとご飯を食べれないなど信じられない思いである。それに、舞踏会ではなく、今日行われる夜会についての話をしようと思ったのだ。
ちらりとベルンがリリアージュを見れば、彼女は困った顔で首を傾げた。
「…お姉さま。私もその話に参加してよろしいかしら?ベルン様との打ち合わせにすごく興味があるわ」
リリアージュのその言葉にルルアージュは不思議な顔をしながらも承諾した。普段は激怒して断るはずであるのに、すんなり承諾した様にベルンとリリアージュは違和感を覚える。リリアージュは数回静かに瞬きを繰り返し、ルルアージュを見つめた。独占欲の強い姉がベルンを独占する機会を逃すなどありえないことだった。
「えっと、では今日のお昼に打ち合わせということで大丈夫ですか?昼食はどうされますか?」
「別に食堂でもいいと思いますよ。誰かに見られて困るということもありませんし、昼食はそこで食べましょう」
ベルンの言葉にリリアージュとルルアージュは頷いた。そこへ王子がやってきた。
「おや、リリアおはよう。相変わらず美しいな」
「まあ、ルロスト様。おはようございます。ルロスト様もとても格好いいです」
「そう言ってもらえると嬉しいな。あれ、ベルン。おはよう。君もいたんだね。私の愛しのリリアージュと何を話していたんだい?聞きたいな」
ルロストは誰もが見惚れるような笑みを浮かべてそう話す。ベルンはその言葉にイラっとしながらも、意趣返しをしようとする。
「おはようございます、殿下。これはリリアージュと私の問題なのでお構いなく。殿下には全く関係ない話でございます」
「ほう、リリアージュが関わっていて私が関係ないだと?私は彼女の婚約者だぞ?」
「る、ルロスト様。そのようにベルン様を責めないでくださいませ。お姉さまが関わっていることなのです」
リリアージュはそこでちらりとルルアージュを見た。しかし、彼女は先ほどいた場所から動いて、別の少年と話をしていた。金髪に綺麗な紺の瞳を持つ、整った顔の少年。
…確か、オウガスト・シリア様。姉とどのような関係であるのであろうか。整った顔が優し気に微笑んで自分の姉を見つめている。
「…リリアージュ?」
リリアージュはルロストに名前を呼ばれて我に返る。ルルアージュからすぐに視線を外してルロストに向き直る。
「は、はい。ルロスト様」
「で、ルルアージュがどのように関わっているのだ?」
そう尋ねられてリリアージュはベルンを無言で見つめた。ベルンはリリアージュににこりと笑みを返して、仕方なく口を開いた。
「学園主催の舞踏会での衣装の話し合いを行うのです。昼食の時間に」
ベルンの言葉にルロストが眉を上げた。
「…それで、リリアージュがどのように関係してくるのだ?」
「る、ルロスト様。私がその様子を眺めたいと申したのです。ただ、それだけのことなのです」
リリアージュがルロストにそう慌てて言った。
「ふむ。なるほどな。リリアージュがその様子を眺めるなら、私も参加させてもらおう。ルルアージュがリリアージュにどのような危害を加えるかわからないしな。それでいいな?」
「…ええ。構いませんよ」
そう言うしかない自分を恨みながらもベルンは王子に対してにこりと笑った。ふと、自分の隣を見た。先ほどまでルルアージュがいたはずなのだが、彼女は見当たらない。そんなことより、まずはリリアージュである。彼女と一緒に教室へ向かわなければ。ベルンは謎の使命感に追われ、リリアージュの後をついて教室に向かった。




