035 魔法言語学
アウレイアは学園の授業の中で特に得意なものがある。基本、どの授業も簡単すぎて欠伸が出るものであるが、その中でも群を抜いて得意なものが、古代語である。何でも、この授業は未だに見つかり続ける古代の書物に使われている文字で、重要な文献なども多いため、貴族も嗜みとして習うのだとか。
ただ、その古代語はたくさんの言語があり、覚える量も凄まじい。多くの貴族が頭を抱えている。古代語というのも、アウレイアにはすんなりと読めた。彼女は動乱期の貴族であり、軍人である。国を守るために他国の言語を理解し、時には外交も行う。もはや当時の彼女が分からない世界の言語は無いくらいだ。…少し大げさかもしれない。彼女は小さな島の小さな民族の言葉まで理解していたわけではない。ただ、書物として見つかるぐらいの大国の言語は流暢に話せるほどだ。ジェファール語ならなおさらであろう。母国語であるのだから。
そんなこんなで彼女はこの授業はもはや考える必要もない楽すぎる授業であった。
また、彼女には苦手な教科が1つある。こればかりはどうしても理解できない。それは魔法言語学である。魔法陣とはまた別のもので、魔法を発動させる際の言語を扱う学問である。そもそも魔法という概念認識から彼女と世間は違っている。アウレイアが知っている魔法は周囲に魔力は常に満ちていて、自身がいつでも思うように動かせるという考えで成っている。よって、『転移』なども自身が魔力を自由に動かして、自身の体を魔力に乗せ、瞬間的に別地点へ向かえる魔法である。なので、彼女の時代の人たちはそれを名前付けして想像力を簡単にその魔力の運用に向かせるために言葉を発しているのである。よって、『転移』などの言葉は魔力を使う過程においての簡易化なのだ。つまり、彼女の時代の人は言葉なしでも普通に魔力が使える。むしろ、戦闘においての奇襲などで役立つことから無詠唱は基本とされていた。
対して、現時代では、魔法は詠唱がないと発動できないものとされている。魔力は生命、物質の内部のみにあるものとされ、空気には存在しない。そして、それを意識下の元、自由に動かすことには訓練が大変であると考えられている。よって、楽に魔法を使えるようにしたものが魔法言語である。詠唱時に決められた言語を述べることで魔力はコントロールされ、魔力を動かせるようになる。
要するに、行動の言語化みたいなものだ。歩く際には無意識に足を運んでいる。これが、アウレイアの魔法の概念だ。現時代では歩く際には脳から命令を出して脊髄に命令が届き、筋肉に命令を出して、細胞が動き、右足を上げ、重心を前に移動させ、前に出ている、と呟いているという感じで魔法を行使しているのだ。
そんな面倒くさいものをよく魔法学者は生み出したものだ。アウレイアはむしろ、その魔法学者をほめてあげたい気分になった。なぜこのような概念が主流になったかはわからないが、いずれかはわかりたいものだ。アウレイアはそう考えながら、魔法言語学の授業から現実逃避していた。
「…ジュさん」
そんなこんなで自分の名前を呼ばれていることすら分からなかったアウレイアは顔を上げてぽかんという顔をした。目の前に教師が立っていたのだ。彼は目を吊り上げて咎めるように自分を見つめている。
「聞いていましたか?ルルアージュさん。このクロスファイヤーという2つの火をクロスに飛ばすにはどのような詠唱を行えばいいですか?」
聞いていましたか、と尋ねながらももう一度問題を言ってくれる教師に感謝を抱きながらもアウレイアは戸惑った。これまで全く話を聞いていないのである。アウレイアは下を向きながら、必死に考える。
確か、火の詠唱の基本文は…。全く出てこない。黙り込んだルルアージュを見つめ、答えが出てきそうにないことを悟った教師は次にリリアージュを指す。
「では、リリアージュさんはわかりますか?」
リリアージュははい、と返事をし、スラスラと答えた。
「さすがはリリアージュさんですね。その通りです。この魔法は火の基本文に双子の定型文を入れます。さらに流れを操れるように流動の定型文を付け足せると完璧でしたね」
そう付け加えながら、ちらりとルルアージュを見る教師。先ほどの感謝はやはり取り消さなければならないらしい。お前の妹はできているぞと言わんばかりの視線にアウレイアは心の中でため息を吐いた。そのようなことどうでもいいので態度で表さないでほしかった。そもそも、双子やら流動やらよく分からない言葉を使ってよく分からない文章を作り上げてこの国はどこに向かっていくのやら。アウレイアはこの国の将来の行く末を心底心配した。
アウレイアはふとじっと自分を見つめる視線に気づく。それはライネルである。彼はリリアージュの護衛として立っていながらも観察するようにアウイレイアを見つめ続けていた。それを横目でちらりと見てアウレイアは前を向くと、教師がこちらを見ていることに気がついた。
「ルルアージュさん。先ほどのものはメモしましたか?」
笑顔で話しかける教師にアウレイアの脳内は警報を出していた。アウレイアは冷や汗をかきながらも笑顔でもちろんです、と答える。もちろん嘘なのだが。そこでチャイムが鳴り、授業はお開きとなる。アウレイアはほっとして息を吐く。
「全く、あなたは嘘がやはり得意なんですね」
そこで冷めた表情でこちらを見ているベルンが口を開く。ルルアージュは負けじと真顔で答えた。
「私、無駄なことはしない主義なんですの」
無駄なこと。確かに、魔力のないルルアージュが魔法言語を習ったところで時間の無駄なのかもしれない。ベルンはそう思った。ただし、ルルアージュのことが大嫌いなので、素直に納得の返事を送るわけにもいかない。
「聖女であるリリアージュは何事も無駄とは言えず、努力を重ねて頑張っているのに貴様はその口なのだな。お前とリリアージュの差がよくわかる」
そう言えば、ルルアージュはなんとも言えない顔をした。もはや返す言葉もないらしい。そんな彼女を見て気分がよくなったベルンは立ち上がり、リリアージュのところへと歩き始める。彼女の周囲は常に人で溢れている。そして、その人ごみでいつも笑顔なのが彼女なのである。
アウレイアはそんなベルンを可哀想に見つめていた。ルルアージュに文句を言うことで今までストレスを発散させていたのだろう。他にストレスの発散方法がないのかもしれない。そして、次の授業が始まろうとしていた。
昼休み、ライネルはルルアージュに話しかけようか悩んでいた。その内容は香水である。ただ、朝の態度からしてベルンには渡していいというような態度だったと思うので、渡してしまってもいいかもしれない。ライネルはそう決断してベルンの護衛に声をかけた。
「すみません、ベルン様へルルアージュ様から渡すものがありまして」
そう切り出したライネルにベルンの護衛は不審そうな目で香水を受け取った。そして、リリアージュとルロスト、ヴァニロスとご飯を食べているベルンを見る。その様子を見たライネルは判断を間違えたのだろうかと不安になりながらも護衛にお辞儀し、指定の位置へと戻った。
いつもどおりリリアージュが味気ないご飯を食べているとき、ルルアージュは当然、湖畔でおいしいご飯を作って、天使ユーリファとご飯を食べていた。もう、無銭飲食のユーリファには慣れたもので、今日はトマト煮込みのリゾットを二人前作った。相変わらず彼はおいしそうにご飯をほおばっている。暖かいコクのあるスープにはトマトの酸味がよく効き、アクセントとなっていた。とろけるようなふわふわのお米に、歯ごたえのある野菜が合わさり、噛んでも噛んでも飽きの来ない食感があった。アウレイアもそのリゾットを食べながら、今日の放課後の予定について考えている。依頼を初めてクリアしての次はなにがいいだろうか。アウレイアは考えながら笑みを深めた。
11/25 ベルン様にルルアージュ様に渡すものがありまして➡︎ベルン様へルルアージュ様から渡すものがありまして に修正。
ご指摘してくださった方、ありがとうございます。
タイトル変更しました。これからも読んでくだされば幸いです。




