031 アースドラゴン
3人は悲鳴が聞こえた森の奥の方向を見つめてしばらく沈黙した。始めに声を出したのはオーガストだった。
「…今、悲鳴が聞こえたか?」
「よし、帰ろう。初めての冒険で人を助けられると思えない。それに行ったところで役立たずで終わるに違いないわ」
ミルがそう言って、アウレイアを見た。アウレイアは声のした方をじっと見つめている。ふと彼女は呟いた。
「アースドラゴン…。結構上のランクの魔物か」
「「あ、アースドラゴン?」」
何だそれはとばかりにアウレイアを見つめる2人。当然だ。学園で魔物講座などやるはずがない。ゴブリンは掲示板に貼ってあったから分かったものの、他の魔物なんてあまりわかるはずもない。それなのに、アウレイアは知っている。…しかも悲鳴が小さく聞こえたことから、結構遠くにその魔物がいるはずなのに、見えている。一体これはどういうことなのであろうか。
アウレイアは悲鳴が聞こえた瞬間に気配を感じ取っていた。アウレイアの気配察知の範囲は広い。よって、森の内部までどこになにがいるのかを把握できる。ただ、この気配察知は遠くを見ようとすればするほど、自分の周りの範囲は見えなくなるのだ。つまり、安全な場所以外はあまり使えないものである。
そして、森の中央部には達さない奥地にアースドラゴンと怪我をして蹲っている人が1人、座り込んでいる人が1人。盾を構えている人が1人。その後ろにいる人が1人。計4人がいるらしい。アースドラゴンは別名“森の支配者”。大地に木を生やし、地形を変形させる攻撃が特徴的な魔物だ。。
アウレイアの時代ではなかなかの強敵でBランク認定されていた魔物だ。なお、ゴブリンが初心者のランクであることから、今の時代でもBランクなのではないだろうか。
けれど、4人のパーティーは討伐することが難しそうだ。現状で2人または1人やられている状況。Bランクの魔物はAランクの冒険者なら3人、Bランクの冒険者なら4~6人いなければ討伐は難しい。
アウレイアは周囲を即座に見回す。どうやら、先ほどのゴブリンははぐれらしく、周囲に同じゴブリンはいない。つまり、魔物は今の所周囲にはいないようである。
「…ミラージュ、オーゼリア。ちょっとここにいてもらえない?」
「…アウレイア、まさか」
ミルがありえないとばかりにアウレイアを見つめた。
「ちょっと、森の奥に行ってくる」
アウレイアは冷静にミルの視線を受け止めてそう言った。
「アウレイア…。俺ら初心者だぞ?…でも、聞いたことのない魔法を使えるアウレイアなら大丈夫な気がするな」
「ちょっと、オーゼリア!」
オーガストの言葉にアウレイアはニコリと微笑み、頷いた。
「ちょっと助けに行ってくる。『結界』。半径100m程に魔物も人も出入りできないように結界を張っといたから、ここで待ってて」
そう言ってアウレイアは森の奥へとかけて行った。
「え、もう行くの?」
そう言ってミルはアウレイアを追いかけたが、100m程来たところで透明な壁に阻まれ、ぶつかった。
「ブべっ」
後から追いかけてきたオーガストが溜息を吐きながらミルに問いかけた。
「ミラージュ…、話聞いてたか?」
顔からぶつかったからか、一番被害の大きい鼻を押さえながら、ミルは涙目で答えた。
「ええ。聞いていたとも!ちょっと信じられなかっただけ」
オーガストが、ミルが蹲っている所の横に行き、手を伸ばした。すべすべの見えない何かに手が当たる。
「凄い綺麗な結界だな。滑らかな手触りだ」
「…私から見ると、オーゼリアが綺麗なパントマイムをしているようにしか見えない」
「…」
ミルの言葉でオウガストは結界に手を当てるのを止めた。
「とりあえずもう少し真ん中にいよう。アウレイアが心配なのはわかるが、心配しているこちらに何かあっては元も子もない」
オウガストに言われ、鼻を押さえながらミルは立ち上がった。歩きながら、オウガストに言葉を返す。
「アウレイアを心配しているわけではないから。彼女が足を引っ張らないか悲鳴を上げている人を心配しているの。それに結界張ったってアウレイアが言っていたのに、私たちに何かある可能性もあるとか言っているオーゼリアの方が、アウレイアを信用していないじゃない」
「な、なんだと!?」
オウガストとミルは立ち止り互いににらみ合う。
「やるか?俺は男だから手加減してやる」
「12歳に男も女もあるか。勝つのは私よ」
そう言いながら、オウガストもミルも武器を持つ様子はなかった。
場所は変わって、森の中央部には達さない奥地で、男は大きな盾を持って大きな魔物と対峙していた。鋭い口での攻撃、尻尾の攻撃、地形変動の攻撃、木を投げての攻撃。これまでに何度も大きな盾を前に出し、攻撃を凌いできた。だが、そろそろ盾も限界らしい。盾の淵から中央までひび割れた線が走っている。そうなれば、後ろにいる仲間と共に男は殺されるであろう。そもそも、森の主であるアースドラゴンがなぜ中央部にいないのか。男はちらりと、左を見た。ネラとジェイードは意識を失って倒れている。もしかしたら、もう息をしていないのかもしれない。後ろでは、なんとかアースドラゴンが攻撃できないように魔法を唱えているサラがいる。長文の詠唱を終えてサラが風の球、ウインドボールをアースドラゴンに投げて弾けさせる。すると、球はドラゴンの目の前で弾け、竜巻を発生させた。ただ、その竜巻はドラゴンの遠吠えで消えてしまう。
「…」
理解していた。魔法でドラゴンに傷をつけられるなら、とうの昔に一人だけでも逃げれたであろう。全滅になりかけている今、希望を灯したところで蝋燭のように頼りないものだ。遠吠えをしたドラゴンが仕留めるとばかりに牙を盾に突き立てた。バキッという音がして盾が壊れ、地に落ちる。男はなんとか剣を前に持ってきて、牙の衝撃を受け止める。受け止めた瞬間に吹き飛ばされ、男は意識を失った。
「…ぶですか?」
「…大丈夫ですか?」
少女の声が聞こえて男は目を開けた。目の前には少女が心配そうにこちらを見ていた。男は手を軽く握ってみて驚いた。ドラゴンに吹き飛ばされた男は体中に痛みが走りながら気絶した。しかし、今その痛みはなかった。体に力を入れて起き上がれば普通に起き上がれる。起き上がり、周囲を見渡せば、自分といた仲間が寝ているのが分かる。
「…仲間は無事だろうか」
ふと、お礼よりも先に自分が思ってしまったことを口に出してしまい、男は自分が恥ずかしくなった。大の大人が、助けてくれた?命を救ってくれたのか?明らかにこちらを気遣ってくれている人物に対して失礼ではなかろうか。そんな礼儀知らずの男に対し、少女は笑って、無事を知らせてくれる。その瞬間、男は疑問を感じた。ネラとジェイードはアースドラゴンの尻尾によって、投げ出され、爪の攻撃により、地面に突き落とされた。すなわち死んでいてもおかしくはないのだ。男の表情から悟ったのか少女はにこりとしたまま口を開いた。
「全員治療をしておいたので大丈夫です。他の人も間もなく起きると思いますよ」
タイミングを見計らったように、他の3人が起き出す。
「あ、おはよう、ヒュウ」
何事もなかったように起きるネラ。彼女の綺麗な肌には傷一つなく、先ほどの戦いが嘘だったかのように感じる。他の2人も傷跡一つなく問題ないようである。
「そ、そういえば、ドラゴンはどうなったのかしら…」
顔を真っ青にして、周囲を見回すサラ。当然である。彼女の魔法は何一つ通用しなかったのだから。
「ドラゴンですか?アースドラゴンなら、私が来た時にはもう、死体しかありませんでしたよ?」
治療をしてくれた少女はそう言って、ある方向を指差した。
「…うそ」
サラが驚いた顔でそちらを見つめた。そう、アースドラゴンの体には大きな氷塊が刺ささっていたのだ。アースドラゴンと戦った4人は真っ青な顔でそちらを見つめている。しばらくして、ハッとしたようにヒュウは少女の方を向いた。
「治療をしてもらい助かった。ありがとう。出来れば名前を教えてもらえないだろうか?あとで、お礼をしたい」
そう言われた少女は遠慮気味に口を開いた。
「私はたまたま通りかかった人ですし、もうドラゴンは倒れてました。お礼なら倒した人にしてあげてください。私は失礼します」
お辞儀をしてそそくさと去って行く少女を見つめて、ヒュウと未だに現状を理解できていない3人はぽかんと見送った。しばらくして、サラが口を開いた。
「私、確実に即死に向かうような傷を受けたんだよね…。傷が一つも残らず、後遺症も残らないなんて、あり得ないんだよね。もしかしたら、ものすごい回復魔法の使い手なのかも。なんかお城で聖女が現れたって言っていたし、もしかしたら、聖女なのかも」
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「…紫の髪の少女か。時間があれば探してみよう。命を助けてくれたお礼もしたいしな。この近くといったらやはり王都から来たのだろう」
ジェイードがそう言って、少女が去った方を見た。もう辺りに他の人の気配はなかった。




