022 騒動
「では、お先に失礼しますわ。お姉さま」
アーヴェンに支えられて降りながら振り返ってリリアージュはそう言った。昨日と同じになるのが目に見えているアウレイアはええ、と返し、リリアージュを見送る。リリアージュが出た後に続いて自分一人で降り、学園へと入った。
学園は昨日と変わらぬ景色。ただ、いつもより騒がしく、校舎の片隅に人だかりができていた。稀に悲鳴や怒声が聞こえ、乾いた鈍い音が聞こえる。何だろうと近づくと人だかりの最後尾にいたリリアージュに手を掴まれた。
「お姉さま。この先は危険ですわ。血を流している人がいるらしく、血を見た令嬢が数人倒れました。私は光属性を持っていて、治癒魔法を練習している身なので助けに行こうと思います」
ルルアージュも手伝おうと口を開きかけると、後ろから昨日聞いた声が聞こえた。
「リリア。この人だかりはなにかあったのか?」
「ルロスト殿下!実は、一人の生徒が暴力を振るわれたそうで…」
振り向けば、下に結んだ金髪の髪、細められた赤い目で遠くを見据えているルロストがいた。彼はリリアージュの方を向き、甘い笑顔であいさつをし、ルルアージュの方を向き、真顔で、いたのか、と呟いた。即座にルルアージュを視界から外し、リリアージュの方に笑顔を向けて、リリアージュに言葉の続きを促している。
あまりの表情の変化の速さにアウレイアは驚いた。笑顔、真顔、笑顔。しかも首の動きをつけて表情の切り替えを行う。よほど表情筋が鍛えられているのだろう。毎日どのように鍛えているのだろうか。思考を脱線させたアウレイアは意識を現実に戻し、リリアージュとルロストのやりとりに注目する。
どうやら、王族という身分の高いルロストが割って入り、リリアージュが治癒魔法を使って怪我人の治療をするらしい。ルロストが前に出るということで護衛が緊張した面持ちで人混みを割り出した。
「殿下のお通りです!道をお開けください!」
護衛が大きな声でそう言うと、周囲の傍観者たちが道を譲り始めた。そこをルロスト、リリアージュの順番で歩き、事の起きている場へと向かった。
ルロストは現場を見て顔を顰めた。そして、すぐさまリリアージュの視界を覆う。
現場には数人の少年と一人の蹲っている少年がいた。蹲っている少年以外はルロストの登場に気付き、焦り始めた。
「一体何があった」
少年たちは王子の質問に誰が答えるか。そう目で話し合い、やがて一人の少年が前に出てきた。
「殿下。この者が突然暴力を振るわれたので正当防衛したまでです」
その発言を聞き、ルロストは目で護衛に指示を送る。護衛はルロストの周囲に目をやりながらも蹲っている少年の肩を叩いた。どさっと音が聞こえ、生えている芝生の上に少年が倒れた。気を失っているようである。周囲にいた令嬢が悲鳴を上げた。中には気絶したものもいるようだ。それを見たルロストは溜息を吐きながら、少年たちに言った。
「とりあえず、今回のことは教師や生徒会に報告しておく。後で、気絶している少年にも話を聞くであろう。ただ、貴族が暴力を振るうのはいけないだろう。そこは反省するべきだ。もう授業が始まるし、解散だ。周りにいる者達も教室に戻れ。…ところでこの少年の名前は何と言うのだ?見たことがない気が…」
ルロストの最後の言葉に少年の一人が口を開いた。
「オウガスト・シリアです」
もう周りにいる人は校舎へと入って行っていた。ルロストは静かな空気の中で驚いたように名前を繰り返した。
「オウガスト…オウガスト・シリア!?」
問題児オウガスト・シリア。その名はルロストの耳にも届いていた。どの様に偉い身分であっても言葉を話さない。ひたすら無視。テストは白紙、授業はサボりの常習犯。もはや貴族でいいのかレベルで問題児だ。彼とは一度学園ですれ違ったことがあった。挨拶はされなかったものの、お辞儀はされた記憶がある。その時表情の見えぬ妙な長い前髪が特徴的だなと感じたのだ。前髪を短くするだけでここまで印象が違うとは思わなかった。口こそ切れて血が出ているものの、きめ細やかな肌に長い睫毛から将来が期待できる少年である。
ルロストは驚きのあまり、リリアージュの目を塞ぐ手を下げた。リリアージュは目を開けたままだったので必然的にオウガストに目が行く。それに気づいたアーヴェンがリリアージュの視界に血が入らないように前へ出るが、遅かったようである。
「きゃあ!あの方は怪我されているわ!保健室まで運ぶべきではありません?」
ただ、リリアージュは血を見て悲鳴を上げるような軟弱な令嬢とは違ったようである。その逞しさに驚いたルロストは一瞬間を開けたもののすぐに返事をした。
「そうだな。では、護衛に運んでもらおう。さすがはリリアージュ。そなたは心までもが聖女だな」
「そ、そんなことありませんわ」
褒められて恥ずかしくなりリリアージュは俯く。それを優しげに見る王子。微笑ましい空気が流れ、彼らは校舎へと入って行くのだった。
アウレイアが暇そうに初めの授業の教科書を眺めていると、リリアージュとルロストが仲睦まじく、教室に入って来た。どうやら、クラスメイトは彼らの帰還を心待ちにしていたようで、一人がルロストとリリアージュの所に向かうとルルアージュを除く全員が席を立ち始めた。
「殿下!おはようございます。先ほどの場を収める手腕は見事でした!一体何があったのでしょうか」
アウレイアは席を立つことはしないものの、少しの好奇心からその会話に耳を澄ませた。
「まだ詳しくはわからないが、もめごとかなにかだと判断している」
「怪我をされた方がいるとか言っていましたが、どなたが怪我を?」
少年たちは興味津々にルロストに尋ねている。まだ12歳の少年だ。好奇心の塊なのであろう。
「怪我をしたのはオウガスト・シリアだ。リリアージュの魔法と保健医の介護で怪我はすっかりなくなった。あとは詳しく知らないため、教師に聞いてくれ」
ルロストはそう言って、人払いをし、席に座った。アウレイアは怪我をしたのはオウガストだと知り、不安でいっぱいになってきた。
昨日、オウガストは授業に出てみると言っていたのだ。恐らくだが、オウガストは一方的な暴力を振るわれたのだろう。負傷者がオウガスト以外にいないというのはそういうことだ。なにがあったかは分からないが、オウガストが心配だ。アウレイアは心非ずのまま、午前の授業を過ごした。
午前の授業の記憶が一切ないが、アウレイアは昼休みに保健室に向かっていた。なお、保健室の場所は、その辺にいる生徒にお願いをして教えてもらった。真っ青な顔で場所を教えてくれた生徒に感謝しながらも、顔の青さが心配になり、
「あなたも保健室に行きますか?」
と尋ねたら、「勘弁して下さいませ!」と逃げて行った。彼女は保健室嫌いなのであろう。アウレイアだったときにも怪我をした後に医務室に行くことを拒否した人がいた。治療を受けることが好きではないという考えを持つ人は世界共通でいるのかもしれない。そう考えてアウレイアは教えられたとおりに保健室に向かった。オウガストが保健室にいるかは分からないが、保健医がオウガストの様子を知っているであろうし、何かしら情報を得られるであろう。
教えられた場所の扉をノックし、失礼しますと入る。すると、水色の髪を後ろで結わいて、黒縁メガネをかけ、白衣を着た女の人が机に座っているのが見えた。
「ようこそ。保健室へ。なにか具合の悪いところはありますか?」
白衣の女の人は優しく微笑んでそう言った。アウレイアはこの心温まる空間に胸を撫で下ろして、用件を伝えたのだった。
次回は1週間後、4/22 12:00に投稿します。




