021 嘘
メイド三人衆と髪型やドレス、流行の話をしていると、ライネルが部屋へやってきて、今日の授業についての話をバックと共に持ってきた。そこでメイドたちとの話は終了し、彼女らは退室して業務へと戻って行く。
「ずいぶん仲良くなれたみたいですね、ルルアージュお嬢様」
ライネルがそう言ってルルアージュに三歩ほど近づく。
「そうだと良いわね」
ルルアージュはそう言って笑った。ライネルは一歩また近づいた。
「ところでお嬢様。お嬢様は本当にルルアージュお嬢様なのですか?」
「それはどういう意味かしら?」
ライネルはまた足を進め、ルルアージュに腕を伸ばせば届く距離まで近づいた。
「ルルアージュお嬢様はおかしな所が多いです。昨日からルルアージュお嬢様はルルアージュお嬢様ではなくなったような気がします」
ルルアージュは思いつめたような顔でライネルを見つめた。
「実はね…私、前世は女神だったの。昨日それが分かって私は前世の私と今世の私が混ざった状態なのよ」
アウレイアは半分嘘を吐いた。前世の私と今世の私が混ざったなんてことはない。ルルアージュの肉体に女神が受肉した、それだけのことである。ルルアージュが死んだことにより、彼女の周囲が悲しむかもしれない。逆にルルアージュのことを鼻で笑うかもしれない。アウレイアにとってそれはできるだけしたくない。それはルルアージュもルルアージュの周りも傷つけるのではないか。悲しんでほしくないから、真実を言わない。確かにそれはルルアージュの心にもわずかながらにもあったのだ。
ただ、その気持ちはアウレイアのルルアージュに対しての罪悪感を埋めようと生じた気持ちなのかもしれない。アウレイアの核となる本心はただ自分の身の安全だけだ。
アウレイアは神界から訳も分からず追放され、ルルアージュの肉体へと魂が移った。目的もなく、将来も分からない。ただただ生きている。もし、肉体を失うことがあっても、アウレイアは淡々と魂の身になるであろう。
そう考えていれば、ライネルがこの場に似つかわしくない素っ頓狂な声で
「は?」
と発したのだ。こちらこそ「は?」と言いたいと思いながらもアウレイアはライネルの表情を観察した。彼は目を大きく見開き、口を開けてこちらを見ている。本当に驚いているのだろう。ポカンとした表情の彼はしばし停止し、意識を戻した。
「…え、えと、ルルアージュお嬢様?あなたがめ、女神?」
もう一度確認とばかりに聞いてくるライネルにアウレイアは頷き答えを返した。すると、ライネルはルルアージュのあちこちを眺め、肩を震わせ始めた。
「ふ、く、あははははははは!!お、お嬢様が女神!あの、お嬢様が!」
ありえないと叫びながら笑うライネルにアウレイアは呆れた。不快を通り越して呆れになるほどにライネルは清々しく笑っていた。ライネルの笑いが収まるまで、じーとその様子をアウレイアは睨みつけていた。
ライネルは笑いを収めると一つ咳払いをして真顔になった。
「ルルアージュお嬢様がいつの間にかジョークを得られたことは分かりました。しかし、女神などという言葉は気軽に使ってはなりません。随分態度が軟化したという点につきましては前世の記憶が蘇ったということにしておきましょう。ところで、お嬢様。朝食をすでに食べられたということですが、まさか厨房に忍び込んで料理をなさった等ということはありませんよね?」
ライネルは孤児であり、ルルアージュに拾われた身だ。アウレイアになる前のルルアージュは相当なお転婆だったはずである。そんな少女の従者にでもなればこれほどに屈強な精神を得られるのだろう。
「ちょ、朝食は魔法で食べましたわ」
アウレイアは事実を簡潔に述べた。
「…魔法?魔法はお嬢様は使えないはずです。嘘を吐かないでください」
「嘘ではありませんわ」
「…話せないような理由ならばよろしいです。ただ、貴族が料理をしない理由についてお嬢様はご存知ですか?」
ライネルの問いにアウレイアは過去を振り返る。自分が貴族だったとき、何故周りは料理をしなかったのだろうか。変人の一人としてカウントされていたことは想像できるが。そこでアウレイアは貴族が人に仕事を任せる理由について述べてみた。
「貴族とは国の顔です。仕事を他者に任せることにより、より大きな仕事をすることができます。大きな仕事をすることは国の中で偉いということにつながるのです。よって、貴族は料理という細かい仕事を他者に任せ、食べるという大きな仕事を貴族が行うという考えから料理をしないのです」
ルルアージュの堂々としすぎる返答にライネルは驚きながらも、答えを言う。
「それは前世の知識とやらですかね?残念ながら全く違います。貴族は優雅に堂々と振る舞うのが常識です。今のお嬢様のように堂々とするには傷があってはなりません。傷があれば、貴族界では何を噂されるかわかりません。隙を作らない為に貴族は料理をしません。ただ、中には隙を作っても全く問題ないという考えで料理をしたり、裁縫をしたりなどという貴族はいますがね。ルルアージュ様は公爵家の方です。よって、料理はしてはなりませんよ。傷は魔法で治せますが、治しているのを見られることすら、噂に直結してしまいますから」
「傷を作らなければいいということね?」
アウレイアがライネルにそう尋ねると、ライネルは深くため息を吐いた。
「…そういうことにしておきましょう。それと、前世は女神だったという内容は報告しないでおきますね。お嬢様が女神であるならば、歴代当主に並ぶ、もしくはそれ以上の魔力を持っておいででしょうし、光の女神の加護もついたでしょう。では、馬車に向かいましょう」
光の女神の加護というのはリリアージュの光属性の件であろう。アウレイアとしてはもし、自分が加護をもらえると言われても、シレストレーゼの加護だけは絶対に拒否させてもらうのだが。
そこでアウレイアは昨日思った疑問をライネルに投げかけてみた。
「ライネル。どうしてあなたは学園へ一緒に来ないのかしら?」
横を歩いていたライネルは顔をこちらに向けて言葉を返した。
「お嬢様。前も申しましたが学園は護衛一人のみ連れて行けます。しかし、従者やメイドは不可です。理由につきましては昔学園で起きた不祥事が原因なのではないかと思います。ちなみに私は剣が全くできない為、学園へ行くことは不可能なのです。ですが、お嬢様には妹がいらっしゃいます。リリアージュ様の護衛に一緒に護衛するように頼んであるので有事にはお嬢様の身の安全は保障できるかと」
ルルアージュは昨日のことを振り返り、顔を顰めた。エスコートすらせずに先に出て行った護衛。有事に自らの安全を任せることなどできることではないであろう。まあ、アウレイアには魔法と多少の武術の心得がある為、心配ないであろうが。
玄関に着き、ライネルに導かれて馬車に乗る。まだ馬車にリリアージュはいなかった。ライネルがお辞儀して扉を閉めるとアウレイアは窓の外を見つめた。
しばらくしてリリアージュが昨日と同じ赤髪の護衛、アーヴェンと共にやって来た。髪は無造作に流し、薄い青色のドレスを身に纏っているリリアージュは昨日よりも大人びた、かといって幼く見えるような思春期の雰囲気があった。そんなリリアージュはアーヴェンにエスコートされ馬車に乗った。
「っ、おはようございます。ルルアージュお姉さま」
一瞬昨日とは全く違う印象を持っていたルルアージュに驚いたものの、リリアージュはすぐに柔らかく微笑み、挨拶をした。それに対し、アウレイアも微笑んで挨拶を返す。
リリアージュが席に着き、アーヴェンが扉を閉め、席に着いたところで馬車が発射する。アーヴェンが窓から手を出して合図を送ったのだろう。丁度いいタイミングで発車した馬車は緩やかに速度を上げ、朝の賑やかな市街を横切る。
アウレイアは揺れる馬車の中で外の景色を堪能していた。昔から、人が生活している様子を見るのが好きで馬車に乗りながらニヤニヤしていた時には、相乗りしている人に冷めた目線を送られたものだ。変わりゆく景色。新たに生まれていく風景を眺めながらも物語を考える。
急ぎ気味に道をゆく人々。彼らは時間がぎりぎりで、家の中で大慌てして玄関を出て、忘れ物に気付き、家に戻り、このように急いでいるのかもしれない。あの小さい子供は母親におつかいでもたのまれたのだろうか。初めての景色に驚きながらもバックを抱きしめる姿はまさにそのように見える。
「えさま」
「お姉さま!」
ふと、声が聞こえ、窓から視線を馬車内に向けると、リリアージュがなにか話しかけていたみたいであった。アーヴェンが不機嫌な表情でこちらを見つめている。
「お姉さま?大丈夫ですか?話しかけても反応しなかったので、心配になってしまい…」
リリアージュは心配そうにルルアージュを見つめていた。
「ごめんなさい。ぼうっとしていましたわ。なにか用がありました?」
「いえ、ただ気になることを聞こうとしただけですわ」
気になることとはなにか。それが気になりアウレイアはリリアージュに続きを促した。
「お姉さまが今朝一緒に食事を摂られなかったのは、昨日の件が原因でしょうか」
リリアージュの言葉にアウレイアは昨日のことを思い出す。味のないご飯、リリアージュの顔に吹きかけたこと。恐らくだが、リリアージュは家族にルルアージュが怒られたことに関して言っているのだろう。そうであるならば、答えは否である。
「いいえ、違いますわ」
「あら、そうですの」
そこで会話は終わりしーんとした空気が流れる。その空気を変えるかのように馬車は学園へと辿り着き、停車した。
次回は4/15 12:00に投稿します。




