034 護衛の件
冒険した次の日の朝にアウレイアはルルアージュの父親であるハルバートに呼び出された。アウレイアにとって初めて訪れる父の執務室。そのドアの荘厳さはアウレイアにとって衝撃的なものではなく、彼女は緊張感なく入室した。
「失礼いたします。ルルアージュ・ベデルギス。ただいま参上いたしました。どのようなご用命でしょうか」
そう言ってカーテシーを行うアウレイア。顔を上げればハルバートは固まっていた。青い瞳が大きく見開かれている。なにかおかしかったのだろうかと自分の行動を反芻するアウレイア。
「ああ、実は話があってな」
硬直から戻ったハルバートが執務室の椅子から立ち上がり近づいてきた。実父であろうともアウレイアは思わず警戒してしまう。ハルバートの足が止まり、彼の手がライネルの肩に置かれた。ライネルにまで警戒が行ってなかったアウレイアは驚いたように体を硬直させた。
「ライネルだが、学園に特別に同行させることにした。ただし、学園外ではお前の従者だが、学園内では護衛だ。彼は一応護身術を嗜んでいるから大丈夫であろう。だが、もう1つ条件があってだな」
ハルバートは言葉を区切って、ルルアージュをじっと見つめた。
「リリアージュが聖女である今、学園でも彼女に取り入ろうとするものが増えてきている。あとはわかるか?」
ハルバートはルルアージュが真実を探るように自分を見つめているのを感じた。しばらくしてもルルアージュが答えないので自分で答えることにした。
「ライネルには学園にいる間、リリアージュの護衛に回ってもらうことにする」
アウレイアはここにいたのがルルアージュならどうしたのだろうかとぼんやり思った。ふと、ハルバートに手を置かれているライネルを見る。彼の表情は前髪に隠れて見えない。喜びをかみ締めているのか、腑に落ちない表情をしているのか、予想もできない。ただ、1つだけ、ルルアージュには守る価値がないという考えが父親の中に存在するのか、それとも、王命か、いずれにしてもルルアージュの存在が否定された気がした。
けれど、アウレイアは考えた。護衛という言葉は今のルルアージュにはいらない。なんせこちらはもと軍人。最悪なにかあれば、自分の神殿に奉られている愛刀を召喚すればよいのだ。また、魔法と魔力の開放もできる。そうなったらあとは逃げて、どこかの山奥に引きこもり、ルルアージュに体を返せるようにユーリファに頼み込もう。そう考えると楽しくなって思わず笑いがこみ上げる。
「ふふっ」
ルルアージュの笑いに思わずハルバートは身を竦めた。この笑いにはどういう意味があるのかわからないが、彼女から一瞬殺気を向けられた気がした。よくよく考えてハルバートは自分の考えを捨てた。なんせ、自分の娘、ただの令嬢である。令嬢に自分を殺せるほどの力があるわけない。ただの勘違い。考える必要もないことだ。ルルアージュを見れば彼女はまっすぐに自分を見つめていた。
「ええ、構いませんわ。お父様の意向のままに」
その表情はどこか余裕そうであり、可愛いリリアージュよりも美しい表情に見えた。見惚れそうになるもハルバートは目を逸らし、腕を組んだ。
「納得してもらえて、感謝する。では、ライネル。よろしく頼んだ」
「仰せのままに」
「用件は済んだ。馬車には少し遅れてもいいからしっかり支度するように」
「お心遣いありがとうございます。では、退室させていただきます」
ルルアージュとライネルはそれぞれお辞儀をしながら部屋を出て行った。1人になったハルバートは崩れるように椅子に腰を落とした。まるで、昔にやりあった歴戦の戦士のようなプレッシャーを彼は感じていた。
「弱くなったな、私も」
自身の豆がなく綺麗な手を見てハルバートは呟く。また、鍛錬しようと彼は密かに決心した。
準備をして、待っている馬車に乗り込めばリリアージュと赤髪護衛が既に座っていた。ライネルの話を既に聞いていたのか同行に関してなにか突っ込まれることはなかった。アウレイアは静かに外を見る。
「あら、ライネル。なにか持っていますね?それは一体なんでしょう?」
リリアージュとライネルが話しているのが聞こえる。
「こちらは、ルルアージュ様がベルン様に渡す香水でございます」
ライネルが答える。
「まあ、どんな香水なのか知りたいわ。お姉さま、なにを買ったんですの?」
リリアージュがルルアージュに話を振る。話を振られたアウレイアは窓から視点をリリアージュに移す。彼女は本日も透き通るように可愛く、髪を結い上げ、ハーフアップにしている。話を半分聞いていなかったアウレイアは自分が買った香水について思い出す。
「…モスグリーンだったかしら?」
そもそもどうして香水のお話をしているのだろうかと思いながらもアウレイアはそう答える。
「も、モスグリーン!?」
リリアージュが驚いたように声を上げる。しばらくして私としたことが、と彼女は口を手で押さえる。
「お、お姉さま、本当にそれを買われたのですか?」
そう聞かれると自分が買った商品の名前に自信がなくなる。いや、店員がしっかりとモスグリーンと言っていたはずだと自分を自信つける。
「ええ。そうですわ」
そう言えば、信じられないとばかりにリリアージュが大きく目を開いていた。彼女のフォローをするように赤髪の護衛、アーヴェンが口を開いた。
「も、モスグリーンは小国が1つほど買える程の値段ですが、…騙されたのでは?」
小国1つ。アウレイアにはその価値がよくわからなかった。すかさずライネルがフォローに入る。
「私も確認しましたが、確かに本物でした…」
それを聞いたリリアージュは口を開く。
「お姉さま、いつの間にそんなお金を…?」
こんな話の流れになると思わなかったアウレイアは脳をフル回転させる。かつて、剣術を隠れてする際に両親にあらゆる誤魔化しをしてきた。その力が今役に立つ。唸れ脳みそ。動け口。
「昔に買ってもらったドレスを売ったら、そんな値段になりましたの!」
令嬢がドレスを売るなど言語道断。しかも、そのドレスは公爵が買ったものである。アーヴェンとライネルが白い目で自分を見ているのがわかる。おわった…。脳みそはどうやら運動不足だったらしい。1mm何とか動いて死亡している。
「まあ、そうでしたの。お姉さま、ドレスがたくさんありましたものね」
しかし、神は見捨てなかった。リリアージュはこの信じられないような嘘を信じたのだ。そこでアーヴェンもため息を吐いてこれ以上言及してこなかった。そして、馬車の揺れが止まった。どうやら学園に着いたようだ。
「では、ルルアージュ様、手をお取りください」
ライネルが馬車をひらりと降り、手を差し出す。アウレイアはお礼を言って、ライネルの手を取る。いつもは自分もライネルのようにすんなりと降りていた。そう、服装がドレスでないなら、ライネルよりも素敵に降りることができるであろう。変な対抗心を抱きながらも学園へ向おうとすれば、リリアージュに引き留められた。
「お姉さま、申し訳ありません。あなたの大切なライネルを借りることになってしまい…」
もしかしたら、リリアージュはさほど馬鹿ではないのかもしれない。アウレイアはそう考えた。馬車を降りた先、他者の視線がある前で堂々と謝られては、こちらとしても否と言うことができない。精々曖昧に微笑むぐらいの抵抗しかできないのだ。と、まあ、ライネルを学園で貸すくらいなら、自分にとってもありがたいことである。護衛と言う名の監視はアウレイアにとっても行動を邪魔する人である。いない方が動きやすい。
アウレイアはにこりと笑みを浮かべて首を振った。
「いえ、構いませんわ。先に行かせてもらうわね。ライネル、仕事をしっかりやるように」
「え、あ、あの、お嬢様、香水…」
なにかライネルが慌てているが、ここは格好よく去るもの。アウレイアはそう考えながら、校舎へと向かった。
次回の投稿はいつか未定です。
いつも読んでいただきありがとうございます。心温かい感想には勇気付けられています。




