019 神界
アウレイアは家に着くと夕食を辞退し、お風呂に入り、ベッドに入り、一日を終えた。
その頃、神界では主神が天使に舞踏会での出来事を聞いていた。
「…というわけで、主様の末のお子様がアウレイア様を追放されてしまいました」
主神にとってこの出来事の報告はとても長く感じるものであった。とうとう末っ子がやらかした。しかもかなり重大なことを。事の大きさに顔を顰めていたらしい。いつの間にか作られていた眉の間の皺をなんとかほぐす。
「天使ユーリファ。末っ子とシレストレーゼを連れて来なさい。抵抗された場合は神力を使っても良い」
先ほど主神に報告していた黒髪に綺麗な翼を持つ天使、ユーリファは胸に手を当て大きな返事をして、主神の部屋から出て行く。
一人になった主神は厳しい顔で窓の外を睨んでいた。
しばらくして主神は窓から視線を外し、部屋から出て謁見の間へと向かった。謁見の間は神・女神としてスカウトした魂を最初に連れてくる部屋だ。主神に謁見してもらい、はじめて魂は神・女神へとなることができる。
主神は謁見の間へと向かう道中でも厳しい顔をしていた。主神とすれ違う神・女神及び天使は驚いた顔をしながらも迫力に押され道を譲る。主神が謁見の間に着き、天使に扉を開けてもらい中に入れば、既にラシアンとシレストレーゼは天使に拘束され、到着していた。
天使に拘束される際に抵抗したのだろう。二人とも衣服は乱れ、髪はぼさぼさになっていた。ラシアンに至っては父のこの行動に納得いかないらしく未だに抵抗しようといている。シレストレーゼは諦めたような表情で涙を流していた。
「ち、父上!いったいなぜこのようなことをするのですか!」
ラシアンが主神に向かって喚くように言った。主神は険しい顔をさらに顰めてラシアンを見る。
「ラシアン。お前は舞踏会で何をしたのか覚えているか?」
「ぶ、舞踏会ですか?特になにかしたわけではありませんが、しいて言えば、シレストレーゼを虐めていたアウレイアとかいう女神を追放したことぐらいです」
さも、神を追放することを当然と言ったように話すラシアン。主神は冷静にラシアンに尋ねる。
「虐めていたという証拠はどのようなものだ?」
「紫の髪に紫色の瞳を持つ者がシレストレーゼが嫌がらせを受ける度に目撃されていました。この神界にはアウレイア以外に紫色の髪と紫の瞳を持つ者はいません。よって、アウレイアが犯人です」
「…ほう。ではシレストレーゼが幻影を生み出していたとしたらどうなる?」
「幻影?まさか幻覚でも見せていたというのですか?シレストレーゼが?」
信じられないとばかりにラシアンは目を大きく開け、シレストレーゼを見つめる。シレストレーゼは涙を流しながら必死に首を振っている。
「ち、違います!そんなこと私はしませんわ!本当にアウレイアがいたのです!」
「美の女神アウレイアは他神と接する機会はほとんどなかった。故に彼女の姿は直に見たことはないのであろう。彼女の髪の長さはどのくらいか把握しているか?」
ラシアンは主神の質問に首を傾げながら答えた。
「彼女は生前、貴族だったと聞きます。よって、腰位の長さではないですか?実際に見たことないので分かりませんが」
「ふむ。ではシレストレーゼ。実際に目撃したアウレイアの髪の長さはどのくらいであった?」
シレストレーゼは涙を流しながらも口を開いた。
「ラシアン様と同じ腰くらいの長さですわ。実際に見ましたもの」
そこで初めて主神は顔の表情を和らげた。ラシアンやシレストレーゼはその主神の表情を見つめて凍りついた。ニコリと笑いながらも瞳だけは凍てつくような氷の眼差し。傍から見れば笑っているように見えるかもしれないがその視線の先にいるものは死を覚悟するであろう。
「アウレイアの髪の長さは肩ほどまでである。腰ほどの長さまであると言った貴様らはアウレイアに実際に会ったことがないのだろう。シレストレーゼ。やはり、貴様の幻影だったか」
主神の言葉にシレストレーゼは震えた。光の属性を強く持つ者は幻影魔法を使うことが出きる。光を上手く操って錯覚を作ることができるのだ。
「お、おかしいですわ!舞踏会でお会いした時も髪を後ろにまとめていました!あれは長い髪ではなければ作れない髪型ですわ!主神様こそ騙されているのではありませんか!?」
シレストレーゼは青ざめた顔でそう叫んだ。主神は表情を引き締めた。
「光に関係する神は神界に何人いるか。二十人は少なくともいるだろう。その中の一人の光の女神シレストレーゼ。他神を貶めて揺るがない女神の名声を得ようとした行為は神界の禁忌に値する。それに、貴様、悪魔の力を借り、下界に干渉したのではないか?」
主神はシレストレーゼの魂の端が黒く濁っていることを指摘した。悪魔は神聖なる魂とは逆の存在。彼らは時に穴を潜り抜け神界に赴き、神を誘惑する。悪魔は主神を消し、悪こそが至高であるという世界に作り直そうと目論んでいる。シレストレーゼは悪魔に誘惑されて魂を汚し、光の女神としての存在を広めたかった。主神はそう考察した。
その考えは合っていたようだ。シレストレーゼは顔を下に向け、何も返事を返さなかった。そんなシレストレーゼを見てラシアンはまさかと呟いている。その表情は真剣で段々と青ざめていく。
「アウレイアは我が神界にとって重要な存在であった。彼女は美の女神の他にもう一つの名を持っていた。『勝利の女神』である。この名前がどれほど凄いものかわからないか?」
主神の問いにラシアンは青ざめた表情でポカンとしている。主神はその様子を見てため息を吐いた。
「あと少しで神界から異界への扉が開き、再び魂が回ってくる。この世界の仕組みは分かるな?」
「父上が世界を造り、魂が異界から送られて来た。魂は生命を巡り、育ち、洗練されていくのですね」
「そうだ。洗練された魂は大いなる源へと還っていく。私は魂を育てるために使わされた身。魂を異界へと送るのが仕事だ。しかし、占いを司る神がある予言を私にくれた。異界の扉が開くと大勢の悪魔が攻めてくるらしい。その時にアウレイアの勝利の女神としての力が必要だ。しかし、残念ながら彼女はもうここにはいない。神界は悪魔の攻撃に耐えきれず世界は滅びるであろう。ラシアン、シレストレーゼ。貴様らの所為でな」
「わ、私はラシアン様が追放するのを見ていることしか出来ませんでした!」
シレストレーゼは目に涙を溜め、髪を揺らす。黒い艶やかな髪が彼女を彩った。
「シレストレーゼ!?裏切るというのか!?そもそもはお前が追放をそそのかしたのであろう!?」
ラシアンは信じられないとばかりにシレストレーゼを見る。シレストレーゼは自分が助かることに精一杯だった。彼女はいつか主神に娶られ、神界で思うがままに暮らすことが夢であった。清純で高潔な魂はいつからか汚れていった。それは何故なのか、彼女が狂い始めたのは運命なのか。はたまた偶然の悪戯なのか。しいて言えるなら彼女は運命に負け自ら堕落していったということは事実だ。仮に運命で魂が汚れて行っても自らの手で清められる機会はあった。しかし、彼女はしなかった。人の幸せを望んでいた彼女は自分の幸せをいつからか望むようになった。ただ、それだけで彼女は堕ちた。
主神は静かに目を細め、声を発した。
「光の女神シレストレーゼ。そなたを神界禁錮に処する。自らの行いを顧み、魂の洗浄が完了したら出してやろう。それまでそなたは永遠に光を浴びれぬ」
その言葉を聞き、シレストレーゼは口を閉じ、大きく目を見開いた。溜めていた涙が大量に零れ落ちる。
「どうして!?どうして私なの!?」
そう叫びながら天使に捉えられた腕を捩り、逃れようとする。
「どうして、そう言いたいのはおそらく女神アウレイア様でしょうに。全く、主神も変な女神を人間界から拾ったものです」
事の顛末を眺めていたユーリファはため息交じりにそう呟く。
神界禁錮とは神界の監獄に入れられるということだ。神界はそもそも主神が創ったものであり、神界に主神以外は存在しなかった。主神は地上で特別な輝きのある魂を呼び寄せ、新たな神を誕生させた。当然、元は人間だった魂もある。特別な輝きを持つ魂は将来、徳を積みやすい魂である。当然積みやすいだけであり、その輝きが消えていく魂もある。この世のすべての魂はそれぞれの運命を行き、交わることはあるけれども同じ道を最初から最後まで一緒に歩くことはない。輝きのある魂だっていつかは消える。その考えのもとに神は召喚された。よって、身に余る行為を行う神に対しての監獄があるのは当然のことである。
しかも監獄は光を冠する神々にとって相性が悪い。光を冠する神々は光を浴びないと力を弱める。禁錮はシレストレーゼにとって最悪の刑であろう。ただし、下界に追放されたアウレイアよりはましなことである。ユーリファはそれが気に入らなかった。
「息子のラシアン。そなたは我が作った魂。哀れにもシレストレーゼに毒された魂。同情としてそなたには新たな任務を授けよう。任務は下界の監視だ。安心してよい。悪魔対策に天使を大量に配備する。そなたは思う存分下界を監視し、世界の隅々まで見るまで神界には帰らなくてよい」
この任務は実質下界への追放であった。父の意図を悟ったのかラシアンは力なさげに座り込み、父上を小さく呟いた。
「もう我は疲れた。天使たちよ。彼らを連れて行け。ユーリファは別任務を言うので残るように」
絶望的な表情で連れ去られる二人。対照的に呼び出されたユーリファは堂々と主神にお辞儀をした。
「なにかご用でしょうか。主様」
「お前にはこの剣を授ける」
主神はいきなりユーリファに剣を渡した。ガラスのような透明な刀身を持つ剣である。不思議そうに剣を見ていると神が口を開いた。
「この剣は肉体から魂を輪廻に送ることなく神界に連れてくることができる剣だ。なお、生身の人間にしか通用しない」
その言葉でユーリファは大体察した。主神はユーリファと同じ考えを告げる。
「女神アウレイアの同意を得て、その剣でアウレイアを刺せ」
先ほどよりも通った声で主神はそう告げた。
次回は4/9 12:00と三日後になってしまいます。
色々と忙しくなってしまうため、更新ペースが落ちますがご了承ください。すみません。読んでくださる方には感謝しかありません。




