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023 保健室

 

「オウガスト・シリア様はいらっしゃいますか?」


 ルルアージュの言葉に白衣の女の人は頷いた。


「はい、いますよ。入って二番目の扉です」


 保健室、といったところでアウレイアは元いた国の医務室を思い浮かべていた。布で区切られた医師の診察室。横に並ぶベッド。


 しかし、どうやらここはそれとは全く違うらしい。まず、初めに保健医の診察室が広々として在り、大きなテーブルが真ん中に存在した。そして、椅子がいくつも並べられていて、テーブルにはたくさんのクッキーが置かれて透明な布を上から被せられていた。テーブルの奥には大きな扉があり、その奥にベッドが置かれているらしい。


 アウレイアはお礼を言って大きな扉を静かに開けた。すると、そこには等間隔に並べられた扉と廊下が広がっていた。大きな扉から入って目の前に扉が一つ。そこから左側に廊下は広がっている。保健医の言葉からすると、大きな扉の前にある扉の隣の扉がオウガストのいる部屋の扉なのであろう。


 アウレイアはゆっくりと扉をノックした。すると、オウガストの返事が聞こえる。アウレイアが扉を開けると中にいた前髪を切ったらしい、オウガストと目が合った。


 部屋の中はベッドとタンス、椅子とたくさんの本が本棚に並べられていた。窓からの明かりが優しく室内を照らしだし、少しだけ開けられた窓から風が吹き、タンスの上に活けられていた一輪の花が揺れた。オウガストはベッドに上体を起こした状態で本を読んでいたようだ。彼は驚いたように目を見開き、本を静かに閉じた。


「えっと、具合はどうですか?」


 前髪が短くなったオウガストに少しの戸惑いを覚えながらもアウレイアは声を掛けた。オウガストは綺麗な紺色の瞳を瞬かせたあと、ニコリと笑って返事をした。


「大丈夫です。治癒魔法のお蔭で治ったみたいです。ただ、治癒魔法は本来時間をかけて治すはずのものを一気に治すので、ゆっくり減っていく体力を一気に使うみたいです。一応、体力低下の可能性もあるので、午前中だけ安静に、というわけです」


 オウガストは腕をぶんぶんと回し、元気さをアピールした。オウガストの見た目には傷一つなく、彼の言っていることが本当であると理解できる。


「そうですか。なら、よかったです」


 アウレイアはいつの間にか張っていた肩が下りたような気がした。


「ルルアージュ様。心配をお掛けしました」


 申し訳なさそうに言う、オウガスト。アウレイアは首を全力で振った。首振りを止めてアウレイアは疑問を口にした。


「ところで、オウガスト様。一体何があったのですか?」


 オウガストは黙った。オウガストにとってそれをルルアージュに言うことはできなかった。


 朝、オウガストは前髪をできるだけ上手に切り、普通に寮から学園にやってきて、久しぶりに教室へと入った。もう既に来ている貴族は不審げにオウガストを見つめていたが、やがては視線を逸らし、いつもの日常へと戻って行った。オウガストとしては昨日、ルルアージュやミルと話せたことを元に、誰かと話したりできないかとあちこちに目を向けていた。すると、二人の貴族が教室に入って来た。彼らはオウガストを一目見るも、興味を示さず、席に座り会話を始めた。その席はオウガストの斜め前で必然的にオウガストの耳にその会話が入って来た。


「昨日の夜会のリリアージュ様見たか?」


「見た!上品な青いドレスを纏われたその姿はまさしく水の妖精!触れてしまえば、瞬く間に空気に溶けてしまいそうなか弱さに、目を奪われてしまった!」


「まさに美の結晶と呼ばれるような美しさだったな」


「ああ。久しぶりにリリアージュ様を堪能できた。いつもはリリアージュ様に嫌がらせをしてくるルルアージュ様がいるからな。目が合っただけで殺されそうになるあの殺気は悪魔のように、恐ろしい」


「あれで、迫ってきて甘えられても全く可愛げがない。不細工とまではいかないが、リリアージュ様には到底及ばない美しさだ。今は可憐な可愛さがもてはやされる時代。顔のきつそうな美人なんか滅べという時代だ」


「それは、ここだけの中でな。それとあまり大きい声で言うな。悪魔のルルアージュ様なら地獄耳でもおかしくない。真っ黒い羽を広げてやってきて教室に火を点けられるのではないか?」


「そうなれば、聖なるリリアージュ様を召喚し、鎮火してもらい、ルルアージュ様は浄化してもらうしかないであろう」


「これはなかなかの傑作だな。悪魔ルルアージュと聖女リリアージュ。双子で正反対の存在。いい話のネタになるのではないか?」


「まあ、悪魔ルルアージュは男に対してはただの尻尾振る雌になるわけだがな」



 一昨日のオウガストであったなら、何も感じなかったであろう。ただ、耳で聞き流し、情報として頭の中に入れるだけ。そこに感情は生まれず、事は起きなかった。しかし、オウガストは昨日知ってしまった。ルルアージュがどれだけ仲間思いで優しい人かを。誰も気づかれなかったことを解決し、オウガストに光を見せた。新しく部活を立ち上げ、ミルとも話し、人と話せることの大切さ、手の届く範囲に仲間がいるという心地よさを知った。これはルルアージュがやって来なければ知らなかったもので、もしやって来なければ生涯知り得ず、孤独のままに死んでいたのかもしれない。オウガストにとってルルアージュは太陽であり、月であったのだ。


 彼等の会話を聞いたオウガストは最後の部分で堪忍袋の緒が切れた。ルルアージュは嫌な噂ばかりされていた。自分が孤独だった時、そんな情報ばかり聞こえていた。自分もルルアージュ=悪魔の図が浮かび、関わりたくないと思っていた。けれど、オウガストは助けられた。悪魔と呼ばれるルルアージュに優しく助けてもらった。つまり、自分の救世主を馬鹿にされたのは許せなかった。


 気が付くとオウガストは立ち上がり、その貴族達の目の前に立っていた。彼らはオウガストがやって来たことに驚き、話を止めた。


「一体、何のですか。オウガスト・シリアさん。なにか文句でも?」


 彼等はオウガストが話さないことを知っていた。一言も話さない。つまり、文句があっても何も言わない。殴らない。目の前に立たれたとしても恐怖などなかった。真剣な顔のオウガストは教室の外を指差した。


「表へ出ろ」



 ルルアージュのことに対して切れて外で貴族の一人を殴った。しかし、相手は怪我一つなく、けろりとしていた。つまり、オウガストは人一人満足に殴れることができない弱小であった。そこまでは計算していなかったオウガストは驚いて自身の拳を見つめる。その隙に貴族が集まってきて、暴力を振るうということはどういうことだとタコ殴りにされた。


 そんなことをルルアージュに話すなんてできない。そもそもルルアージュのことを馬鹿にするなと怒って喧嘩を売りましたなんて言ったら、ルルアージュが申し訳なさそうな顔になるに違いない。


 黙っているオウガストにアウレイアは頷いて、言葉を発した。


「わかりました。言いたくないのですね。言わなくていいです。失礼なことを聞きました。すみません」


 謝れたオウガストも申し訳なさそうにしてすみませんと謝った。なんとも言えない沈黙が訪れる。居たたまれなくなったアウレイアは部屋を退室することにした。


「ここで、失礼しますわ。オウガスト様。次の授業には出れるのでしょう?今日の放課後は部活に来られますか?」


「はい。部活には行きます」


 オウガストの真剣な返事にアウレイアはニコリと笑って言葉を返した。


「では、放課後、部室でお待ちしておりますわ」


 その言葉と笑顔がオウガストを襲う。きゅんとした胸に疑問を抱きながらもオウガストはルルアージュがいなくなるまで目を離さなかった。



次回は4/29 12:00に投稿させていただきます。

読者様方の感想はとても励みになっております。いつも見ていただきありがとうございます。


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