033 お土産
結局アウレイアは、香水を買った。しかも、1個買うともう1つが半額であったため、2個買った。アウレイアには寄付金という名のお金がたんまりある。お金の使い方にはあまり気を使う必要はない。…しかし、アウレイアは何かに負けたような気持ちを抱きながら、岐路に着いた。
豪華な公爵家の家に帰れば、屋敷が騒がしかった。御者に馬車からエスコートで降ろしてもらえば、メイドや執事がてんやわんやとあちこちへ走り回っている。日は傾き、空が赤く染まるこの時間にいったい何が起きているのかと思いながらもアウレイアは屋敷へ踏み入れた。
「ルルアージュ様!」
待ちわびたとばかりにライネルがアウレイアに駆け寄ってきた。その表情は真剣そのものだった。
「ら、ライネル。一体この騒ぎはどうしたのかしら…」
アウレイアが困惑した様子でそう言えば、ライネルは肩を落としながら口を開いた。
「…リリアージュ様の所へ殿下がお越しになられたのです。いきなりの来訪に準備ができていなかった私たちは大慌てです。現在、殿下はリリアージュ様と共に庭園でお花を愛でられています」
「そうだったのね。では、部屋へ戻りましょう」
アウレイアとしては、王子が来たからといって、なにかしら自分がする必要はないのではと考えた。王子にはリリアージュが接待している。なら、いきなり自分が割って入った所で変な諍いが生まれてしまうのではないかと考える。…あの食堂の件がふと脳裏に過ぎる。そもそもアウレイアはドラゴン1匹倒して疲れたのだと、思っている。よって、王子に気を遣うことも面倒くさいのだ。
あっさりと部屋へ戻ると言ったルルアージュにライネルは目を瞬いた。噂になっていた男に媚びるルルアージュはどこへ行ったのだろうか。食い入るように主の顔を見るが、野心の欠片一つ見当たらなかった。どうやら、本当に部屋に戻る気らしい。
「かしこまりました」
そう言ってルルアージュの後ろを大人しく追従するライネル。周囲は相変わらず忙しそうだ。当然である。屋敷には主人も居らず、夫人はお茶会へ、頼りの長男は領地の見学。家にいるのは次男と次女のみ。しかも次男は礼儀の教育仮終了であり、まだ教育の必要がある可能性があるのだ。だとすれば、次女が頑張るしかない。しかも婚約する関係であるならば、接待せざるを得ない。なぜこのような時に殿下はお忍びに来たのだろうか。ライネルは主に気づかれぬように小さなため息を零した。
アウレイアは部屋へ戻ると早速、御者がライネルに手渡した荷物を開けさせた。中には店員のおすすめのモスグリーンという名の少し爽やかでありながら独特な匂いの香水が2つ入っている。
「…ルルアージュ様、こちらは…」
ライネルの戸惑った声が聞こえる。さすがに同じ匂いを2つ渡されても困るのではないか。そう考えたアウレイア。
「1つはどなたか適当な方にあげてくれるかしら?」
そう言えば、ライネルはにっこり微笑んでかしこまりました、と言った。どうやらライネルは香水をお土産として認識してくれたようである。
ライネルといえば、まったく別の意味で微笑んでいた。ルルアージュはこれまでに何度もベルンに香水を送りつけている。もうこれで7つ目である。香水をあげるのを遠慮したほうがいいのではと言ったことはあるが、その度に酷く叩かれた。もはや、香水の贈り物と言う名のトラウマになっているのである。これまで送ってきた香水を纏って、表面だけ取り繕っているベルンは明らかにルルアージュを嫌っていた。たまにさらりとルルアージュに向かって暴言が発されるものの、ルルアージュはなにか勘違いをしているのか、スルー。もはや、ベルンが可哀想になってくるような光景であった。
ルルアージュは最近人が入れ替わったかのように性格が軟化した。これは前世の記憶が蘇ったという話になっていた。たとえ、ルルアージュがルルアージュでなくなったとしても、ベルンのことを慕っているのは変わらないということであろうか。ライネルは自分の主の恋の道を想像して気が重くなった。今までのベルンの行動を見れば誰だって理解できるであろう。彼はルルアージュが大嫌いで、リリアージュが大好きであるということを。少し重いだけの香水が岩のように重く感じた。
「…ルルアージュ様。もう1つを適当な方にと申しますが、どなたに差し上げればよろしいのでしょうか?」
ライネルはにこりとした顔のまま尋ねる。ルルアージュは考えていなかったとばかりにはっとした。
「…あなたの任意の人にあげて構いません。もしくは、売ってお金にしてもいいです」
ルルアージュはそう答えた。
「…売って、お金に、ですか?折角お嬢様が買ってきた物を売ることなどできません。なら、私が使わせてもらいます」
「べ、別にいいけれど、本当にそれで大丈夫なんですか?」
ルルアージュは心配してライネルに話しかける。
ここで彼らの話は噛み合っていなかった。アウレイアはライネルに香水をあげたつもりである。つまり、ライネルの「私が使う」発言に、2個も香水を使うなんて香水の使用期限的に間に合うのかという意味で「大丈夫か?」と聞いているのである。
一方、ライネルは香水の1つを婚約者のベルン・マキドシュにということを前提に話を進めていた。そこで、主の「大丈夫か?」の発言を「お前なんかに香水が使いこなせるのか?」という意味だと解釈する。そこでひどく心を痛めたまま大丈夫であると頷くライネル。
両者互いに勘違いをしている中、綺麗に会話が噛み合う。お互いの誤解が解けないまま、車輪は進む。
結果、アウレイアの認識では香水2つともライネルへ。実際は1個がベルンへ、もう1個がライネルへと渡る結果となった。
部屋に帰り、ルルアージュからもらった香水が最高級かつ最先端の香水であることに気が付いたライネルは慌てて窓とドアに目を向けたのはまた別の話。
ばばんと投稿
次回は10/20 12:00に投稿いたします。




